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異常は次に敵を呼ぶ

 この高校には普通科以外のコースがない。近隣の他校では社会科や英語科、商業科、技術科、理学科など様々な分野での育成に取り組んでいるが、佐敏サトシ達の通う高校には普通科しか存在しない。理由は細かく見ればたくさんあるが、一番単純な理由は「他の学科を作る必要がないから」である。機械化の進んだこの時代、教育において最も優先されている科目は「技術」だ。さすがに小学校や幼稚園では言語や道徳などの一般知識が重視されるが、中学生以上ならば確実に「技術」が優先される。それほどまでに「技術」、すなわちパソコンなどの電子機器を操る能力が必要とされているのだ。逆にそこさえ押さえておけば、他の科目は多少手を抜いても充分な成績を確保できるのだ。

 佐敏の通う高校も普通科を名乗ってはいるが、実質「技術科」と呼んでも差し支えない程に「技術」に特化している。

 また、こうした校風の弊害として、運動能力の低下が叫ばれている。そもそも日常生活において機械がはびこるこの時代、家を出てから職場又は学校につくまでに歩く距離の平均が50メートル以下、などという調査結果も発表されているほどだ。運動能力が低下するのは必然と言えよう。一応、学校で体育の授業はあるが、運動せずに成長してきた生徒に過酷な運動をさせることは不可能。結局遊び程度の運動をするだけで根本的な解決にはいたらない。というジレンマも発生している。

 そして、それは当然佐敏にも当てはまる。幼少期に親の言いつけで水泳を始めたこともあったが、1ヶ月と保たずにやめてしまい、現在に至るまでまともにスポーツをしたことのない極度の運動音痴である。もっとも、それが目立たないほどに周りの友人も運動音痴なのだが。

 ともかく、そんな佐敏の体は女子と見紛うほどに細い。そんな細身を体格だけは一人前のクラスメートたちに取り押さえられたら、非力な肉体は身動き一つとれはしない。


「痛い!痛い!ギブギブギブギブギブ!!」


 和奈が去った後の教室。佐敏は机に押さえ付けられて拷問を受けていた。うつぶせに上半身を押さえられ、両腕を背中側に捻られている。折れたり外れたりはしないが、痛みを感じるだけなら充分だ。


「よーし、緩めてやれ」


「イエス、サー!」


 隼人ハヤトの命令で佐敏の腕を極めていた力が緩む。それと同時に痛みも引き、一時の安堵を感じる。


「さぁ、なぜ自分がこんな目にあっているか分かるな?佐敏くん」


「さっきのことなら御門さんと話しただけだろ!それに話したって言っても、何の話だかさっぱりだったし!」


「話した「だけ」だと!?俺たち隊員一同がそれをどれほど羨んでいるか……お前に分かっているのか!?ってか、さりげなく御門さんとか呼んでんじゃねぇよ!」


隼人の怒りに応じるように、佐敏の腕をねじ上げる手に再び力が込められる。


「いぎぎぎぎっ!!折れるっ!折れるって!」


「安心しろ、なんのために腕が二本あると思ってる?」


 少なくとも、一本を折られてもいいようにではないが、今の佐敏にそれを反論する気力はない。顔を真っ赤にしてじたばた暴れるので精一杯だ。


(誰でも良いから助けてくれ!)


 そんな願いが通じたのか、教室のドアが勢い良く開かれる。そして、複数の男子生徒がゾロゾロと侵入してきた。

 突然の訪問者に、佐敏を締め上げていた手も捕まえていた両腕を放す。痛みから解放された喜びに浸るのもつかの間。謎の男子集団は佐敏の席に近づいて来て、面と向かうように立ちはだかった。


「さっき、王女が訪ねてきたってのはお前か?」


 集団の先頭に立っていた一人の男子が、威圧的な態度で詰問する。どうやら王女絡みで自分に用があるようだ。そう理解した佐敏は、この数分間ですでにパンクしそうなほど酷使した脳に更に鞭打って現状の理解に努める。

 人数は8人で何人か知った顔がいる。胸章をみると一年生5人、二年生3人で三年生はいないようだ。和奈について言及しているようなので、佐敏に直線関わりがある相手ではないだろう。ここまで考えて、佐敏には相手の正体が十中八九分かっていた。


(あぁ……直接会ったことはなかったけど、こいつらが……)


「おい!聞いてんのか!?」


 またしても考え過ぎて相手を無視してしまったようだ。ただ、和奈の時と違うのは相手がその態度に苛立ちを見せていることと、苛立ちにまかせて佐敏の胸倉を掴んできたことだ。一瞬息を詰まらせ、苦虫を噛み潰したような表情で相手を観察する。

 胸倉を掴んでいるのは二年生で、襟を握って引く力加減からそこそこ筋肉がついているようだ。もやしの筆頭である佐敏にとって、ゴリラを相手にしている気分である。もっとも、真面目にスポーツをして鍛えている人間から見ればどちらも大差ないのだが。


「聞こえてるよ、それより離してくれない?痛いんだけど」


 自分よりガタイの良い相手にも強気の態度をとる。そこには和奈と対面した時のような動揺や焦りはなく、堂々と相手に敵意を向けている。


「離して欲しかったら質問に答えろよ」


「そうだよ、さっき御門さんが訪ねてきたのは俺だよ」


 佐敏の耳にギリギリと不快な音が聞こえる。どうやらこの男子生徒の歯軋りのようだ。加えて凄まじい形相でこちらを睨み付けている。気の弱い者なら怯えて目を逸らしそうだが、むしろ冷めた目できっちり見返してやる。


「なんだそのスカした面は、ケンカ売ってんのか?」


「……別に」


「売ってやがるな」


 あくまでも強気を崩さない佐敏に、とうとう男子生徒が拳を握った。が、その拳が放たれることはなかった。なぜなら拳を作った時点で手首を掴まれ、拳を振り上げることすらできなかったからだ。


「おーいおい、よその教室に乗り込んで来たと思ったら、今度は大衆の面前で暴力かぁ?こりゃ武力委員会に通報モンだぜ?」


「ぐっ……」


 たった一つの名前「武力委員会」。その名を聞いたとたんに男子生徒の顔に焦りが走る。男子生徒は自らの手首を押さえる相手と佐敏に、交互に視線を巡らせる。佐敏は、こうなると分かっていたと言わんばかりの余裕の表情で、拳を止めてくれた級友にして親友、隼人に視線で謝辞を述べる。


「武力委員会……か」


「呼ばれたくはないだろ?」


「……」


 男子生徒はやや考えてから、佐敏を掴んでいた手を放す。それを見て隼人も手首を握る力を抜いてやる。今にもなって気づいたが、クラス中の空気が侵入者である男子生徒達に敵意を向けていた。直前まで佐敏を拷問していたことなど無かったように、一丸となって佐敏を庇っている。それに気圧され、他の男子生徒達はオロオロとお互いに目配せしている。


「……また来る」


 ポツリと言い残し、他の男子達を連れて教室から去って行った。それを見届けた佐敏は大きく息をついて安堵する。


「いやぁ、噂には聞いてたけどすげぇガラ悪いのな」


乱れた襟を直していると、隼人がいつもの調子で話しかけてきた。もう、和奈に関して言及する気はないようだ。他のクラスメートも嫉妬を忘れて侵入者への愚痴をこぼしている。


「さっきは助かったよ、ありがとう隼人」


「あ?いいっていいって、さすがにあそこで助けないのは男じゃねぇよ、それよりさっきの奴ら……」


「うん、多分「ファンクラブ」の連中だろうね」


「だよなぁ……」


 ため息混じりに話す2人の声には、呆れと不快感がにじんでいる。


「まったく何考えてんだか、あれじゃただのミーハーな不良じゃん」


「噂だと、二年生が仕切ってるらしいね」


「あぁ、それ俺も聞いたわ、ひょっとしたらさっきの奴かもな」


「そうかもね、えーっと……あっ名前分からない」


 今更ながら自分のうかつさに気付く。あれだけあからさまに敵意を向けられたのだから、相手の名前やクラスぐらいは聞いておくべきだっただろう。


「まっ、いいじゃんまた来るとか言ってたし、その時に聞けよ」


「もう来なくていいよ……」


「そりゃそうだ」


 力無くうなだれる姿を見て、さすがに隼人も気の毒に思い始めた。

 佐敏は元来目立つのが嫌いだ。空気になりたいだとか一人が好きだとかそういう類ではなく、周りの者を先導したりさっきのように周りから注目を一身に浴びるのが苦手なのだ。その事を理解しているだけに、隼人もさっきはやりすぎたかと反省する。


「まぁ、あれだ、もしあいつらが佐敏にちょっかいだしてきたら俺らが味方してやるから安心しとけ」


「ありがとう……実は、そう思ってたからさっきも強気だったんだけどね」


「そうなのか、確かにお前にしちゃ喧嘩腰だったな」


 お互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑う。そして、隼人は周りに聞こえないように佐敏の耳元で囁く。


「王女のことも頑張れよ、ありゃ確実に脈ありだぞ」


「なっ!?」


 途端に顔が真っ赤になり、口をパクパクさせる。その奥手ぶりに呆れた隼人は、やれやれと首を振りながら自分の席に戻っていった。

一人取り残された佐敏は、都合の良い妄想をかき消すのに昼休みの残りを全て費やしてしまうのだった。



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