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非日常は日常の一端

 にわかに信じられない事態に直面したとき、人はどんな行動をとるだろうか?硬直する人もいるだろう。パニックになるかも知れない。状況によっては怯えることもあり得る。逆に冷静になれる人も僅かながらいるだろう。

 ちなみに佐敏サトシは硬直するタイプだ。

 そして今現在、正にその状況にある。


(どうしてこうなった?)


 体をガチガチに固めて、冷や汗混じりに記憶をたどっている。

 周りには馴染みの級友の姿があり、今は学生にとって貴重な昼休み。各々昼食を机に出して友人と談笑している。のが普段の光景。だが、今日は佐敏から一歩引いた位置で視線だけを向け、聞き耳をたてている。


(いつも通り教室に来て、ホームルームを受けて、午前中の授業は数学、国語、技術、体育だった……普段通りだ)


 ルームメートの隼人は、驚きと怒りと妬みと哀れみと喜びの入り混じったような、もはやどの感情にも当てはまらない複雑な顔をしている。この感情を的確に表現するのは、心理学の専門家でも難しいだろう。


(グラウンドから帰るついでに購買で昼飯を買った焼きそばパンとホットドッグが両方買えたのはラッキーだったな、それから教室に帰って席について……隼人と馬鹿話で盛り上がってた)


 周りからはひそひそ声が聞こえてくる。その内容は「なんで?」「アイツ何やったの?」といったもので、クラスメートも状況を判断しかねているようだ。


(それから……アバターの話題が出てきたときに……)


「あの……聞こえてますか?」


「は、はぃ!」


 不意に声をかけられて裏返った声が出てしまう。真っ白になっていた頭に突然極彩色のペンキをぶちまけられた気分だ。強制的に現実に引き戻された佐敏は、雑多な色に囲まれた教室をチラリと見回し、回想を止めて目の前の問題と向き合うことにした。


 自分の席に座っている佐敏の、対面にいるのは一人の少女。相手は立っているので見上げる形となっているが、立ち上がれば佐敏のほうが頭一つ大きいだろう。艶のある黒髪はギリギリ肩に届かない程度の長さで、癖やパーマとは無縁の柔らかそうな直毛だ。その髪の生えている頭には髪と同じく黒い瞳が二つ。形の綺麗な鼻が一つ。食事を取れるか心配になるほど小さな口が一つ。それらを収める輪郭は丸みを帯びて柔らかい印象を与えている。

 総合的に見て、相当可愛いと言える。決して「綺麗」ではなく「可愛い」だ。そして、その愛らしい印象を壊さない程度に適度に成長した身体はほっそりとしていて、ともすれば中学生のようにも見受けられる。

 それもそのはず、彼女は今年この高校に入学したばかりで、去年までは本物の中学生だったのだから。しかもこの少女、ただの新入生ではない。何を隠そうこの可愛らしい少女こそが「女王」の妹、御門 和奈 (ミカド カズナ)、通称「王女」なのである。


 彼女は今年度トップの成績で入学を果たしており、入学式の際には新入生代表として挨拶を一任された。それを見た男子生徒の多くは和奈に心を奪われ、入学式から僅か一週間で非公認のファンクラブが設立されたりもした。

 そして、この佐敏も和奈に想いを寄せる男子の一人。つまり和奈が自分を訪ねてくるなど嬉しすぎるサプライズなのだが、いかんせん突然すぎて対応が間に合っていない状況だ。


「えーっと、御門 和奈さんですよね」


「はい、そうです」


 とりあえず名前を確認するが、こんな美少女が何人も居るはずないのでほとんど無駄な確認だ。


「それで、さっきの質問なんですけど」


「え?質問?あー……ごめんなさい、何でしたっけ?」


 どうやら放心状態の間に何か質問されていたようだ。いきなり相手の機嫌を損ねるようなことをしてしまい、内心で冷や汗が滝のように流れる。

 しかし、佐敏が心配したほどには、後輩の少女は気にしなかったようだ。慌てる佐敏が可笑しかったのか、クスリと笑って質問を繰り返す。


「先輩は、デュアル・マウスってご存知ですか?」


「デュアル・マウス?そりゃあもちろん、御門さんのアバター名ですよね?」


「っ!」


 変化は一瞬だけだった。つぶらな瞳が見開かれて佐敏を凝視する。が、佐敏がその変化に疑問を発する前に、元の表情に戻っていた。


「えっと……俺、何かマズいこと言いましたか?」


 アバターの名前は基本的に公開されている。しかし、それが誰のアバターであるかは条件付きで秘匿される。その条件とは「部活及び委員会、又はそれに準ずるものに所属していない」ことと「現実、ネット内問わず校則に違反していない」ことの二つである。特別な例外もあるが、大まかに言えば「部活にも委員会にも所属しておらず、校則にも違反していない」生徒ならば、アバター名を知られることはない。仲のよい友人ならばお互いのアバターを知っていることもあるが、初対面でアバター名がバレているというのはある種の問題だ。

 では和奈の動揺もそれが理由なのか?答えは否、何故なら和奈は生徒会に所属しているからだ。学内ネットに繋いでアバター名を検索すれば、顔写真付きで和奈のフルネームと学年が表示される。このことは入学時に説明されるうえ、委員会や部活に入る祭にも説明があったはずだ。だから、和奈のアバター名を佐敏が知っていてもなんの不思議もないのだが。


「アバターの名前が公開されてるのは知ってます……よね?」


 ハッキングやストーカーを疑われているのかと不安がよぎり、思わず当たり前のことを聞いてしまう。


「あっ、はい!知ってます!すみません、急に黙っちゃって」


 やはり動揺しているようだ。先ほどまでの落ち着いた様子は見受けられず、胸元で絡めた両手の指がせわしなくうごめいている。


「デュアル・マウスなら知ってるけど、それがどうかしたんですか?」


「えっと……いえ、なんでもないです!突然お邪魔してすみませんでした!」


 そう言うや否や、佐敏に一礼すると足早に立ち去ってしまった。


「あっ、あぁ……はぁ」


 呼び止めようと口を開きかけたが、言うべきセリフを思いつく前に和奈は教室から消えていた。追いかけようか迷っていたが、それは物理的に断念させられることになる。


「佐敏ぃぃ!何だ今のはぁ!?」


「おわっ!?」


 背後からいきなり羽交い締めにされた。犯人はもちろん入学以来の大親友隼人である。そこには一切の容赦も手加減もなく、割と本気で親友を殺しにかかっている。


「んっ!おぁっ!はっ!」


 酸素を求めて口をパクパクさせ、必死に首に回された腕を叩いてギブアップを伝えようとする。それでも緩まる気配は無かったが、暴れすぎて椅子が傾き隼人ごと倒れることでなんとか抜け出すことに成功した。


「ゲホッ!ゲホッ!」


「はっ!俺はいったい何を!?」


 無意識を主張するつもりらしく、ハッとして両腕と佐敏を見比べている。


「ふざけるな!死ねとこだったぞ!」


「うるせぇ!死んでしまえ裏切り者!」


「はぁ?」


 先ほどの和奈とのやりとりに対する罵倒だろうが、佐敏からすれば理不尽極まりない言いがかりである。


「何が裏切り者だ!?俺が何したって!?」


「黙れ!あの……あの王女と親しげに談笑しやがって!リア充爆発しろ!」


 教室中の男子から「そーだ!そーだ!」と同意の声が上がる。女子は若干呆れているが、学校全体に置ける有名人である「王女」の不可解な行動には興味があるようで、密かに聞き耳を立てている。


「どこがリア充だよ?結局何の用事かも分からなかったし、それらしい会話も全然して無かっただろ」


 倒れた椅子を起こし、もう一度席について反論する。隼人も少しは落ち着いたようで、立ち上がると隼人の正面に回って更なる非難を浴びせる。


「リア充はみんなそう言うんだよ」


「言わないだろ」


「俺は見逃さなかったぞ、王女がデュアル・マウスについて聞いて、それにお前が答えたとき……王女がお前の答えを聞いて怯えていたのぉ!!」


 背景にバーン!と表示されてないのが不思議なくらい豪快に叫ぶ。若干の誇張と虚偽を含む言いがかりに、他の男子生徒達も悪乗りを始める。


「隼人隊長!それはまことでありますか!?」


「隊長!自分は王女の視線が一瞬この裏切り者に釘付けになっていたのを確認しました!」


「隼人隊長!報告します!自分は失礼と知りながらも、一連の事件の一部始終をこのケータイで録画しましたであります!」


「マジか!?お前それ寄越せ!」


「実はずっと前からお前と友達になりたかったんだ!アドレス交換しようぜ!」


「王女のアップ切り抜いて送れよ!」


「沈まれぃ!我が部隊の精鋭達よ!」


 半ば暴徒と化し始めていた男子達を、いつの間にか隊長に就任していた隼人が一括する。


「落ち着くのだ諸君、まずは被告人の弁明を聞こうではないか、あと動画は俺に寄越せ、神編集を加えて全員に回してやる」


「さすが隊長だ!」「ありがとうございます隊長!」

「隊長!」「隊長ぉ!」「隊長っ!」


 あっという間に人気指揮官にのし上がってしまった。親友が大出世を遂げているとき、渦中の佐敏は頭を抱えて嘆いていた。


「嬉しいはずなのに……嬉しい出来事だったはずなのに……!」


「さぁ!我が親友よ!洗いざらい吐いてもらおうかぁ!!」


「勘弁してくれぇーー!!!」





 二年生の一つの教室から絶叫が轟いている頃、その火種となった少女はどの学年にも属さない部屋で虚空を見つめていた。部屋の広さは一般の教室の半分、しかも棚や長机などが幅をとっているために狭苦しい印象である。そこに居るのは二人の少女、一人は和奈で、長机の一端に配置されたパイプ椅子に腰掛けて背もたれに体重を委ねている。もう一人は入り口から最も遠い場所に席を取り、ノートパソコンを片手で操作しながら反対の手で弁当を食べている。その頭にはフルフェイスのヘルメットを被っており、僅かな隙間から昼食をとっている。


「むぐ……和奈、どうしたの?さっきからずっと黙って」


 無駄のない動きで器用に昼食とパソコン操作を両立しながら和奈に話かける。


「お姉ちゃん」


 和奈のぼんやりとした声、佐敏の教室で喋っていたのと同一人物とはとても思えない曖昧な発音だ。それに違和感を感じ、弁当を食べる手を止めて次の言葉を待つ。「食べながらパソコンするのお行儀悪いよ」


「えっ?あっ……お腹減ったし、でも対戦申し込まれちゃったから」


 オロオロしながら弁解するが、和奈に言わせれば対戦を断れば良い話である。


「お姉ちゃん、ホントに対戦好きだよね」


「えぇ、そのために毎回テストも頑張ってるんだから!和奈ももっとアバターを戦闘特化すれば良いのに、あなたの成績ならかなり強くなれるわよ?」


 すらすらと喋っているが、パソコンのキーボードを打つ速度と滑らかさは全く濁りを見せない。


「私は……せっかくの私の分身なんだから、もっとオシャレさせたい、対戦も面白いけどお姉ちゃんみたいにはなれないよ」


「もったいないわね……あ、やった!勝った!」


 嬉しそうに両手を叩き、ヘルメットを外す。その下から現れたのは、流れるような漆黒の髪。和奈よりも長く伸ばされた髪は途中で括られてポニーテールになっている。そして、麗人という表現がこれでもかと言うほどしっくりくる顔のつくり。切れ長の目は不敵な細められ、その奥には和奈と同じ黒い瞳。常に微笑を浮かべた口元とスラリとした輪郭が大人の雰囲気を醸し出している。それに拍車を掛けるように、長身痩躯で胸もある。というある種の理想体型を持ち合わせている。

 話してみれば温和な性格であることが分かるが、黙っていれば正に「女王」といった貫禄に溢れている。そう、この麗人こそ生徒会長にして最高位のアバター「プレデター・クイーン」の操者。「女王」御門 欧華 (ミカド オウカ)である。


「探し人は見つかった?」


 優しい微笑を浮かべたまま虚ろな妹に尋ねる。和奈はうーんと唸り、目線を虚空から欧華に移して返事をする。


「分からない、でも今までよりは可能性高いと思う、デュアル・マウスって聞いて真っ先に私のアバターを上げたから」


「ふーん、それで動揺して逃げて来ちゃったんだ?」


「うっ……うぅぅ~……」


 恥ずかしそうに顔を手で隠し、妙なうめき声をもらす。あげくの果てには机の下で足をバタバタと動かし始め、先ほど佐敏の教室で見せた凛とした態度は完全に消え去っていた。

 欧華はしばらくその様子を微笑ましく眺めていたが、やがて気が済んだのか微笑を崩さないまま声をかける。


「そんなに気を落とさなくてもいいじゃない、また明日にでも行ってみればいいのよ」


「うぅ~……うん」


 顔を覆っていた手を机の上に戻し、薄く朱に染まった顔を小さく頷かせた。



 佐敏の非日常はまだまだ始まったばかりだ。



文頭の空白追加、一部修正しました。

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