護衛の護衛部隊結成
放課後、佐敏は疲労困憊、満身創痍、精神衰弱、言ってしまえばほとんど息をしていなかった。決して初日の戦績が悪かったわけではない。むしろ上位陣が様子見を決め込んだらしく、初戦のスペース・シャトルを含めて挑戦者十人全員がネタアバターかまともに戦闘ステータスにポイントを割り振っていなかったため、デュアル・マウスの出番などあるはずもなくピース・ブライトだけでも全試合圧勝だった。対戦による疲弊ではない。佐敏が現状に至った原因は、現実世界における佐敏への強襲、すなわちリアルアタックにある。
朝に御門姉妹と別れてから朝食がまだだったことに気付き、隼人と二人で購買に向かった。首尾良く人気の焼きそばパンを購入し、教室に帰る途中の自販機でコーヒーを買っていると、教室の方からざわめきと共に男子の大集団が近付いて来るではないか。しかもどう見ても佐敏めがけて来ているのだ。注目されるのを嫌う佐敏にとってとても堪えられる状況ではなく、パンとコーヒーを隼人に押し付けて一目散に逃げ出した。さらに休み時間ごとに暴徒化した男子に押しかけられ、とても対戦どころではない状態が続いた。
「佐敏君」
机に突っ伏してダウンしていると誰かに声をかけられた。
「んぁ……水原さん、どしたの」
「いや、大丈夫かなーって……全然大丈夫じゃなさそうだね」
「ぼちぼちです」
わずかに顔を傾けて視線だけはどうにか一芽の方を見る。しかしその目は死んだ魚のようで、受け答えもどこか怪しい。
「あのさ、もし良かったらだけど、手伝ってあげよっか?」
「手伝う……何を?」
「だから王女様の護衛、クモの巣に書いてあったのって本当なんでしょ?」
クモの巣とは、今朝隼人の言っていた外部サイトの通称だそうだ。という話を今日のいつだったか聞いた記憶があった。もはやそんなことも満足に思い出せないほど佐敏の脳は疲弊しきっていた。
そこでふと今は何の時間だったかと疑問を抱き、すぐに授業が早めに終わったために得られた、昼休み前の数分ばかりの休憩時間だったと思い出す。それと同時に、数分後からまた暴徒化した男子に追い回されるのかと思うと頭が重くなるのだった。
「気持ちは嬉しいけど対戦を代わってもらう訳にはいかないし、頼まれたのは俺なんだから、ちょっと無理かな」
「あぁ違う違う、全然違うよ。私が言ってるのはリアルでの手伝い」
「リアルで?」
「ほら、今日だって他のクラスの男子が来て大変だったでしょ?うちのクラスの男子はまぁ話せば分かるだろうし、今は佐敏君より末木君しめるのに忙しそうだし」
そう隼人だ。リアルの方は任せろと豪語していた隼人はというと、朝教室に入った直後に欧華とアドレスを交換したことを自慢し、クラスの男子からもみくちゃにされて佐敏も顔負けのボロ雑巾にされているのだ。全く役に立たない男である。
「だからさ、リアルの方は私たちが面倒みてあげるよ」
「え?」
私たち。一芽のその一言で、ようやく佐敏は周りに居るのが一芽だけではないことに気付いた。ちゃんと顔を上げて見回して見ると、なんとクラスの女子全員が佐敏の席を囲っていた。
「ヒッ」
複数の視線に思わず息を飲み、みるみるうちに青ざめていく。
「みんなあんまり見ちゃダメだよー、佐敏君こういうの全然ダメなんだから」
「ごめんごめん」
「だって面白いんだもんねー」
「ねー」
「はいはい、私たちが佐敏君イジメちゃ全然意味ないでしょ、解散解散!」
好き勝手なことを言う女子軍団だが、一芽に言われて大人しく自分の席に帰っていった。
「と、言うわけで、私たちクラスの女子全員で佐敏君をサポートしてあげるわ」
「いいの?部活とかバイトが忙しい人も結構いるんじゃないの?」
「そこはうまく調整するから全然心配ないよ。佐敏君は王女様の護衛にだけ集中してくれればいいの!」
断ろうかとも思ったが、今日の様子を鑑みるにこのままではまともに対戦すらできないかもしれない。それよりは、一芽たちの厚意に甘えるのが得策と言えるだろう。
「じゃあ……お願いしようかな」
「オッケー!承りました!」
「でも、お礼とかできないけど本当にいいの?」
「お礼なんて全然いいよ!むしろこっちが……」
「え?」
「あぁいやいや何でもないの!全然気にしなくていいから!じゃっ!」
そう言って、佐敏に二の句を言わせず立ち去った。違和感を禁じ得なかったが、大した問題ではないだろうと切り捨てることにする。
「少しはマシになるのかな……?」
期待半分不安半分に呟き、再び机に突っ伏した。
一芽を筆頭とした女子たちの影響力は絶大であった。昼休みに入って再び押し寄せてきた男子たちを体を張って教室前で引き止め、真っ向からリアルアタックを止めるように抗議した。
周囲の雰囲気とノリで佐敏を追い回していた者も多かったため、大多数の男子は勢いを無くして一芽たちに従った。それでも退かない者には、武力委員会や生徒会、ひいては欧華と和奈への通報を盾にして追い返し、ついに佐敏は安らかな休み時間を取り戻したのだった。
「ありがとう水原さん!それにみんなも!ほんっとに助かったよ!」
涙ながらに何度も頭を下げ、女子とも仲良くしていて本当に良かったと過去の自分にも感謝した。
「大げさだよ。でも、感謝してくれるんなら絶対負けたら駄目だよ!」
「ありがとう、頑張るよ!」
相変わらず役にたたない男子をよそに、佐敏は協力してくれる友人たちの為にも負けられない、と決意を新たにした。
この昼休みの一芽たちによる説得以降、佐敏を直接どうにかしようという連中はパタリと止み、代わりに対戦の申し込みがひっきりなし届くようになった。午後の授業の合間の休み時間と放課後の時間をフルに使い、一日のノルマである十戦を終えた頃にはあたりは夕日に照らされて赤みを帯びていた。
そんな過程を経て現在の佐敏は机に伏してぐったりしているのである。心身ともにくたびれきってもはや眠気すら飛んでしまうほどだ。
「いよぅお疲れさん」
「うるさい役立たず」
「わぁーお、痛烈ぅー」
のっそりと体を起こすと、思った通りの顔がそこにあった。
「なにがリアルは任せろだよ」
「いやぁわりぃわりぃ、まさかあんなにボコボコにされるとは思わなくてよぉ。でも良かったじゃん?ちゃっかり女子を味方につけちゃってさぁ」
悪びれる風もない隼人の態度に反省は見られない。もっとも隼人が真面目くさって反省を見せても逆に怪しいだけなのだが。
「水原さんたちには感謝してるよ」
「まぁ女子は女子でお得なイベントだしなぁ」
「お得?なんで」
「分かんねぇ?じゃあいいよ、説明すんのめんどいし」
「なんだよそれ……」
「気にすんなって、お前は純粋に厚意だと思っときゃいいよ。それだって間違いじゃねぇんだからよぉ」
釈然としない部分もあるが、佐敏としてはあまり人の善意を疑いたくはない。それに隼人が隠すのならば、それほど深刻な理由でもないだろうと思い納得することにした。
「それはそうと、隼人の方は大丈夫なのか?」
「何が?」
「明日だよ。またクラスの連中にシメられるんじゃないのか?」
「あぁ、そりゃ余計な心配ってやつだ。ちゃぁんと考えてあるよ」
いつものにやけ顔で自信満々にそう言うが、朝にも同じように自信満々で任せろと言っておいてあのザマだったのでイマイチ信用できない。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「あれあれぇー?俺ってば信用されてないぃ?ちゃんと考えてあんだけどなぁ」
「じゃあ言ってみろよ」
「おう、簡単に言やぁ流れを変えてやればいいのさ。今日は俺をボコる流れだったけど、明日はそれを違う方に向けてやる」
「言いたいことは分かるけど、できるのか?」
「まぁ楽しみにしとけって」
まだ完全には信用できないが、被害を受けるのは基本的に隼人だけなのであまり深く追求する必要はないだろう。というかそろそろ相手をするのにも疲れてきた。
「あんまり変なことはするなよ」
「へいへい」
最後に軽く釘をさしておき、この話はここまでとする。
のっそりと立ち上がって思い切り伸びをすると、腰回りを中心に体中がバキバキと音を立てた。
「帰るか、もう用事ないよな?」
「ないんじゃなーい?」
「よし、部屋に戻ったらまたデュアル・マウスの相手してくれよ」
「熱心なこって、りょーかーい」
対戦に関しては積極的で前向きな佐敏といつも通り適当でちゃらんぽらんな隼人。今回の和奈がらみの一件で慌ただしくなったりもしたが、結局この二人は根っこの部分は何も変わっていないのだった。