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一閃する裁きの鉄槌

 翌朝、いつも通りの時間に二人揃って登校し教室に入ると、昨日のように大勢の男子が佐敏サトシたちを取り囲んだ。しかし、今日は昨日の暴徒化した男子たちとは違う。狙う対象は隼人ハヤト、つまりクラスメートの男子である。


「じゃああと頑張ってね」


 とばっちりを避けて早々に隼人を見捨てて席につき、のんびり成り行きを眺める。


「なぁ隼人、昨日は俺たちもやりすぎたよ、反省してる」


「だからさ……俺らにも女王のアド教えてくれよ!」


 妙に態度が低いと思ったら案の定ろくでもないことを考えていた。どうやら昨日から今日の間に、隼人をシメることからアドレスを聞き出すことに方針を転換したらしい。

 昨日隼人が言っていた流れを変えるとはこういうことだったのかと、少しばかり感心して見物していると。


「えーやっだぁ」


 そうではなかったらしい。一瞬で男子たちは低姿勢を崩し隼人に詰め寄った。


「ならば話し合いの余地はない!野郎共やっちめぇ!」


 無駄に芝居がかったセリフとともに、隼人は囲んでいた男子たちに即座に取り押さえられた。さすがに今日は助けるべきかと思案していると、余裕しゃくしゃくの隼人声が聞こえてきた。


「へいへいちょい待てってぇ、お前ら分かってねぇなぁ」


「ああ?」


「今回の本題はそこじゃねぇだろぉ、今最も旬な話題っつったら文句なしで王女の試練っしょ!」


 要するに和奈の対戦代理だが、よくもまぁあんな恥ずかしい名称を堂々と使えるものだ。


「だからなんだよ?」


「だからよぉ、俺らは他のクラスの奴らと違って佐敏を応援しようって決めたよな?」


「おう!だから佐敏には一切手だしてないだろ」


「それだけでいいのかぁ?」


 意味深な笑みを浮かべて周りの男子の顔を見渡す。隼人の考えが読めず、誰もが困惑した表情をしている。佐敏でさえ言わんとすることが全く分からなかった。


「つまり佐敏は王女と女王から正式に依頼を受けた護衛隊長ってわけだ。そしてそれに挑戦してくる奴らは敵軍と言える」


 合っているような合っていないような、微妙なラインの表現だ。


「じゃあ佐敏の味方と決めた俺らはなんだ?栄誉ある護衛部隊の隊員ではないのか!?」


「な、なんだってー!?」


「護衛部隊が内輪もめなど笑止!俺はいわば伝令役になったにすぎん!諸君らもそれぞれの役割を果たすべきではないのかね!」


「た、確かに!」


「くっ……つまらない嫉妬心から大事なことを忘れてたぜ!」


「今ならまだ間に合う、一緒に佐敏を支え王女を守り抜こう!」


「「おぉー!」」


 馬鹿な理屈に馬鹿な返しで馬鹿騒ぎする馬鹿共を尻目に、佐敏と女子たちは結局普段通りかと嘆息する。


 一通り演説を終えた隼人が机の横にきて偉そうに腕組みをして話かけてきた。


「どぉよ」


「はいはい凄い凄い」


「うわぁ寂しぃ……」


「あんな馬鹿みたいなことを堂々と言えるのは本気で凄いと思うよ」


 皮肉と本音が半々ぐらいのつもりで言うが、いったいどれだけ伝わったかは分からない。


「まぁウチの男子連中なんてノリで生きてるようなもんだからな」


「隼人も含めてね」


「だからより面白そうな方に誘導すりゃいいのさ」


 昨日の流れを変えるとはこういう意味だったようだ。やり方は馬鹿げていたが、実際に成功しているのは隼人の技量によるものなのだろう。それと、普段からクラスメート同士の仲が良好なのも大きくプラスに働いていそうだ。

 ともあれ、ひとまずクラス内の障害は取り払われたことになる。他クラスの男子も昨日の様子ならあまり問題はなさそうだし、今日からは心置きなく対戦にいそしむことが出来そうだ。


 午前中の休み時間を使って四試合を消化し、昼休みは昼食を早々に完食すると二十分以上の時間を残して対戦の準備に入っていた。


「おっ、対戦やんのか、また観戦いい?」


「うん、別にいいよ」


 軽く応じてすぐにパソコン操作に戻る。

 このように、和奈の代理で対戦をする時に観戦を申し込む者はかなり多かった。特に対戦ランキングの上位陣からはほぼ毎回のように観戦を申し込まれている。これらを佐敏は断ることなく全ての観戦を許可していた。対策を練るための布石であることは百も承知だが、だからと言って秘匿するつもりはさらさらなかった。全力の相手と戦いたいという佐敏の主義が理由の大半を占めるが、今回は和奈に良い格好を見せたいという理由もあったりする。

 そんな訳で、昨日からの対戦は多くのギャラリーに囲まれながらのものとなっていた。


「誰にしようかなっと」


 対戦希望者リストを開いて目をつむり適当に画面をスクロール、勝手に止まった相手の名前を確認して対戦の申し込みを受理する。


「相手は……トール・ハンマーか、聞いたことないな」


 ここまでの対戦ではランキング上位に名を連ねるような猛者とは当たっておらず、ほとんどが名前を聞いたこともないような相手ばかりだった。


「まぁ、ランダムに選んでるからってのもあるけど、そろそろ強い相手ともやりたいな」


「おいおい、あんま余裕ぶっこいてると足下すくわれるぜぇ」


「もっともだけど隼人に言われると凄く不愉快だ」


「うっひゃっひゃっ、そりゃどーもぉ」


 軽くを叩いている間に、対戦ロビーの画面は消滅して対戦前の待機画面に移行している。ここからはピース・ブライトの出番だ。

 対戦フィールドに立ち、まず場所を確かめる。ゴム質の床にバーベルやルームランナー、どうやら体育館の地下にあるトレーニングルームのようだ。広さは教室以上だが、様々なトレーニング用品をリアルに再現しているのでかなりギミックが多いのが特徴だ。

 対戦相手であるトール・ハンマーは、その名の通り巨大なハンマーを担いで正面に立っている。不必要なほど大きいハンマーはどう考えても工具ではなく武器として作られていて、リアルとバーチャルの差を感じさせる一因となっていた。


「ようブライト、聞いた話じゃお前もボーナス無しでやってんだってな?」


 ボーナスとは委員会や部活に所属することで支給されるアバター用ポイントボーナスのことだ。声には出さず首を振って肯定する。それよりも、「お前も」と言ったということは相手も無所属の生徒のようだ。


「俺もそうなんだけど、正直すげぇと思うわお前」


「……」


 いきなり褒められて返す言葉に窮する。こちらは対戦をするつもりでフィールドに立っているのに、トール・ハンマーは巨鎚を肩に担いだまま更に言葉を投げかけてくる。


「なんか王女がお前選んだの分かる気がするわ。ボーナスに頼りっきりでロクに腕もないクセに勝ってる奴なんかよりよっぽど頼りになりそうだもんな」


「……何が言いたい?」


「おわっ、そんな声なのか!なんかかっけぇなーそれ、電子音声のオプションか?」


「そうだ。それで結局何の話だ?俺は対戦するつもりで来てるんだが」


 対戦自体はすでに始まっている。短期決戦が主流なので普段はあまり気にしないが、制限時間は刻一刻と減少していっている。


「待った待った、俺は対戦とかいいんだよ。どうせ勝てねぇし、むしろ応援してるぐらいだ」


「……」


「あっ疑ってる?そりゃ仕方ないか、じゃあこうしようぜ」


 言うや否や、ハンマーは巨鎚を床に下ろし両手を挙げてブライトの方に歩いてきた。


「一発殴れよ、後は時間切れでお前の勝ちだ。これなら信用できるだろ」


「……いいのか?」


「俺は王女とか興味ねぇし、お前は王女から直で頼まれてんだろ?なんかそっちのが正義っぽいし、どうせなら正義に味方した方がいいじゃん」


「分かった、厚意は受け取るよ」


 時間はまだもう少しあるが、このまま問答をしても時間切れで引き分けにしかならない。引き分けになった場合の取り決めはブライト側の勝利だがどうせなら勝ちをとりたいのが心情である。

 無防備な相手に剣を使うのは気が引けたので、左手で拳を作って振り上げる。


「ありがたく勝たせてもらうよ」


「気にすんな、お人好し」


「っ!」


 突如雰囲気が変わるのを感じ、とっさ身を退こうとするが間に合わなかった。頭部に激しい衝撃を受け、ブライトの華奢な体は横薙に倒された。


「バーッカ!対戦だぞ?負けてやるわけねぇだろ!」


「ぐっ……」


 巨鎚に気を取られて気付かなかったが、ハンマーはいつの間にかフィールドに配置されていたダンベルを握っていた。攻撃力は巨鎚ては比べ物にならないほど弱いが、低耐久なうえ無防備なブライトにクリーンヒットすればそれなりのダメージになる。半分とまではいかないが、四割以上の体力が削られていた。


「さて、後は時間まで守って勝ちだ。こっちから攻めなきゃいくらでも防ぎようはあるんだぜ」


「……」


 無言で立ち上がり、騙されたことより直前まで気付けなかった自分に怒りを感じていた。

 視界のブレを頭を押さえて直し、相手を再び対戦相手として構える。


「やってくれる」


 時間は残り少ない、体力も大幅にリードを許している。


「その貧弱な初期装備の剣で頑張ってあがいてみろよ、無駄だろうけど」


 ハンマーの言う通り初期装備の剣では火力不足、守りを固めた相手の体力を削りきることはできないだろう。


「ほらどうした?あと三十秒!」


 絶対的に不利な状況。それでもブライトの闘志は揺るがない。


「図に乗るなよ」


 言うや否や、全力でハンマーに向かって突進を仕掛ける。ぶつかる直前で剣を振り抜き、避けそこねたハンマーの体力をわずかに削る。


「あっぶね!ほらあと九割五分!」


 続けざまに振られる剣を紙一重で避けながらブライトから距離を取る。しかし剣に集中しすぎて蹴りを避けきれず、腹に一撃をもらって壁まで転がされた。


「壁!?やべっ!」


 ハンマーには無造作な攻撃に見えていたが、それは綿密に計算された追い込みであった。


(どうする!無理矢理逃げるか、いっそダメージ覚悟で反撃するか!?)


 追い詰められたハンマーは行動を決定する寸前でそれに気づいた。


(あと……五秒!)


 制限時間のカウントは残り五秒、体力は三割ほどのリード。


(次の一撃をしのげば勝ちだ!)


 そう考え、大ダメージを生む急所を隠して防御体制をとる。


「どうだ!その貧弱な剣であと一撃!逆転できるもんならやってみやがれ!」


 勝利を確信し、そう叫ぶハンマーの目の前でブライトが大きく両手を振りかぶる。上段攻撃と見たハンマーはとっさに両手を頭上でクロスさせて最後の一撃に備えた。


「防いでみろ」


「あっ?」


 ブライトの両手が振り下ろされたとき、ようやく不自然な点に気付いた。


「おい……ちょっ!それ俺のゴバァ!」


 最後まで言い切ることは叶わず、哀れにも全身を打ち砕かれ、たったの一撃で体力を全損した。自らが手放した巨鎚によって。

 武器には個別にちょっとした特性が付加されている。剣ならば首や関節などの部位を切断でき、銃なら頭部と心臓部を撃ち抜けばクリティカル判定で威力倍増となる。そして、ハンマーなどの打撃武器の特性、それは防御無視である。打撃武器はその攻撃力が高ければ高いほど相手の防御を無視してダメージを与える。今回のように素手による防御ならば、防御姿勢を打ち壊して本体を攻撃することもできる。


「ポイントをほとんどこのハンマーに費やしてたんだな、大した攻撃力だよ。クリーンヒットとは言えまさか一撃で倒せるとは思ってなかった」


 全身が粉々になってとても受け答えなどできないハンマーに、ブライトは淡々と語りかける。


「不意打ちを非難するつもりはない。ただ、最後のあの場面、大した防御力もないのに守りを選ぶのは有り得ないよ。もっと自分のアバターを知ってから出直してこい」


 ブライトの言葉が終わるのを待っていたかのように、視界の中心に表示される勝利宣告。それと同時にギャラリーの音声遮断が解除され、割れんばかりの大歓声が架空のトレーニングルームを埋め尽くした。


「ナイスガッツ!ブライトー!」


「引っ込んでろ卑怯者!」


 ブライトへの歓声に混じってハンマーへの非難も聞こえてくるが、当の本人はいつの間にかログアウトして跡形もなく消えていた。

 まだ時間があることを確認して、場の興奮も冷めやらぬうちに次の対戦相手を選出する。ランダムに選ばれた相手の名を呼び、ギャラリーへの返事もそこそこに次の戦いに身を投じるのであった。




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