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王女の試練は唐突に

 和奈の依頼を受けた翌日、佐敏はセットした覚えのない携帯のアラームによって睡眠を中断された。時計は普段起きている時間より一時間以上早い時間を指している。


「なんだよ……嫌がらせ?」


「いやいや佐敏ちゃん、とりあえず携帯確認しようぜ」


 嫌がらせなら真っ先に容疑者として名前が上がる隼人はすでに起きていたらしく、携帯電話の画面を向けてきた。寝起きには眩しい画面に顔をしかめ、徐々に慣れてきてから見ると一通のメールが開かれていた。


「ん、なに?王女の護衛を倒して告白権ゲット、詳細はコミュニティーへ……何コレ」


「学外のサイトからの速報」


「学外の?」


「そ、学内だと教師連中に即バレするから外部にこういうコミュニティーサイトがあってな、ここでグレーゾーンの情報をやりとりしたりできるんだよ」


「全然知らなかった」


「知らなくても問題ねぇよ、お前にゃ刺激の強い話も結構あるしなぁ。それより今はこれだ!」


 そう言って再び携帯画面を向けてくる。隼人の言うとおりだ。今はその外部サイトなどより重要な案件があるではないか。もう一度文面を読み直して口を開く。


「誰がこれを流してるんだろ?俺と御門さんたちと隼人しか知らないはずなのに……」


「そりゃぁ十中八九女王だろうな」


「御門先輩が?なんで?」


「自分の時と同じ手口だよ。こうやってまず情報を適当にリークして、後は生徒間で噂として勝手に広まっていくのさ。でもって実際に挑戦したやつが出始めれば信憑性も増してくる。女王の時は情報が流された直後に大規模な対戦会が発表されて、みんなこぞって参加してたっけなぁ」


 確かに覚えのある話だ。その時は隼人からの口伝てで欧華を賭けた対戦会を知り、それからすぐに対戦会が開かれていた。あの時は疑問を感じなかったが、ネタを聞けば良くできた仕組みだ。情報の開示は学校側にバレにくい外部で行い対戦の場は学内で大々的に告知する。これで生徒には噂という形で真の目的が広まり、かつ学校側にはただの対戦会や挑戦者募集に見えるというわけだ。


「うへへ、こりゃ面白くなりそうだな」


 気味の悪い笑いを漏らして再び携帯画面を突きだしてくる。二度目で少し目がなれていたので今度はすぐに画面を読むことができた。

 そこには、今回の和奈を巡る対戦会のルールが事細かに記載されている。ちなみに対戦会自体の名前は「王女の試練」とされている。誰が考えているのか知らないが去年の欧華の時は「女王への挑戦」であった。


「おっ、お前の「わがまま」の方もぼちぼち広まってきてんぞ」


「本当だ、何個かスレも立ってる」


 もっと詳しく見ようとした時、佐敏の旧型携帯が着信音を鳴らし始めた。まだまだ時間は早いし、隼人と違って外部サイトにも登録していない佐敏に今のタイミングでメールをしてくる相手に心当たりはなかったが、二つ折りの携帯を開いて目を見張った。


「えっ?うえぇっ!?」


 隼人に負けず劣らずの奇声を発して画面を二度見する。果たしてそれはメールではなく通話着信だった。しかも表示されている名前は「御門和奈」ときたものだ。あたふたと隼人に助けを乞うが画面を見せた途端に冷めた視線で一蹴された。それでも隼人が「とりあえず出ろよ」と言ってくれなければそのまま着信は切れていただろう。


「んもしもし!」


 発音が少しおかしかった気がするがそんなことは気にしていられない。


「あっ先輩!良かった、さっきかけたけど出なかったからまだ寝てるのかと思いました」


 寝てました。とはとても言えないが、どうやら先の着信もメールではなく通話だったようだ。


「いや、起きてたけどぼーっとしてて……」


「そうだったんですか。じゃなくて!すみません!」


「はい?」


 一体何がすみませんなのか?早朝に連絡をよこしたことなら今大丈夫だと言ったばかりだし、突然電話してきたことならむしろ大歓迎なのだが。


「私、昨日帰ってからお姉ちゃんにマッチング方法について相談したんです。そしたら今朝……」


 なるほど得心がいった。ついさっき隼人が見せてくれた外部サイトの情報はやはり欧華が流したようだ。しかも和奈の様子からして単独でやったことらしい。


「えーっと、俺も今その情報を確認したばかりなんだけど、知られてマズいことは何も書かれてないし、いずれは広めなきゃいけないんだから大丈夫だよ」


「でも、相談もせずに勝手なことをしてしまいました……」


 なるほど、どちらかと言えばそっちを気にしているようだ。


「そっちも気にしてないから大丈夫。それより、早ければ今日から対戦を申し込まれると思うから準備と最終的なルール設定も兼ねてどこかで話せないかな?」


 横で隼人が口笛を吹いて囃すが今は無視を決め込む。


「分かりました。じゃあ、すぐに学校に行くので三十分後に生徒会室に来て下さい」


 時計を見ればいつもならまだ寝ている時間だ。寮住まいにとって登校時間は無いに等しい、よって準備の時間を差し引いても十五分もあれば生徒会室に行ける計算になる。朝食にはまだ早いから後で食べればいいだろう。


「分かった。あっ、御門先輩も一緒に来てもらえるかな?そのほうが話を進めやすいんだけど」


「はい、そのつもりです。ではまた後ほど」


「あ、うん」


 二人きりではない状況に対して「そのつもり」と言われたことに傷ついたのは佐敏だけの秘密である。


「隼人も来てくれるか?」


「あぁん?何で俺が?」


「たぶん俺も御門さんも外部サイトには詳しくないし、御門先輩はどちらかと言えば仕掛け人だから一般側の意見があった方が良いと思うんだ。このことを話せるのは今は隼人だけだし」


「何だよその仕方なくみたいなノリはよぉ!」


「いやその……えーっと、ダメか?」


「行くに決まってんだろぉが!テメェだけ朝っぱらからハーレムルートに行かせるかよ!」


 隼人の理由はともかく居てくれれば頼りになることは間違いない。

 二人で登校の準備を終えてから少し時間をつぶし、実際に生徒会室の前に来たのは約束の五分前だった。和奈と欧華が到着したのはそれから五分後、言った時間どほぼぴったりであった。時間ギリギリに来る性格とは思えないので、おそらく三十分と言うのは起床から登校までの最短時間なのだろう。うっすらと汗をかいているのが見てとれる。


「お、おはようございます!朝早くに、わざわざ、すみませんでした」


「このぐらい何ともないよ」


 やはり急いで来たのか言葉が途切れ途切れになっている。別に何の責任も無いが立地的に楽をしていることを申し訳なく思いながら、欧華にも簡単に挨拶を済ませて四人そろって生徒会室に入室した。


「まずはごめんなさいね」


 着席し、備え付けのお茶が全員に行き渡ったとき、欧華が唐突に切り出した。


「和奈にも言われたけど、何の相談もせずに情報を流しちゃったのは軽率だったわ」


「いえ、見た限りバレてマズいことは特になかったですし、むしろ俺も考えてなかったルールもあって助かってます」


「そう?なら良かったけど……じゃあ本題に移りましょうか」


 そう言ってA4サイズの白紙を一枚取り出しペンを持つ。


「まずは今の状況整理とルールのおさらいね。佐敏君は和奈の対戦代理を引き受けてくれる。気持ちに変わりはない?」


「はい」


「今更だけど、特に見返りとかお礼は考えてなかったし用意できるかも分からないけど、それでもいい?」


「お礼というか、見返りはもう十分ですから」


「えっ?」


「ふぅん……」


 よく分からないという表情の和奈と面白いものを見る目の欧華。少々口が滑ったと反省するがもう遅い、少なくとも欧華には佐敏が和奈に好意を持っていることを感づかれただろう。もっともなんのメリットも提示されない状態で今回の依頼を受けていた時点で、カンの良い者なら気付けようというものだが。


「じゃあ続けるわね。対戦のルールだけど挑戦権は一人一回まで、対戦は一回二戦、ニ連勝した者にのみ和奈に告白する権利を与える。」


「こっちは一勝で挑戦者はニ連勝って、ちょっとズルくないですか?」


「あら、真面目なのね。大丈夫、こういうのは挑戦者側が多少不利でもあまり苦情は出ないから。それに佐敏君はたくさんの挑戦者を相手にするんだから、これぐらいのハンデと余裕は必要よ」


「なるほど」


 さすがに良く考えていると感心させられる。これなら切羽詰まった挑戦者と一試合の遊びがある佐敏で精神的有利が発生する。逆に佐敏が余裕を過信して油断する可能性もあるが、佐敏自身それは無いと確信していた。なぜならこれは和奈への告白権を賭けた戦いであり、本人は全て断る気でいるようだがいつ心変わりするか分からない。うっかり色好い返事をされれば佐敏は自身の敗北を死ぬほど悔やむことになるだろう。それだけでなく、あまり負けを重ねれば和奈も別の代理を用意しないとも限らない。ゆえに、佐敏も可能な限り負けられないのだ。


「ちなみに、二戦の間にアバターをチェンジするのは?」


「もちろんありよ。むしろそのためにニ連戦にしたんだから、一回負けたら覚悟を決めてデュアル・マウスを使ってね」


 優しそうな笑みを浮かべているが、鋭く光った目がこれがデュアル・マウスを隠す最大限の譲歩であると知らせてくる。


「挑戦は一日に十回まで、佐敏君さえよければ今日から始めようと思うんだけど、大丈夫かしら」


「大丈夫です。あ、対戦は全部休み時間か放課後ですよね?」


「もちろん。ルール違反を犯した挑戦者はリストアップするから対戦を拒否してね」


「分かりました」


「それからもう分かってると思うけど、アバター名が表示される以上、代理が佐敏君だってことはすぐに広まるはずよ。もしかしたら直接佐敏君を脅して八百長を仕掛ける人もいるかも知れないから充分気を付けてね」


「覚悟してます。まぁその辺はうちのクラスの連中が力になってくれると思います」


「ふふ、頼もしいわね。末木スエキ君からも気を使ってあげてね」


「おぉっ、おぃっす!」


 突然話を振られてあくせくする隼人など、なかなかにレアな光景だ。


「あっ、そういやもうだいぶ集まってますよぉ挑戦者」


「ち、ちなみに今何人ぐらい?」


「ざっと百人」


「ひゃく!?」


「なに今更ビビってんだよ、まだ少ない方だろ」


「いやでもさ、ついさっき情報が流れたばっかりなのにもうそんなに集まるもんなのか?」


「これが外部サイトと口コミの力なんだなぁ。早い者勝ち的な要素も手伝ってるだろうけど、まぁ安心しろよ。この百人がいきなり全員くる訳じゃないしな。多分今日挑戦して来るのは半分ぐらいだ」


「半分?」


 早い者勝ちなのだから我先にと全員が挑戦してくるものと思っていたが、そうではないのだろうか?


「そ、早い者勝ちってのもあるが、逆に一発勝負ってのもある。だから、先に何人か挑戦させて対策をしっかり練ってからって考えてる奴も多いだろうさぁ」


「なるほど……」


「末木君の言うとおりよ。そしてその思考でいけば最初のニ試合目以降、つまりデュアル・マウスを公開してから挑戦者が増えるはず。あまり気負う必要はないけど意識はしておいて」


「はい」


 デュアル・マウスを公開する。今まで考えたこともなかったが、いざその可能性を示唆されると途端に緊張してくる。自分が謎のアバターの正体だと知られれば、しばらくは注目の的になるだろう。無名だった頃ならまだしも、今は一年以上女王から逃げ続けたというオプションがついている。注目度は当時とは段違いだ。

 我知らず身震いしていると、バチンという音とともに背中に激痛が走った。


「いっづ!?」


「そうビビんなって!対戦は手伝えねぇけどリアルの方は俺が助けてやっから、それにクラスの奴らも絶対ノってくれるって!」


「う、うん。ありがとう」


 若干涙目になる佐敏に和奈は心配そうな視線を向けてオロオロとし、欧華はそんな様子を見てにこやかにお茶をすすった。


「ひとまずこんなところでいいかしら?」


「そうですね。だいたい話したいことは終わりました」


「じゃあ、さっそく初対戦やってみない?」


「えっ、今からですか?」


 確かに今は休み時間に近い扱いの時間ではあるし、特別対戦できない理由もないが、いささか急な提案に一同は困惑する。


「無理にとは言わないけど、せっかく企画側が全員揃ってるんだからルールの微調整もかねて一度対戦しておいたほうが良いと思うの」


「なるほど、それもそうですね」


「でしょ?」


 納得してからは各自行動が早かった。佐敏は自分のノートパソコンとアバター視点のためのフルフェイスヘルメットを取り出し、いつもの調子で起動から対戦メニュー表示までをつつがなくこなす。他の三人も同様に対戦メニューを開き、いつでも佐敏の対戦を観戦できるようにする。


「う、うわぁ……」


 対戦メニューを見て佐敏がうめきをもらす。そこには、対戦申し込みがあったことを伝えるシステムメッセージとその件数が表示されている。その数、実に七十とニ。


「隼人の予想よりだいぶ多いんだけど」


「誤差だ誤差、気にすんな。それより、そんなかから一人選べよ」


「勝手にこっちで選んでいいのか?」


「その辺はまだルールに記載されてないから、今は適当でいいだろ」


 そう言われて佐敏は目を閉じてリストをスクロールし、適当なタイミングでエンターキーを叩く。恐る恐る目を開けて初戦の相手の名前を確認すると、そこには「スペース・シャトル」とある。名前に覚えはないが、生徒の情報が記載されていないので佐敏と同じく部活及び委員会には無所属のようだ。


「じゃあ、始めます」


 佐敏がそう告げ、「王女の試練」がここに開幕した。



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