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兼任指導始めました

 対戦申し込みを承認すると、メニュー画面がガラスを砕いたようなエフェクトで消滅し、佐敏サトシの半身たるピース・ブライトの視点に移り変わる。今回のステージは教室、動き回れるように本物より誇張されたサイズになっている教室にもう一人のアバターがいる。頭頂部がやけに突起しており、首から腰にかけては見事な円柱体型、両手を羽に見立てればまさにスペースシャトルのような出で立ちだ。

 アバター制作にあたっていくつかの方向性が存在する。 佐敏のように対戦のみを重視してステータスばかり上げるタイプ、隼人のように妄想全開で理想のアバターを作るタイプ、ある程度コンセプトを定めてバランスよく作るタイプ、完全にネタに走るタイプ、細かく見ればまだあるが、だいたいこの四つに分けられるだろう。

 目の前のアバター、スペース・シャトルはほぼ間違いなくネタで作っている。わずかながら将来の夢が宇宙飛行士という可能性もあるが、それならもっと専門的な学校に進学しているはずである。


「あのーブライト……さん?」


 シャトルが対戦中にも関わらず声をかけてくる。無防備に初撃を警戒していないあたり素人で間違いなさそうだ。語尾が疑問系なのはブライトのリアルの学年が分からないからであろう。


「……何か?」


 佐敏にとっては聞き慣れたブライトの電子音声で応える。使用している本人は全く知らないが、初対面でこの電子音声で話されると結構緊張する。というのは一芽ヒトメの言である。シャトルもそうだったらしく、一歩後ずさって言葉を選びながら次の句を口に出す。


「その、あなたに勝てたら御門和奈さんと付き合えるって本当なんですか?」


 情報が微妙に食い違っている。正確には告白する権利を得るだけで付き合えるかどうかは両人次第なのだが、多分シャトルは直線サイトを見たのではなく、友人などから人づてに情報を仕入れたのだろう。


「違う、告白できるだけだ。その先は分からない」


「そ、そうですか」


 ブライトの無機質な外見と声にシャトルは完全に萎縮してしまっている。これ以上の会話は無意味だと思い、ブライトが先に武器を構える。対するシャトルも慌てた様子で銃を構える。もっとも銃と言ってもリアルなものではなく、銃口の代わりにパラボラのついたSFに出てきそうな光線銃である。これは実際の銃に憧れを抱かないようにという配慮なのだが、シャトルの外見と相まって妙な一体感を醸し出している。

 いざ武器を構えてから思い至ったのは、この対戦の結果についてだ。何の気なしに始めてしまったが、これは今回の件においてとても重要な第一試合だ。ここでの結果が後の対戦に響いて来るのは間違いない。

 ではどうするか。今後のことを考えれば適度に手を抜いてギリギリで勝利するのが最善手だろう。そうすれば次回からの対戦相手は油断するかも知れないし、対戦代理があまり強くないと噂になれば作戦を練らずに突貫してくる者も増えるからだ。

 しかし佐敏はその考えをあっさりと打ち捨てる。理由は単純、和奈カズナの護衛を引き受けた以上は手抜きなどできようはずがないからである。ましてや今は当人も観戦しているのだから、全力で圧勝し、少しでも安心させてやるのが護衛としての勤めではないか。そもそも戦闘特化でバトルマニアの佐敏が対戦で手を抜くというのが土台無理な話でもあるのだ。

 決まってしまえば後はやるだけ、シャトルがずんぐりした体をよじって銃口をこちらに向けて来たのを見て低姿勢で距離を詰める。戦闘に慣れていないシャトルは一瞬でブライトを見失い、逆袈裟に痛烈な一撃をもらってもまだ状況が把握できなかった。


「えっ?ちょっ、何!?」


 銃を構え直して反撃の姿勢を見せるが、その時にはすでにブライトは視界にいない。ダメージ硬直を追撃ではなく立ち回りに利用するのはブライトの得意戦術である。慣れていない者からは、ダメージだけを残してブライトが立ち消えたように見えるそうだ。


「な、何コレ……どこいんの!?」


 ブライトを視認しきれないままシャトルの体力はみるみるうちに減少していき、一切の反撃をする間も与えられずあまりにもあっさりと削りきられた。

 視界に浮かび上がった勝利宣告を確認してホッとひと息つく。相手がネタアバターではあったが、ひとまず初戦は快勝である。呆然とするシャトルを少し気の毒に思いながらログアウトボタンをクリックすると、ブライト視点だった世界がゆっくりと消えていき現実の生徒会室を視界に写す。ヘルメットを外して周りを見回すと、ちょうど他の三人もログアウトしたところだった。

 真っ先に軽口をたたこうとした隼人ハヤトに先んじて声を発したのは、意外なことに和奈であった。


「すごかったです!」


「え……えっ?」


「最初にスッて潜り込んで、その後も相手の死角に上手く入り込んで……あんな綺麗な対戦は初めて見ました!」


「いや、それほどのものじゃ……」


「でも、お姉ちゃんでもあんなに綺麗な対戦はできませんよ!」


「それは単にスタイルの違いかと」


「スタイル?」


 小首を傾げた和奈を見て、そういえばこの娘も対戦は不得手だったなと思い出す。


「俺はデュアル・マウスにポイントを割り振ってるからピース・ブライトの基礎スペックはそれほど高くないんだ。装飾関係の物を全部切り捨ててようやく今の性能さ。だから、ガチンコ勝負だと不利になるからああやってごまかしながら戦うしかないんだよ。それに対して御門ミカド先輩のプレデター・クイーンはそもそも元になるポイントの総量から違うし一体のアバターに注ぎ込んでるから、むしろ正面からのぶつかり合いのほうが有利になるんだ」


 和奈は関心して佐敏と欧華オウカを交互に見やる。欧華には若干意外そうな視線を向けているが、実際に学内トップクラスの成績に生徒会長のポイントボーナスのほとんどを注ぎ込んでいるのだから、単純に殴り合えばプレデター・クイーンに勝てるアバターはまず存在しないだろう。


「どお?和奈も少しは対戦に興味でてきた?」


 ここぞとばかりに欧華の対戦勧誘が始まる。いつもならすげなく断られているが、直前に芸術的とさえ言える展開の対戦を見たせいか普段とは違った様相を見せる。


「先輩の対戦はすごく綺麗だったから……あんな風にできたら、楽しいのかな?」


 この時佐敏の心臓は破裂するかと思うほど強烈な鼓動を刻んでいた。そして、頭の先から足まで真っ赤なのを自覚しながら、一世一代の勇気を振り絞って声を発する。


「み、御門さんさえ良ければ……お、教え、ようか?……対戦」


 羞恥の許容量は三倍ほど振り切り、極力誰とも目を合わさないように務める。それでも、隼人が声を殺してにやついているのははっきりと感じ取れた。欧華の方は、よく分からないが口を挟まないということは流しているのだろう。


「いいんですか?対戦の代理もお願いしてるのに、迷惑になりませんか?」


「うん、大丈夫。一日の試合数も決まってるし、本気の対戦ばっかりやってたらさすがに参っちゃうよ。息抜きの意味で俺としても……その、ありがたい……かな」


「本当ですか?じゃあ、お願いしちゃおうかな……」


 無論、二つ返事で快諾である。


「放課後にうちの教室に来てくれたらいつでも教えるよ。あ、俺が行った方がいいかな?」


「いえ、教えを乞う立場なんですから、私が先輩の教室まで行きます」


「そっか、わかった」


「ちょいちょい待ち待ちぃ!言っちゃ悪いが言わせてもらうぞ、お前ら馬鹿か!?」


 サクサクと進む話を中断させたのは焦りと呆れの混じった隼人の声だった。よく見れば欧華も頬に手を当ててため息をついている。物憂げな姿も美しい、いちいち絵になる人だ。


「そ、そうだな。うちの教室じゃマズいよな。クラスの連中が大騒ぎしそうだ。やっぱり御門さんの教室で……」


「シャラップ馬鹿たれ!どこの教室でも大騒ぎになるっての!今をときめく王女様にどこの馬の骨とも知れないパンピーがマンツーマンで対戦指導とか、羨ましいじゃなくて!男子共が暴動起こすぞ!」


 隼人の鬼気迫る様子には少なからず私情も含まれていそうだが、なるほど説得力がある。むやみに人目のある場所で対戦指導などすれば、今の隼人のような状態の男子にもみくちゃにされかねない。よしんばその時は大丈夫でも、佐敏は一人で夜道を歩けない身分になること間違いなしである。


「でも、それならどうしましょうか?教室がダメなら他の場所を探さないと」


「そうねぇ、対戦指導だと直接操作を教えることになるからアバター越しにはできないし、邪魔の入らない場所ねぇ……」


「生徒会室とかダメなんすか?」


「んーダメではないけど、案外人の出入りは多いわよ?」


「じゃあ無理っすね」


 学内用アバターとその対戦システムである以上、学内でなければプレイできない。しかも対戦の指導は欧華の言うとおり直に手元の操作を見る必要があるので、別々の場所では意味がないのだ。


「あの……教えてもらうのはすぐじゃなくてもいいので、場所はまたゆっくり考えませんか?」


 特に名案が浮かぶこともなく、和奈の妥協案でひとまず決着とした。

 気づけば廊下からは登校してきた生徒の声が聞こえ始めていた。あまり人目が増えては一緒にいるところを見られ、余計な騒ぎを起こしかねないのでひとまず第一回の作戦会議はおひらきとなった。

 生徒会室の出がけに、和奈が佐敏の方を向いて姿勢正しく一礼する。


「朝早くにありがとうごさいました。改めてよろしくお願いしますね」


「ま、任せて。御門さんの迷惑にならないように、出来るだけ勝ち続けるから」


 精一杯の強がりで引きつった笑顔を見せると、和奈は無邪気な笑顔を返してくれた。そんな二人の後方では、今後の連絡のためにと欧華とメールアドレスを交換した隼人が涙を流して震えていた。



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