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再起する一対の双身

 和奈カズナ欧華オウカの口論はだんだんと他愛もない内容に変化していき、しまいには勝手にプリンを食べただの食べてないだのと言い出す始末である。もはや、最初から様子を見ていた佐敏サトシも話の流れが思い出せなくなっていた。


「あの、二人ともそろそろ時間が……」


 と言いかけて、途中でスピーカーから流れ始めた音楽に言葉を遮られた。クラシックのしとやかなメロディーは最終下校時刻が迫っていることを知らせる。


「あらいけない、早く帰らないと怒られちゃうわ!」


 終始劣勢だった欧華がいち早くそう提案してきた。和奈はまだ何か物言いがありそうだったが、冷や汗をにじませて困り顔をしている佐敏を視界の端に捉えると慌ててそちらに向き直る。


「あっ!す、すみません先輩!」


「ううん、いいよ。はい鞄」


「ありがとうございます」


 顔を朱に染めて受け取ると、すでに廊下に出ている欧華を追ってそそくさと部屋を出た。取り残された佐敏も後に続くが、足を踏み出す直前にぼそりと呟く。


「なんか……避けられてる?」


「えっ?」


「い、いやなんでもないよ」


 そう言って慌てて生徒会室を出た。

 学内は深夜には自動で施錠されるが、生徒による自主的な施錠が呼びかけられている。それに従った欧華が電子式の鍵を施錠するわずかな間にチラリと和奈を見やるが、同じく視線だけをこちらに向けた和奈とばっちり目が合い、お互いすぐさまそっぽを向く。欧華が施錠を終えて振り向くと、そこには顔を赤らめながらうつむく二人がいた。


「あなたたちなにやってるの?」


 呆れと優しさが半分ずつぐらいの表情で二人を交互に見て、やれやれと言わんばかりにため息をついた。


「ほら、早く帰るわよ」


 寮住まいの佐敏は実はそんなに焦る必要はないのだが、今はそんな無駄口を叩く精神的余裕はないので大人しく三人で昇降口に向かう。


「……」


「……」


「……」


 三人もの人間がいながら言葉は一切発せられない。欧華だけは気遣わしげに二人を交互に見ているが、さっきの口喧嘩が尾を引いているのかなかなか行動に移れない。そしてついに、校門と学生寮に行くための分かれ道に来るまで一切の言葉は無かった。


「じ、じゃあさよなら」


「は、はい……」


 ようやく絞り出したのはほんの一言二言の別れの挨拶であった。

 さすがに見かねた欧華が努めて明るく割って入る。


「そうだわ!佐敏君があの話を受けてくれるならこれからも会わなきゃいけないし、連絡先を交換したらどうかしら?」


 突然の助け舟に二人とも一瞬キョトンとして、意味を理解すると慌てて携帯電話を取り出した。


「そ、そうですね!」


 佐敏は、スマートフォンが主流の昨今ほとんど見られなくなった折り畳み式の携帯電話を操作し、赤外線通信のメニューを呼び出す。対する和奈も輪をかけて珍しいスライド式の携帯電話を慣れた手つきで操る。


「私が先に送りますね」


「うん」


 未だに相手の顔を直視できないが携帯電話の画面を見るという方法で、どうにか目のやり場を確保する。


「来た」


 画面に表示された「御門和奈」の名前に今更ながらドキリとし、アドレス帳への登録を促すメッセージに従って保存を済ませた。


「じゃあ、次はこっちのを送るよ」


「はい」


 再び赤外線通信のポートを向かい合わせていると、思わぬところから横槍がはいる。


「こらぁ早く帰らんか!とっくに下校時間過ぎてるぞ!」


 三人揃ってビクリと肩を震わせて声のした方を見る。そこには、鬼の形相で腕を組み仁王立ちしている男性教育の姿があった。佐敏の記憶が正しければ生活指導の担当だったはずだ。


「あらぁ……なんだかまずそうな雰囲気ね」


「そ、そうですね」


「お姉ちゃん、帰ろっか!」


 三人とも頬が引きつっているが、誰もそんなことを指摘する余裕はない。すぐさま和奈と欧華は回れ右をし、逃げるように校門の方へ走り去って行った。去り際、きちんと「さようなら」を言うあたりに二人の育ちの良さを感じずにはいられない。

 寮生とは言え、あまりのんびりしているとまた怒声が飛んできそうなので、携帯電話を素早くしまって佐敏もそそくさと退散する。その表情は先ほどとはうって変わり、だらしなく緩みきっていた。


「み、御門さんと……アドレス交換しちゃった……!」





 寮の自室に帰ってからわずか数分後、床にうずくまってうめき声を漏らす佐敏の姿があった。


「うごぁ……」


「……」


 ピクピクと体を痙攣させる姿を冷徹に見下ろしているのはルームメートの隼人ハヤトである。


「隼人……お前、何を……?」


「許せ佐敏……反射だ」


「は、反射って……」


 実際に隼人自身、佐敏をここまで苦しめるつもりはなかった。ただ、佐敏が帰宅するや否や緩みきった表情で「御門さんとアドレス交換してきた」などと言うものだから、反射的に高速のボディブローを繰り出したのは仕方ないことだろう。実際は「御門」と「アドレス」というキーワードが聞こえた時点で既に拳は突き出されていたのだが、今となっては些細な違いでしかない。


「あーいや、割とマジですまん。大丈夫か?」


 冷徹な空気をあっさりと捨てて横たわる佐敏を揺り起こす。佐敏もさすがに浮かれすぎたと反省し、特に文句は言わずにのっそりと起き上がった。


「いや、まぁちょっと浮かれてたから、灸を据えたと思えば……」


 言葉の途中で痛みがぶり返し、顔をしかめて腹をさする。


「と、思ったけどやっぱこれはやりすぎだろ!?」


 許容しきれず隼人に掴みかかりギャーギャーと文句を垂れる。しかし、ほとんど喋らないうちに再び腹痛におそわれ、へなへなと力無く崩れ落ちてしまった。


「ホントに悪かったって、そうカリカリすんなよ」


「ぐぬぅ……」


 うめき声と混ざって妙な声を漏らす佐敏に、隼人はさらりと鎮静剤を投入する。


「王女様とアドレス交換したんだろ?こんぐらいのことで目くじら立てんなよ」


 そう言ったとたん、直前まで隼人を睨み上げていた佐敏の顔が真っ赤に上気した。予想以上の効き目に、逆に隼人の方に動揺が走る。



「お、お前さぁ、マジで高校生か?実は見た目は大人、頭脳は花も恥じらう乙女、とかだったりしねぇ?」


 よくある隼人の妄言だが、こと恋愛に関してはあながち間違いとも言えないのが佐敏である。アドレスを交換しただけで顔を真っ赤にしてもんどりうつなど、一般的な男子高校生には有り得ないのではなかろうか。佐敏自身も自覚があるのか、恨めしげな目をするだけで特に言い返そうとはしない。


「はぁ~あ、お前がホントに人類かどうか怪しくなってきたぜ」


 わざとらしく肩をすくませると、話は終わったとばかりに自分用のパソコンデスクにもどっていく。その様子をしばらく眺め、腹の痛みがほとんど引いてから佐敏が声をかけた。


「隼人」


「んぁあ?」


 いい加減な返事だけで振り向かないが、構わず用件を述べる。


「対戦しない?」


「対戦?」


 今度は回転椅子をぐるりと回してこちらを向いて聞き返してきた。


「お前から誘うなんて珍しいなぁ、いつもみたいにランダム対戦じゃダメなのか?」


 ここでいうランダム対戦とは、対戦希望を出して待機し同じく待機している他の生徒とランダムに対戦カードが組まれるシステムのことだ。事前の約束や特別な理由でもなければ、まずこの対戦方法が用いられる。


「うん、久しぶりに動かしとこうと思って」


「な~るほどなぁ。そういうことならいいぜぇ、相手してやんよ」


「ありがと」


 いつものにやけ顔に佐敏も含みのある笑みを返し、隼人のものの隣にある自分デスクにあるパソコンを起動した。わずかな起動画面を挟みすぐさまデスクトップが表示され、ショートカットアイコンから炎をバックに剣が交わされたデザインの対戦アイコンを選択してダブルクリックする。対戦ロビーにつながるまでのわずかな時間に、パソコンの隣に置いてあるフルフェイス型のヘルメットをかぶりうなじのあたりから伸びるケーブルをパソコンに接続する。そこからはパソコンの画面ではなく目の前に表示された立体映像で処理を進めていく。


「設定はもちろんクローズだよなぁ?」


「うん、部屋は俺が作るよ」


 そう言う間にもテキパキと手を動かし、認証パスワードを入力した者しか入室及び閲覧が出来ないクローズルームを制作した。


「パスはいつもので」


「あいよー」


 隼人も負けず劣らずの手際でさっさと入室を済ませ、同室にいるアバターのリストからピース・ブライトを選択して対戦を申し込む。

 この時、佐敏の視界には対戦を申し込まれた旨を伝えるメッセージウィンドが開き、了承すると次に別の選択を迫られた。それは他の生徒には基本的に表示されないメッセージ、すなわち対戦に用いるアバターの選択である。その選択肢は3つあり、一つはデュアル・マウス、もう一つはピース・ブライト、最後にあるのはデュアル・マウスの片割れであるピース・ブレフトだ。

 いつもの癖で一度ピース・ブライトをクリックしそうになるが、寸前に気付いてカーソルを上にずらしてクリックする。直後に視界が炎で埋め尽くされ、一瞬で炎が消えた後には二体の飾り気のないアバターが対戦用のフィールドに立っていた。

 今回のフィールドは体育館。遮蔽物やギミックが少なく、比較的広いわりに室内なので天候が影響しないのが特徴だ。この仮想空間は、対戦で動き回るために実際より広い間取りで作られているが、体育館は元が広いためにあまり違いは感じない。

 対戦フィールドだけは毎回ランダムに決定されるのだが、デュアル・マウスの試運転が目的の今回の対戦において、間接的要素の少ない体育館は良好な環境と言える。


「おぉー!なんかそれ見るのも久々だなぁ!」


 声は体育館にある舞台の方から聞こえた。

 普段は校長や諸教師または各委員会会長が多くの生徒に向けて語りかける壇上に、今はメタルブラックの鎧に身を包んだ隼人のアバター、ダーク・スレイヤーが偉そうに仁王立ちしている。


「さぁて、腕が鈍ってないか確かめてやるぜ!」


 叫ぶと同時に背中に差していた剣、ソウルテイカー(隼人命名)を抜き、二体のうちブレフトに斬りかかる。


「悪いけどマジで勝ちに行かせてもらうからなぁ!」


 宣言通り、スレイヤーは一対多の定石である弱者からの撃破を徹底する。

 単独でも戦える性能のブライトに対し、余りのポイントでギリギリ戦える性能を維持しているブレフトでは地力に大きな差がある。しかし初見でそれに気付く者は少ないうえ、気付いたところで二体のアバターにはほとんど差違がないので戦闘中に見分けるのは至難の業である。


「試運転が俺ってのはまずかったんじゃねぇの?デュアル・マウスの弱点なら誰よりも詳しいんだからよぉ!」


 口調はいつも通りだが、実際にスレイヤーは二体の性能差に加え、ブライトとブレフトの見分け方も熟知している。それは剣を持つ手だ。ブライトは右手に、ブレフトは左手にそれぞれ初期装備の片手剣を携えているのだ。その点に注目していれば、戦闘中であっても二体を見分けるのは比較的容易になる。もっとも、デュアル・マウスとの対戦経験が一番多いスレイヤーですら、二桁の敗北を経てようやく気付いた程に分かりづらい弱点なのである。

 弱点を知られているのと、デュアル・マウスを扱うのが久しぶりなこともあって総合的な性能では優位なはずのマウスは苦戦を強いられていた。本調子であればブレフトを攻めるスレイヤーに対し、横合いからブライトが決定打を加えるのだが、どうにも操作にまごついて上手く連携できない。

 戦況を覆すためマウスは一計を案じ、即座に実行にうつす。


「セァ!」


「おわっと!っぶねぇ!」


 不意の一撃をしっかり回避したスレイヤーはすぐさまブレフトへの攻撃を再開するが、そこに攻撃を回避されてバランスを崩したブライトがその勢いを利用して体当たりを仕掛けてきた。単体での性能でわずかに勝るスレイヤーに対する特攻はさすがに読み切れず、まったく防御できずに突き飛ばされた。


「ごわっ!っとぉ、おいおい無茶すんなぁ!」


 不意を突かれながらもとっさに受け身を取れるあたり、スレイヤーの日課である女王への挑戦もそれなりの成果として身に付いているようだ。

 と、そこへ間髪入れずに追撃が見回れる。しかし、それをある程度予測していたスレイヤーはわずかに身を反らせただけで不意打ちをかわし、あることを確認する。


「へへっ、焦ったな?この勝負もらったぜ!」


 追撃をかわした刹那に見たもの、それは剣を持つ手だ。今追撃をしてきたのは右手に剣を握るアバター、すなわちピース・ブライト。ならば、後方で様子を見ているのがピース・ブレフトとなる。そして今、ブライトは渾身の一撃を避けられた反動ですぐには助けに回れない。

 この好機を逃さず、スレイヤーが全速力でブレフトに詰め寄り、自慢の剣を大きく振りかぶる。今まではブライトの不意打ちを警戒して大振りの攻撃は控えていたが、今だけはその心配はない。しかも、相手の機動力から考えて避けることは不可能、よしんば剣で受けられても性能差で武器破壊が狙える。


「俺の勝ちだ」


 果たして、そう呟いたのは機械的な疑似音声、目の前の飾り気のないアバターだった。


「えっ?ちょっ、なんで!?」


 剣を振り抜く瞬間に気付いた致命的な要因。今まさに切り裂こうとしていた相手はその簡素な剣を「右手」に握っていた。


「惜しかったなスレイヤー、こっちがブライトだよ」


 一閃。スレイヤーの大振りの一撃が届く前にブライトの剣が目にもとまらぬ速さで振り抜かれた。一振りで両断された首がガラスを割ったような破砕音と共に消滅し、佐敏の視界にYOU WIN!の文字の後にリザルトが表示される。一息ついていると、首がないままのスレイヤーがむくりと起き上がり詰め寄ってきた。


「おぉーい!何だよ何だよ何だよ!?今の何なんだよ、聞いてねぇぞ!」


「言ってないからな」


 首無しの真っ黒な鎧にまくし立てられるという怪奇的な状況だが、正体が分かりきっている以上怖ろしくもなんともない。マウスも落ち着いて受け流す。


「くっそ!久しぶりだから勝てると思ったのによぉ。ちゃっかり隠れて特訓してたのかよ」


「特訓って程じゃないけど、発想は以前からあったしブライト一人のときから持ち替えは練習してたからね。マウスの弱点は分かってるんだから克服するのは当たり前だろ?」


「まぁ確かに」


 そこまで話すとリザルト画面が自動消滅し再戦の意志を確認する選択肢が表示されるが両者共にいいえを選択、そのままログアウトした。





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