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対戦実況者あらわる

 トール・ハンマーとの一戦が長引いたために、結局昼休み中はニ試合しか消化出来なかった。

 二戦目を終えて時間を確認し、もう一試合はギリギリ無理だと判断してログアウトボタンに手を伸ばした。


「ちょぃとお待ちを!」


「えっ」


 ログアウトボタンを押すのをやめて声のした方を見る。


「あの、どなたですか?」


 そこに立っていたのは、異常に煌びやかな装飾を身に着けたアバターだった。金ピカのジャケットに同色の袴を履き、右目が星、左目が三日月の形をしたサングラスで顔を隠している。極めつけは頭に被るテンガロンハット、色とりどりの宝石でゴテゴテと彩られている。


「ありゃりゃご存知ない?結構有名人だって自負してるんですがね」


 これだけ派手なアバターならば対戦すれば忘れようがない。となれば対戦以外のところで有名なのだろうか。


「すみません、対戦以外はあまり詳しくないので」


「なぁるほど!合点がいった!じゃあ名前を名乗るのが礼儀ってもんだやな!」


 そう言うとテンガロンハットを取り、頭に乗っていたこれまたゴージャスなマイクを手にテンガロンハットをかぶり直す。動揺するブライトをよそに、堂には入った語りで自己紹介を始める。


「我らが娯楽アバター対戦!その名勝負珍勝負をこよなく愛すが我が性分、あらゆる試合を見物解説誰が呼んだか『実況中継』シドロ・モドロたぁオレっちのことよ!」


「シドロ・モドロ!」


 確かにそれなら聞いたことがあった。自分で対戦するのではなく他人の対戦を解説する。その他に類を見ないスタイルと公平かつ的確な解説を買われ、大きな対戦会や上位陣同士による対戦の実況で引っ張りだこの有名人だ。いつも音声だけの実況しか聞いていなかったので、こうして面と向かって話すのは初めてだ。


「あなたがシドロ・モドロ……なんというか、イメージ通りというか」


「えぇえぇよく言われますとも!まぁ実況の言い回しもアバターの格好も全部オレっちの趣味だから当たり前っちゃ当たり前なんだがなー」


 テンガロンハットの先端を指で弾いて快活な笑い声を響かせる。


「それで、俺に何の用ですか?対戦の申し込みならちゃんと順番を待ってもらわないと……」


「あいやぁ、んなこっちゃなくてね!なんつーかね、前々からピース・ブライトには興味があったのさ。ボーナス無しで時折上位ランキングにも名を見せる対戦特化アバターってね!」


「それは、どうも……でもそんなに珍しくもないでしょう、ボーナス無しの対戦特化アバターなんて」


 ブライトの言う通り、部活や委員会は面倒くさいからやりたくないが対戦は勝ちたい、と考える生徒はちらほらといて、そういった生徒は基本的に戦闘ステータスにポイントを注ぎ込むのだ。佐敏は別に部活や委員会が嫌な訳ではないが、デュアル・マウスを秘匿するためにやむを得ない選択として無所属を続けている。


「いやいや、オレっちが気になるのは別な部分さぁ。ぶっちゃけ……」


 急に声のトーンを落とし、囁くような音量で次の言葉を口にする。


「アンタがデュアル・マウスじゃないかとオレっちは推測してる」


「っ!」


 現実の佐敏は思わず目を見開き、動揺がブライトに伝わらないように操作を一旦止めた。しかし、不自然に静止してしまったので逆効果だったかもしれない。


「おっと、返事はいらんですよ。これはただの推測だからね。ただ……何百って対戦を見てきたオレっちからすると、アンタのプレイングスキルと成績による基礎ポイントを合わせたとき、どぉにもブライトだけじゃ釣り合わない。アンタの実力は本来もっと上のはずなのさ」


「……」


「おっと失敬!問い詰めるみてぇになっちまったな、これ以上はやめときやしょう。本題を話す時間が無くなっちまう」


「本題?」


 ブライトとしてはデュアル・マウスの真実に迫られただけで結構な大事態なのだが、モドロはそれをあっさりと切り捨てて本題に移る。


「今回のイベント王女の試練、是非ともオレっちに実況させて欲しいのよ!」


「実況を?」


「おうともさ!ここんとこ目立った対戦会もなくて次の一大イベントのクラス対抗戦までもまだ時間がある。対抗戦対策なのか知らねぇが一部の上位ランカーなんざ対戦を非公開にしてやがる。つまんねーなと思ってたところにこのイベントだ!しかも前々から興味があったブライトが代理役ときたもんで、こりゃあ黙っちゃいられねぇってんだ!」


「は、はぁ……」


 凄まじい勢いで語るモドロに気圧されながらその要求を吟味する。


「悪い話じゃねぇと思うぜ?名の知れたオレっちが実況すりゃあさっきみてぇな卑怯な戦法は使いづらくなる。より公平かつ面白い対戦になると思うんだがなぁ、どうだい?」


「……少し考えさせて下さい」


「だろうね。オレっちはアンタの対戦はしばらく全部観戦するつもりだから、用があればいつでも呼んでくれ。あとあれだ、オレっち今トイレの個室からログインしてんだけど」


「えっ?」


「いやそんな引いたような声だしてくれんなよ……だからさ、さっきの会話も誰にも聞かれてないはずだから安心しな」


「あっ」


 モドロの言葉は少々意外に感じられた。外見や口調から大ざっぱでいい加減な性格を想像していたが、どうやら思ったより思慮深い人物のようだ。

 考えてみれば、他人の対戦を正確に分析し公平に解説するにはかなりの話術と観察眼を要する。それを難なくやってのけるのだから、マナーやタブーは熟知していても全く違和感はない。


「んじゃ、そゆことでまた!」


 そう言うと、ブライトが返事を返す間もなくログアウトして消えていった。


 モドロが去ってからすぐに佐敏サトシもログアウトし、メットを外して大きく息を吐き出した。


「佐敏ぃ!」


「わぁっ!」


 横合いからの不意打ちの大声に思わず椅子から落ちそうになる。


「すげぇじゃん!さっきのシドモドだろ!なになに?王女の試練の実況させてくれとか頼まれたわけぇ?」


「うん、まさにその通り。あと唾飛ばすな、汚い」


「いっやぁーお前も一躍有名人になっちまったなぁ……あのシドモドの実況がつくとかよぉ」


 シドモドとはもちろんシドロ・モドロの愛称なのだが、隼人以外に使っている者をあまり見たことはない。感慨深げにうんうんと頷いているが、当の佐敏はいまいち実感がわかずにいた。


「ん……どうしようかな」


「サインとか考えてんの?」


「そんなわけないだろ。そうじゃなくて、やっぱモドロに実況頼むべきかな?」


「あれ、まだオーケーしてねぇの?」


「いきなりだったから時間が欲しいって言った。でも、今回みたいな不意打ちを無くせるならやっぱり頼んだ方がいいのかなって」


 今回は相手の腕前がお粗末だったから逆転できたが、もし上位陣に同じような事をされたらそのまま敗北するだろう。名の売れた上位陣が卑怯な真似をするとは考えたくないが、現状この対戦が和奈へ想いを伝える唯一の手段となっていることを鑑みると油断はできない。


「シドモドの実況は公平で通ってるかんなぁ。しかもアイツ、対戦は基本的に録画してるのも有名だから狡い手口は減るだろうな」


「だよね。うん、次の対戦の時に正式に依頼してみるよ」


「それが良いと思うぜぇ、万が一にも負けられねぇし何より実況がついたら対戦に疎い王女様も楽しめるだろうしなぁ」


 途中まで同意していたが後半の言葉には顔をしかめ、いつものニヤけ顔の友人を恨めしげに睨んだ。


「隼人はその軽口が無ければ本当に良い友達だと思うよ」


 多分に嫌みを込めて放った言葉だったのだが。


「知ってるってぇ、でも今更止めたって気味悪いだけだろぉ?」


 隼人に通用するはずもなく、逆に思わず納得してしまった。



 放課後を告げるチャイムが鳴り響き、部活や遊びなど様々な目的を持って生徒達が解散してゆく。そんな中、佐敏は他のクラスメートに見守られながら再び戦場に降り立っていた。

 モドロへの実況の依頼はすでに済ませてあり、対戦者であるブライトに音声は届かないがギャラリーには大音量でモドロの実況が聞こえている。


「さぁてさて観衆諸君!一般ピープルが一転王女の護衛騎士!今をときめく我らが障害、ピース・ブライト!戦闘特化のブライトを前にすでに多くの挑戦者が泣きっ面を晒しているぞ!二戦連勝が条件のこの対戦で未だに負け無したぁ全く恐れ入るぜ!」


 現在はブライトが対戦相手を選び、相手がログインするのを待っている状態である。声は聞こえて来ないが、モドロの実況に沸き立つ観衆の雰囲気は何となく伝わってきていた。


「おぉっと!?ここで挑戦者の登場だ!今回ブライトに挑むのは……ビッグ・バーン!」


 現れたオレンジ色の厳ついアバターを見て即座にその名前を読みあげ、続いて知りうる知識から解説へと移る。


「わぉ!ここにきてようやく名の知れたチャレンジャーの登場だ!ガチムチ近接型の肉弾戦野郎!誰もが憧れる中二臭い武器各種を棄てて素手で戦うのはコイツを置いて他にいねぇ!現校内ランキング三十一位、ビッグ・バーン!」


 モドロに煽られて観戦者が大いに盛り上がるなか、ブライトとバーンは向かい合って対戦開始を待っていた。


「ようブライト、いつ以来だっけか?」


「先月の頭にやって以来じゃないか」


「そうだ、あん時は確か俺のKO負けだったなぁ」


 ブライト対バーンの組合せは今までにもそれなりに行われている。どちらも最上位一歩手前の実力者であり、両者近接型で毎回熱い試合展開になるため人気の高い対戦カードだ。


「正直なとこ王女だのにはあんま興味ねんだよ。そりゃ可愛いとは思うけど、俺みたいのがいきなり告っても上手くいきっこねぇしな」


「だったら何で……いや、愚問だな」


「さすが話が解る」


 お互いにリアルの素性は知らないが、対戦を通じてシンパシーを抱いていた。すなわち、自分と同じバトルジャンキーとして。

 互いの意志を確認しあった直後、対戦開始が告げられる。





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