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三十一の無二の親友

 生徒会室からの帰り道、佐敏は昼食を取り損ねていたことに気付いた。


「話してばっかりだったからなぁ」


 しかし今からでは箸を持つ前に授業が始まるだろうから、この空腹は我慢するしかなさそうだ。もっとも、そんなことは気にならない程に今の佐敏は浮かれており、ついついにやけそうになる顔を時々叩きながら早足に廊下を進む。

 自分のクラスのある廊下にたどり着いたとき異変に気付いた。人が異様に多い気がする。

 授業直前のこの時間はだいたいの生徒が席についているか、最低でも教室に入っているはずだ。それなのに今日はどうしたことか、かなりの数の生徒が廊下に出ているではないか。しかも、よく見れば佐敏のクラスの前に集まっているように見える。

 さすがにそれだけわかれば佐敏にも状況は理解できた。案の定、人だかりの中の一人が佐敏を見つけて声を上げると、示し合わせたように全員が一斉に佐敏を見た。


「ひっ」


 浮かれていた気分も一瞬で消え失せ全身に鳥肌が立つ。


「あの……教室に入りたいんだけど」


 絞り出すようにそう言うと、意外にも人だかりはあっさり道を空けてくれた。周囲の視線に怯えながらも教室に入り自分の席にたどり着くと、そこでは二人の男子がにらみ合って火花を散らしていた。


「授業始まるだろうが、教室帰れよ。お前見るからに成績悪そうだし、単位落とすぜ?」


「いちいちうるせえな、この席のやつに用があるんだよ」


 二人の男子は人だかりを見た時からうっすらと予想していた二人だった。一人は相手を舐めきった態度で挑発する隼人、もう一人は額に青筋を浮かべて喧嘩腰の昨日のファンクラブの男、どうやら懲りずにまたやってきたらしい。いや、今朝の佐敏と王女たちの騒動を知ってさらに熱を帯びているのかも知れない。


「ねぇ、だいたい分かるけど一応どういう状況?」


 まだ二人が自分に気付いていないうちに、近くにいたクラスメートに事情を聞く。曰わく、佐敏がいなくなってから隼人がクラスメートに追い回され、その間にファンクラブの男(会長らしい)が押しかけてきたのだと言う。その時点ですでに一触即発の雰囲気だったので慌ててあの手合を相手にできそうな隼人を呼び戻したそうだ。そして、二人が口論するうちにケンカを嗅ぎつけた野次馬が集まってきて今にいたるらしい。


「もしかしなくても、原因って俺?」


「だろうな、お前の席で居座ってるし」


「だよなぁ」


「……ぶっちゃけさ、本当のとこどうなんだ?」


「え、何が?」


 不意に変わった声色に少しばかり意表をつかれた。


「王女とお前の関係、マジで今朝言ってた対戦のコーチなわけ?」


「それは……」


「……」


 今までの茶化すような、冗談のような態度とは違う、目の前のクラスメートは真面目に聞いているのだ。佐敏と和奈にどんなつながりがあり、なぜ和奈が佐敏を訪ねて来たのかを。

 不自然な沈黙がほとんど答えになってしまっているが、いちいちそんなことは指摘されない。ただ心配そうな目で佐敏をおもんばかる。


「いやまぁ、お前が言いたくないなら無理には聞かないけどさ。でもな、クラスの連中はなんだかんだでスルーしてくれるだろうけど、それこそファンクラブとかよそのクラスの奴は結構無茶してくるかもしれないから、気を付けろよ」


「うん、ありがとう」


 美少女とはいえ女子一人で大げさなことである。しかし、今現在佐敏を問い詰めるためにファンクラブの会長が押しかけて来ているという事実が、大げさでも冗談でもないことを物語っている。

 いつまでも放っておくわけにもいかないので、佐敏は意を決して二人の間に割り込む。


「はいはい二人共ストップ」


 特に算段はないが、佐敏は一つの覚悟を決めていた。気になっているはずなのに無理には聞かないと言ってくれるクラスメート、減らず口を叩きながらもいつも佐敏の味方でいてくれる隼人、半ば勘違いであるとはいえ佐敏を信頼してくれている和奈。こんなにも自分には味方がいるというのに、いつまでも逃げ回ってばかりはいられない。


「おっ佐敏お帰りさん」


「ただいマンボウ」


 覚悟を決めれば気分も軽くなり冗談だって飛び出す。


「やっと来たと思ったらふざけてんじゃねぇぞ」


「ふざけてはないよ、むしろお前がふざけるなよ」


「あ?」


 佐敏の以外な剣幕にファンクラブ会長の方が一瞬たじろぐ。


「よそのクラスに押しかけて来てデカい態度で居座って、他人の迷惑も考えられないのか?」


「うるせぇ!調子に乗ってんなよ?」


 佐敏の胸ぐらが勢い良く掴まれる。そのまま捻り上げられ後ろに倒れそうになるがなんとか踏みとどまる。気道が圧迫されて呼吸が苦しいが、そんな様子を外には出さずに平然と相手を睨む。


「なんだその目は、そもそもテメェが教室にいりゃわざわざこんなとこに居座らねぇよ」


「いい加減にしろよ。お前のせいでクラスの空気は悪くなってるし怖がってる女子もいる、これだけ迷惑かけといて俺がいれば良かった?じゃあお前から探しに来いよ、それもせずに横着して文句ばっかり垂れて、恥ずかしくないのか」


「ぐっ、こいつ……」


 相手がたじろいだ隙に胸倉を掴んでいた手から逃れる。完全に勢いをそがれたファンクラブ会長は、今にも飛び出しそうな拳を抑えながら佐敏に背を向けた。


「分かったよ、今度はてめぇを探してやるよ。どこに逃げても徹底的にな」


 肩をいからせながら出口へ向かうが、意外にも佐敏はそれを呼び止めた。


「探さなくていいよ、こっちから場所は教えてやる」


「はぁ?」


 誰も予想しなかった言葉に隼人すらも驚きを隠せていない。


「ちょっ、さぁとしくーん?なんでわざわざ教えてやんのさ、もしかして俺らに迷惑かけたくないとか思っちゃってる?」


「違うよ、理由は後で話す。そっちの、えーっと……名前何?」


「……秋庭アキバ


「秋庭にも近いうちに事情は伝わると思うから。そうそう、俺の名前は」


「佐敏だろ、さっきから呼ばれてんの聞いてんだから分かるっての」


「そ、じゃあいいや。またね」


 そう言うと佐敏は秋庭から目を外した。今はこれ以上関わるつもりはないという意志の現れなのだが、どう捉えたのか秋庭は鼻で笑ってから教室を出ていった。


「うひぃ~佐敏も言うようになったもんだ」


「原因が俺だからね、自分でどうにかしないと」


「別に頼ってくれても良いんだぜ?」


 肩に手を回してニヤニヤする隼人を引き剥がしてから周囲を見回し、クラスメート達が自分に注目していることを確認した。同時に多くの視線に身震いもしたが、言うべき言葉を必死に絞り出す。


「あの……さ、さっそく頼らせてもらってもいいかな?ていうか、かなり迷惑かけるかも……」


 秋庭に対する強気の姿勢から打って変わり、伏し目がちにキョロキョロと目が泳いでいる。そんな佐敏を見てクラスメート達は一瞬顔を見合わせた後、全員が苦笑を浮かべながら隼人に言葉を譲った。


「どんと来いだ」


 隼人に続いて誰かが言う。


「もう王女がどうので佐敏に文句は言わねえよ。そのかわり、王女と上手くいったら絶対教室に連れて来いよ!」


「昼飯は毎食うちの教室とか」


「それ最高」


「私も王女様と話とかしてみたいなぁ」


「メイクとか何使ってるのかな?」


 各々好き勝手な事ばかり言うが、誰一人として佐敏を非難する者はいなかった。そう、これこそがこのクラスの最大の魅力なのだ。それを再確認しながら、佐敏は事情を話そうと口を開く。


「実は……」


「おーい、お前らの美しい友情も悪くねーが、そろそろ授業始めんぞ」


 不意に教卓から女性の声が聞こえた。

 振り向くと、齢二十半ばの女性が教材を片手に仏頂面をしていた。


「あれぇ!?よっちゃん!」


吉沢ヨシザワ先生な!まったくお前らときたら……あたしが教室に入っても気付きやしない」


「いやぁ今いいとこだったもんで」


 吉沢の姿を見て大半の生徒は席に戻ったが、隼人だけはなおも立ったままで話を続けている。


「そうやって空気ぶち壊すからお見合い上手くいかないんですよ」


「最近の野郎共が貧弱すぎるだけだ、ちょっと話のこしを折ったぐらいでゴチャゴチャと……ってそんな話はどうでもいい、末木も早く席につきなさい」


「へーい」


 スキップに近い謎の歩法で自分の席に戻る隼人を見送り、改めて吉沢は授業開始を宣言した。





 吉沢の授業は比較的生徒からの人気が高い。毎回授業に使う資料を自作してくるのだが、その資料にやたらと最近人気のアニメや漫画のキャラクターを用いるのだ。流行を敏感にキャッチして授業に盛り込んでくるので、他とは一味違う授業が人気の秘訣だ。しかし

 今日の佐敏の頭にはほとんど知識は蓄積されなかった。そのかわり授業時間を使って今後の方針をじっくり考えることが出来たのだから、まったくの無駄と言うわけではなかった。と思うことにした。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴るや否や、隼人が怪訝な顔をする吉沢を手早く追い出して佐敏のもとにやってくる。他のクラスメートも教材をしまいもせずにぞろぞろと集合した。


「それで佐敏よぉ、俺らに頼みってのはなんだ?」


「う、うん……その……」


 大勢に囲まれて弱気になる佐敏を見て、先ほど秋葉と対峙した時のギャップにやれやれと苦笑混じりのため息を漏らす。そんな中、このクラスメートたちにすら今までひた隠しにしてきた事に後ろめたさを感じながら、その真実を口にする。

 ただ一人、隼人だけがしたり顔で口の端を釣り上げていた。


「まず先に聞いて欲しい事がある。今まで隠しててごめん、デュアル・マウスは……俺なんだ」



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