ただそこにある日常
2011年よりも未来、年号が何度か変わった頃の物語。
はるかに進歩した科学により人々の暮らしは様変わりしていた。車は空を飛んでいないし、タイムマシンも開発されていない。しかし、確実に進歩はしている。
外見は同じでも内蔵するスペックははるか雲の上、それらをコンピューターを駆使して制御し、より快適な生活を送っている。
そんな未来のとある高校の校舎の廊下で、二つの人影が向かい合う。
敵意をむき出しにする二人は、生徒と呼ぶにはあまりにも異質だった。制服の代わりに身にまとうのはそれぞれメタリックな赤と黒の鎧、顔をフルフェイスの兜で隠して抜き身の剣を構えている。
機械的な騎士、という表現がしっくりくるだろうか。
睨み合うこと数十秒、先に痺れを切らしたのは黒い鎧の騎士だった。
「はぁ!!」
気迫のこもった掛け声に合わせて握った剣を横薙ぎに振るう。対する赤の騎士は身をかがめるだけで悠々とかわし、隙だらけの懐に潜り込み、肩で脇腹をカチ上げると怯んだ相手の剣を持つ腕を容赦なく斬りつけた。ガラスの割れたような音と共に、黒い騎士の腕が肘の先から砕け散る。つまりは腕を切断した状態、だが血は一滴も流れない。それどころか鎧の中には肉体が存在していなかった。
明らかに不自然な存在を前に赤の騎士はどうじない。
なぜなら赤の騎士もまた同じ存在であり、それが当たり前だからである。
不意に、両者の間に文字が浮かび上がった。
『Game set!』
「だあっー!!くそっ!また負けたぁ!」
学生寮の一室から敗者の叫びが寮中に響いた。
「うるさい」
「へいへい」
ルームメートの友人にたしなめられて声のトーンを落とす。
回転式の椅子をくるりと半回転させると、二段ベッドの上段に寝転がる友人に話かけた。
「なぁ佐敏、今の試合どうだった?かなり良い線いってたと思うんだけど」
悔しそうに言う少年の頭にはフルフェイス型のヘルメットが被さっている。襟足のあたりから一本のコードが伸びており、接続先は机の上のノートパソコンだ。
しばらく返事を待っていたが、あまりにも無反応だったのでもう一度声をかける。
「なぁ、聞いてるのか?」
「対戦終わったんならヘルメット外しなよ」
「ん?おぉ、そうだな」
質問には一切答えていないが、素直に従ってしまう。
ヘルメットを脱いでパソコンの横に置き、大きく息をついてから勢いよく振り向く。
「じゃなくて!今の試合どうだったか聞いてんの!」
彼にとって渾身のノリツッコミだったのだが、佐敏と呼ばれたルームメートは冷めた反応しか返さない。
「どこが良い線?初撃外してあっさりやられてたじゃん」
「その前だよ!相手の出方を見てお互いに睨み合い、ちょっとカッコ良くなかったか!?」
「焦って機を外したあげく一撃で武器破壊されてなければカッコ良かったかもな」
辛口の評価に少年は口を尖らせる。
「なんだよ、それが入学以来の親友に言うセリフかよ……そこは嘘でもカッコ良かったって言うべきだろ」
「ここ最近毎日のように同じようなことたずねられてるからね、そろそろ愛想も尽きてきたよ」
そう言って寝返りをうち、話を中断させる。
彼らが話しているのは、先ほどの鎧の騎士による戦いのことだ。
中身のない騎士など当然実在しない。その正体は学内ネットのみで使用可能なアバターである。入学時および一定期間おきに決められる、ある基準でポイントが配布され、そのポイントで自らのアバターを好きなようにカスタマイズ出来るのだ。例えば、ネット内の購買に行ってアバター用の装飾を購入することで、アバターの外見を変更することが可能である。他にもアバターでスポーツを楽しんだり現実では不可能なミニゲームを楽しむなど、多くの使い道がある。
そんな中で一番の人気を集めるのは、アバターの基本スペックをポイントを変換し上昇させることだ。基本スペックとはアバターの移動速度や腕力などを差す数値で、生身の人間で言うところの運動能力に相当する物だ。
そんな能力を上げて何になるのか?その答えがさっきの戦いである。
自分のアバターを操作して他人のアバターと対戦する。この単純な遊びこそが、学内最大の人気を誇るアバターの使い道なのだ。
では次に、肝心のポイントはどのように配布されるのか?
答えは点数。
全校生徒によって行われる定期テストの、国語、数学、理科、社会、英語、いわゆる五教科、そこにパソコンなどの電子機器を、組み立てから使用までを教える「技術」の授業の点数が加わり、合計六教科の合計点がまるごとその生徒のポイントとなる。他にも部活や委員会などの活動によってポイントが加算されることもあるが、テストの得点が基本的かつ最大の稼ぎ所になっている。
ちなみに、この二人の寮生もアバターを対戦用にカスタマイズしている。先ほどまで対戦していたのは末木 隼人 (すえき はやと)、成績は中の下あたりで「闇の騎士をイメージした!」と言って装飾にポイントを注いだ結果、戦闘能力が成績以上に残念なアバターになってしまっている。
アバターには常識の範囲内で自由に名前を付ける事ができ、隼人のアバターは「ダーク・スレイヤー」と名付けられている。完全に名前負けな上、仮にも『闇の騎士』なのに名前は『闇を討つ者』とちぐはぐになってしまっている。
そして、そのルームメートであり友人でもある佐敏の成績は上の下、まれに学年で一桁の順位も取っている。アバターの名は『ピース・ブライト』、隼人と違いポイントをひたすら戦闘能力に費やしており、かなりハイスペックのアバターに成長している。隼人いわく、強いけど地味なアバター。
「しかし、よく続くよな」
「何が?」
ベッドの上からの呆れ半分な言葉に疑問符を浮かべる隼人。
「女王への挑戦」
さらりと吐かれた単語。
『女王』
それは学内において最強と謳われるアバターのことだ。深紅の鎧に身を包み両刃の双剣を自在に操る近接型のアバター、名を『プレデター・クイーン』。対戦相手からことごとく勝利を奪っていく様は、正に略奪者を体現している。
「やめるわけないだろ!女王のリアルがあの完璧超美人の生徒会長様だぜ!?男ならワンチャン狙っていくべきだろ!運良く気に入られでもしたら……そりゃあもう……ぐふふっ」
「ワンチャンどころか百回やっても無駄だと思うけど、そもそも王女には彼氏いるでしょ?あと気持ち悪い」
不気味に笑う友人に眉を寄せるが、だいたいいつものことなのでそれ以上は文句を言わない。言っても無駄だとわかっているのだ。
「なに紳士ぶってんだよ、お前だってちゃっかり女王の妹にツバつけてたじゃん」
「へ、変な言い方するな!対戦を申し込んだだけだ!」
「ウヒヒ、そういうことにしといてやるよ」
したり顔で佐敏を見上げてニヤニヤと嫌な視線を送る。あまりの居心地の悪さに、佐敏のほうから自滅してしまう。
「それは、その……確かに気にはなってるけど、付き合いたいとかそんなのじゃなくてだな、別に特別な関係になりたいとかじゃなくて!」
「いやそこまでは言ってねぇよ」
「ただ、ちょっとだけでも気にしてくれたら良いなぁ……ってだけで」
「はいはい、十分お前もこっち側だ」
さっきまでと逆転した立場に佐敏は、狼狽して顔を染めながらも言い訳を続ける。
「そんなことない!俺はちょっと話ができたりすれ違ったときに挨拶したりとか、そのぐらいでいいんだよ!」
「うわぁ……どこの夢見る乙女だよ、いや今時じゃ夢見る乙女でももっと積極的だぜ?」
「うるさい!俺にはそのぐらいがちょうどいいんだよ!」
きっぱりとした声の後から、ベッドの軋みと布団をひるがえす音が聞こえた。おそらく布団を被ってふて寝でも始めたのだろう。
「あーぁ、俺なんかよりよっぽど脈ありそうなのに、もったいねぇの」
呆れたようにそう言うと、再びヘルメットを被ってパソコンに向かい合う。
「もう少し対戦したら俺も寝るかな」
こうしていつも通りの夜を迎え、またいつも通りの明日を迎える。それが今までの生活であり、これからも同じような日々が続いていくのだ。
そう思っていた。
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