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女王の狩りは唐突に

 現二年生が入学した少し後、今からちょうど一年前の事だ。生徒会主催の下、本名非公開でのアバター対戦会が開かれた事があった。

 当時二年生にして生徒会副会長だった王女こと欧華オウカはこの頃から学内トップの実力を誇っており、対戦会でもその手腕を遺憾なく発揮していた。

 200人からなる参加者を次々と斬り伏せ、多くの腕自慢達を震え上がらせた。そんな欧華の前に新たな挑戦者が現れる。いつも通り双剣を構えて相手を見据えるが、そこで柄にもなく驚きをあらわにする。

 欧華のアバター、プレデター・クイーンの前に立っていたのは飾り気のないアバター。入学時に配布されたままの姿で、ほとんど装飾が施されていない。しかし、それだけなら特に珍しくもない。この対戦会には全学年が参加出来るのだから、当然一年生も参加している。入学して1ヶ月もたっていない一年生の中には、ポイントの割り振りに悩んでまだ素のままのアバターを使っている生徒も少なくないのだ。

 ではなぜ欧華は驚いているのか?答えは簡単、対戦相手となるアバターが二体いたからだ。プレデター・クイーンの正面にいるアバターの、その斜め後ろにもう一体のアバターが立っている。正面にいる方と同じく、なんの装飾もされていない。唯一違いが分かるのは、武器である剣を持っている腕だ。正面のアバターは右手に持ち、後ろのアバターは左手に持っている。二体のアバターがわずかに動くたび、金属のこすれるような足音が聞こえる。それはつまり、後ろのアバターが観戦者ではなく対戦相手であることを示していた。プレデター・クイーンの困惑が抜けきらないうちに、両者の視界に文字が浮かぶ。


『対戦会終了の時間です、対戦を中断してください』


 プレデター・クイーンは一瞬迷い、そして思った、「戦ってみたい」と。呼び止めて再戦の約束をしようと手をのばすが、それをかわすかのように二体のアバターはログアウトして消えてしまった。消える直前に見たアバターネームの欄にはこう記されていた。


『デュアル・マウス』


 対戦会が終わったあと、欧華は再戦のためデュアル・マウスを探した。が、そんな名前のアバターはどこにもいなかった。操っている人間は特定不能の場合があるが、アバター名は全生徒分を閲覧できる。しかし、一覧表の中にデュアル・マウスの名はなかった。対戦会後にアバター名を変えた可能性も考えて対戦会直前のデータも確認したが、そこにも探し求める名前はなかった。



 そして現在、デュアル・マウスは二つの意味を持っている。一つは謎の二体のアバター、もう一つは王女和奈カズナの操るアバター名だ。なぜ和奈がデュアル・マウスを名乗っているのかは姉の欧華意外は誰も知らない。ちなみに、デュアル・マウスの名前が見つからなかった件については原因が判明している。それは、一人が二体以上のアバターを対戦で使用する場合、アバター名ではなく別に設定したチーム名が表示されるのだ。だから、後からアバター名を探しても見つからないのだ。

 この事実を知った時、欧華はある行動に出た。一人が複数のアバターを使用する場合でも、チーム名と一緒にアバター名も表示するように申請したのだ。理由は、名前が隠れることを悪用されないため、と言うものだった。もちろんそれは方便で、本当の目的はデュアル・マウスを探し出すことなのだが、この時の行動を欧華は今でも後悔している。なぜなら、この申請が受諾されてからデュアル・マウスが一切現れなくなったからだ。それまで時折対戦会などにも姿を見せていたデュアル・マウスだったが、個人単位の対戦における目撃情報すらなくなってしまったのだ。結果的に、探すつもりで打った手が逆に相手を遠ざけたのである。


 デュアル・マウスが消えてしばらくすると、その存在自体が都市伝説のように扱われるようになった。一時の流行りが廃れるように、デュアル・マウスもまた生徒達の記憶から薄れていった。

 しかし、その静寂を壊したのが王女和奈だ。彼女はアバターの名前にデュアル・マウスを設定した。入学当初は別の名前だったのに、半月ほどたった時に突然名前を変更したのだ。それまで何度か偽物のデュアル・マウスが現れたこともあったが、全て欧華によって斬り伏せられた。だが、和奈はそれらの偽物とは違う。偽物が生徒名を隠していたのに対し和奈は生徒会役員、名前は隠せない。しかも今年度の入学生なのだから、自ら偽物だと言っているようなものである。結局、欧華意外に誰も真意を知らぬまま時が過ぎ、今に至ると言う訳である。


 空は明るく晴れ渡り、スズメのさえずりが心地良い明け方。佐敏サトシ隼人ハヤトは昨日に引き続き、更なる驚愕の事態に放心していた。


「おはようございます」


 最初は夢かと思った。まだ布団のなかで自分は寝ていて、前日の出来事からこんな夢を見ているのだと。しかし、何度頬をつねっても夢は覚めない。つまりこれは現実なのだ。

 男子寮の入り口を出てすぐの場所に出現した巨大な人だかり、その中心には触れることを恐れるかのように丸い空間が開いている。そこにたっているのは佐敏と隼人、そして和奈と欧華だ。昨日のこともあるので、百歩譲って和奈はいいとしよう。だが欧華が自分を訪ねる理由に皆目見当がつかない。当事者の佐敏達にも分からないのだから、周囲の野次馬も疑問と嫉妬と羨望の声でざわついている。


「あの……すみません、こんなに大事になってしまって」


 和奈が申し訳なさそうに小声で言う。その言葉でハッと我に返った佐敏と隼人は、あわてて返事をする。


「い、いやいやいや!べ別に気にしてないです!」


「そうそう!うんそう!」


 二人のあわてぶりに美少女姉妹が苦笑をもらす。ただでさえ一目につくのが苦手な佐敏は、入れる穴がないか真剣に探してみた。残念ながら校内の整備は完璧で穴は見つからなかったので、あきらめて状況を受け入れることにした。


「えーっと、何か俺に用ですか?」


「はい、今から少しだけお時間をいただけますか?」


「えーっと、いやその……今はちょっと……」


 「時間がない」そう言って一刻も早くこの場を抜け出そうと思ったが、それを言う前に口を塞がれる。


「もちろん大丈夫!まだ朝礼までだいぶあるし、なあ佐敏!」


「んがっ!?」


「ほら、本人も大丈夫って!あぁ場所は移した方がいいですかね?」


 佐敏の抵抗を抑え込み勝手に話を進めていく。和奈は一瞬戸惑ったが、自分の用事を優先したらしく隼人の質問に答える。


「はい、出来れば人目につかない所がいいです、生徒会室まで来てもらえますか?」


「もちろん!ほら、行くぞ佐敏」


「ま、待て!俺は……」


「いいからいいから!」


 強引に連れて行こうとする隼人と、必死に抵抗する佐敏。その様子にさすがに気が咎めたのか、和奈が口を挟む。


「あの、どうしても嫌でしたら無理にとは……」


 その表情は反則だった。


「あ、いやそのですね、嫌とかじゃなくてですね……」


 悲しそうにうつむき、不安そうに揺れる瞳で佐敏を見つめる。そんな子犬のような目を直視してしまっては、佐敏に抗うすべなどない。いや佐敏でなくともその瞳の魔力にはかなわないはずだ。


「うぐっ……い、行きます」


「本当ですか?ありがとうございます!」


 一転して明るくはじけるような笑顔を見せる。

 この笑顔を見られただけでも十分だ、あとで悪目立ちしたりファンクラブに絡まれたりしてもまだお釣りがくる。そう自分に言い聞かせながら、佐敏は和奈と欧華に追従して生徒会室に向かって行った。




「では、今から私と対戦してもらいます」


 凛とした中に喜色を含んだ声が佐敏に向けられる。


「はい?」


 野次馬の大群を抜けてたどり着いた生徒会室には二台のノートパソコンが背を向け合うかたちで机に置かれ、スリープ状態で待機していた。その片方を操作している欧華が、佐敏に視線を向けて話しかけている。


「そちらのパソコンで学内ネットにログインしてもらえますか?」


 欧華はすでに準備を終えたようで、両手はキーボードから膝の上に移っている。


「すみません、意味がよく分からないのですが……なんで俺なんかと対戦を?」


「なんでかって?うーん、私の理由は強い人と対戦したいからよ」


 「私の」という言葉が気にはなったが、今の佐敏にこれ以上追求する勇気はない。かの女王が普通に話しかけてきているだけでも異常事態なのだから。それに、お世辞でも強いと言われれば、アバターを戦闘特化にしている佐敏としては嬉しいものなのだ。


「さぁ、受けてくれるのならそこに座って」


「……分かりました、受けて立ちます」


 ようやく覚悟を決めて欧華の向かい側に腰を下ろす。マウスに右手を乗せて少し動かすと、ブラックアウトしていた画面が真っ青なトップメニューに変わる。そこから学内ネットにログインし、アバターの検索画面を開く。記入欄に「プレデター・クイーン」と打ち込んでエンターをクリックする。検索結果は一件、もちろん女王欧華のアバターである。


「よろしくお願いします」


「えぇ、よろしくね」


 普段は交わすことのない対戦前の挨拶をし、震える手でダブルクリックする。そして、お互いにパソコンの横に用意されていたヘルメットをかぶり対戦開始を待つ。ここから先は現実ではなく、アバターによる仮想世界でのやりとりだ。


『Fight!』


 いつもの鋭い英字が消え、深紅のアバターが視界を埋め尽くす。しかしそれは錯覚である、プレデター・クイーンの大きさは普通のアバターと同じ、距離が開いているので実際には視界のほんの一部にしか写っていない。それなのに目の前を覆われたかのような感覚に捕らわれてしまう。


「そんなに怯えなくていいわよ、ただの対戦なんだから」


 プレデター・クイーンが欧華のままの声でそう言う。対するピース・ブライトは体をわずかに震わせ、電子音声で一言だけ答える。


「武者震いです」


 一瞬プレデター・クイーンが笑った気がした。しかし、アバターの表情は変わっていないしそれらしい声も聞こえない。それなのに、ピース・ブライトにはプレデター・クイーンの奥にいる欧華が、今確かに笑っていることが感じ取れた。


「さぁ始めましょう!」


 凛とした響きをもって、二人の対戦が始まった。


 その頃、ただの傍観者となった隼人と和奈は、同じ立場ながら全く違った様子で観戦していた。

 欧華のパソコン画面に映る対戦の様子を食い入るように見つめる和奈に対し、隼人はその和奈と対戦中の欧華を凝視していた。時々佐敏のパソコン画面に目を向けるが、対戦自体にはあまり興味はなさそうだ。


「はぁ……こんな間近で御門姉妹を眺めれるとは、役得役得」


 隼人の私欲丸出しの発言は、その場にいる誰の耳にも届かずに消えていった。

 一通り二人の美少女を眺めてから、ようやく真面目に対戦状況に目を向ける。


「うはぁ、すっげーレベル高いな」


 試合はまだ序盤。お互いに体力を7割以上を残しており、気の抜けない駆け引きが繰り広げられている。


「はぁ!」


「ふっ!」


 ピース・ブライトの放った一撃は、プレデター・クイーンの双剣の片割れによって防がれる。その間にもう一本の刃ががら空きの胴体を狙う。とっさに身を引いて致命傷は免れたが、体力はさらに1割ほど削られてしまった。


「剣一本で二刀流に勝とうと思ったら、もっと考えて攻めないとだめよ」


 いったん距離をおいたのを見計らって、プレデター・クイーンが雑談を持ちかけてくる。強者ゆえの余裕か、追撃を加えてくる様子もない。


「確か、あなたはクラス代表になっていたはずだけど思ったより荒削りね、まるで……」


 意味深に言葉を切り、値踏みするように相手を見つめる。ピース・ブライトは口を挟むことなく、女王の次の言葉を待つ。


「まるで、そう……何かが欠けたような動きね」


「意外ですね」


 ピース・ブライトがぽつりと呟く、相手の言葉に対する返事や反応ではなく無関係な言葉をつむぐ。


「何が意外なのかしら?」


「思いのほかよく喋る」


 風を裂く音が聞こえた。次の瞬間にはピース・ブライトの姿は消え、プレデター・クイーンだけがフィールドに残される。


「早い……ふふっそうでないと楽しめないわ!」


 そう言って体を半回転させ左手の剣を振り抜く。甲高い破砕音が響き、鎧の破片が周囲に飛び散る。


「腕?」


 思わずが疑問符を浮かべる。舞い散っているのはピース・ブライトの左腕の破片。一瞬で背後に回り込んだピース・ブライトだったが、プレデター・クイーンはそれを読んでいた。そして不意打ちを防ぐために振り抜いた左手の剣だっただが、結果的に相手の片腕を破壊してしまっている。ダメージ的に見ればかなり美味しい状況だが、この状況に含まれた危険性を一瞬で見抜く。それは、止まるつもりで振った左手が反動を殺し切れずに振り切れてしまい、左半身が隙だらけになってしまっていることだ。

 もちろんこれは偶然ではないだろう。ピース・ブライトの不意打ちに見せかけた決死の特攻に他ならない。現に、体力を残り二割にまで削られながらも、右手に握った剣をがら空きの左半身に叩き込もうとしている。


「お見事、だが甘い!」


 ピース・ブライトの一撃がプレデター・クイーンに届く直前、再び破砕音が響き渡る。


「なっ!嘘だ……」


 砕け散ったのはピース・ブライトの胴体部分、上半身と下半身が真っ二つに切断されていた。

 最後の一撃を放った瞬間、プレデター・クイーンも守りを捨てて反撃に出ていたのだ。その結果、基礎スペックで上回る女王のアバターの攻撃が先に相手に届いたのである。最後まで怯まず攻める姿勢もさることながら、戦闘特化されているピース・ブライトを上回る性能を見せたあたりさすが女王と言うべきであろう。


『Game set!』


 バラバラになったピース・ブライトの視界に対戦成績が表示される。結局、終わって見れば完敗だった。序盤は拮抗していたが、それは単にお互い様子見していただけだろう。現に、硬直した試合を動かそうとした直後に敗北している。


「あぁ……情けない」


 ヘルメットを外しながら思わず呟いた一言に、希望に満ちた明るい声が言葉をつなぐ。


「そんなことないですよ!すごく格好良かったです!」


「み、御門さん?」


 なぜか喜色満面の和奈がキラキラした目で自分の方を見つめている。


「ねぇお姉ちゃん、どうかな?」


「そうね、半信半疑だったけど間違いなさそうよ」


「本当!?」


「えぇ、戦い方に変な癖があったし、彼の成績から考えてアバターのスペックが低すぎるわ」


 いきなり何かに納得する二人、はたから見ている佐敏と隼人は完全に茅の外だ。仕方なくどちらかが話しかけてくるのを待っていると、和奈が相変わらずの笑顔で振り向いた。光でも撒き散らしていそうなほど明るい笑顔に、佐敏は思わず放心しそうになるがぐっとこらえて和奈の言葉を待つ。


「えっと、その……あなたがデュアル・マウスですね?」


「……は?」


 生徒会室が静寂に支配されていった。


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