第7章:異形の盾:遮光ガラスと鉄の結合
肥土山城の最深部、石壁に囲まれた地下蔵。
そこは今、漆黒の布で隙間なく覆われ、外部の光を一切遮断した「禁域」と化していた。
「若殿、本当にこれで目は潰れないんですか……?」
源太が、震える手で奇妙な「面」を差し出した。
桐の木を削り出し、目の部分にだけ厚さ三分の深い緑色の硝子をはめ込んだ面だ。
「ああ。これなしで光を見れば、三日は目が見えなくなる。最悪、一生光を失うぞ」
虎丸は、自らその面を装着した。
視界は極端に暗い。目の前の行灯の火さえ、豆粒のような緑の点にしか見えない。
この硝子は、小豆島の赤土と菜種油の煤を、直島の鋳物師に特注した高熱炉で限界まで溶かし込み、数層に重ねて漆で固めた特製品だ。
作業台の上には、二枚の厚い鉄板が並べられている。
一本の太い漆塗り銅線は鉄板に繋がれ、もう一本は、直島で精製させた純度の高い銅の棒——「電極」へと繋がっている。
「右衛門尉、水門を開けろ! 全力だ!」
地上からの伝声管を通じて指示が飛ぶ。
中山の水車が猛然と回転を始め、並列に繋がれた五基の発電機が、地下まで響く重低音を鳴らし始めた。
「源太、離れていろ!」
虎丸が、絶縁された柄を握り、銅の棒を鉄板の隙間に近づけた。
わずか数ミリ。
その空間に、中山の激流が変換された全エネルギーが集中する。
「……キィィィィィィン!!!」
次の瞬間。
暗黒の地下室に、「太陽」が降臨した。
「ジジジジッ! ヴォォォォン!!」
凄まじい音と共に、青白い光の柱が鉄板の間に突き刺さる。
遮光硝子越しでも、それは網膜を焼くほどの輝きだった。
数千度の超高温が鉄を瞬時にドロドロに溶かし、火花が火龍のように舞い散る。
「……溶ける。鉄が、飴のように溶けていく……」
源太は面の影で、恐怖と興奮に震えていた。
これまで、鉄を繋ぐには熱して叩く「鍛接」しかなかった。だが、虎丸の操る「青い焔」は、鉄そのものを一体化させていく。
虎丸は慎重に手を動かした。
溶けた鉄が混ざり合い、冷えると同時に、かつてない強固な「継ぎ目」を形成していく。
一刻(約二時間)後。
発電機を止め、地下室に静寂が戻った。
虎丸が面を外すと、そこには二枚の鉄板が、まるで最初から一枚であったかのように完璧に接合されていた。
「見てみろ、源太。これが『電気の楔』だ」
源太が恐る恐る大槌で叩いてみる。
カンッ、カンッ!
どれほど強く叩いても、接合部はびくともしない。
「若殿……これがあれば、釘も、火も、金槌もいらねえ。鉄の城だって造れるじゃないですか!」
「城だけじゃない。源太、これで『筒』を造る」
虎丸が見つめる先には、直島の鋳物師に造らせた、まだ荒削りの鉄管があった。
当時の大砲は「鋳造」であり、内部の気泡や強度のムラで爆発する危険が常にあった。
だが、良質な鉄板を丸め、このアーク溶接で繋ぎ合わせれば、「継ぎ目のない、軽量で超高圧に耐える砲身」が作れる。
その時、地下室の重い扉が開いた。
右衛門尉が、青ざめた顔で飛び込んでくる。
「若殿! 地上の者たちがパニックに陥っております! 地下から地響きと、見たこともない光の漏れが……『城の底に怪物が棲みついた』と、兵たちが武器を投げ出して逃げ惑っております!」
虎丸は、煤で汚れた顔を拭い、薄く笑った。
「ちょうどいい。右衛門尉、怯える兵たちを広場に集めろ。逃げ出した連中も呼び戻せ」
「ど、どうされるのですか?」
「『怪物の正体』を見せてやる。……そして、この島を二度と誰も攻めようと思わぬよう、一族に刻み込んでやるんだ」
虎丸の手には、溶接されたばかりの、まだ熱を帯びた鉄板が握られていた。
戦国時代の常識を根底から破壊する「熱」と「光」。
それは、下剋上一年目の冬、小豆島を真の「魔境」へと変貌させるための決定的な一打となる。




