第6章:近隣の島への挨拶
「中山の若殿は、雷を瓶に詰めて田に撒いておるそうな。米が倍も実ったと聞くが、まことか?」
小豆島の西、豊島。その領主である豊島一景は、胡散臭そうに目の前の少年を見下ろした。
虎丸は、源太と右衛門尉、そして十名の精鋭を連れ、一隻の小早で乗り込んでいた。
「倍とは大げさな。一.五倍といったところです、豊島殿」
虎丸は、茶を啜りながら淡々と答えた。
「一.五倍でも神業よ。だがな、虎丸。お主の親父殿とは長い付き合いだったが、十五の若造が『雷の力』を語るなど、気味が悪い。……その術、我が島にも教えろ。さもなくば、三好の勢力を引き込んででも、小豆島を検分させてもらうぞ」
露骨な脅しだ。豊島は、小豆島と直島の間に位置する要衝。ここが敵に回れば、伝法川の物流は死ぬ。
「教えるのは構いません。ですが、等価交換だ。豊島の北側に眠る『重い黒石』——磁鉄鉱の採掘権を私に譲っていただきたい」
「あんな、鈍にもならぬクズ石をか? 何に使う」
「……ただの重石ですよ。中山の水車が回りすぎぬよう、軸を抑えるのに丁度いい」
虎丸は嘘をついた。
彼が求めているのは、発電機の出力を倍増させるための天然磁石だ。豊島の土壌には、良質な磁鉄鉱が含まれていることを前世の地学知識で知っていた。
「よかろう。あんな石、いくらでも持っていけ。その代わり、来月までにその『雷の水』の作り方を教えろ。……断れば、この豊島の水軍が、小豆島の喉元を締め上げることになる」
続いて、さらに西の直島へ。
直島を治める高原氏は、豊島とは対照的に、狡猾な商人の目を持っていた。
「佐伯の若殿。豊島では石を求めたそうですが、我が島には何をお求めで?」
「直島には、腕利きの鋳物師が多いと聞きます。彼らに、私の設計する『特殊な筒』を造らせていただきたい。礼には、我が島の最新の『明かり』を差し上げましょう」
虎丸は、持参した漆塗りの箱を開けた。
中には、小型のライデン瓶と、竹フィラメントの電球が収められている。
「……ほう。これが、噂の『夜を殺す光』か」
高原氏が触れようとした瞬間、バチッ!と青い火花が飛んだ。
「うわっ!」
高原氏が手を引っ込める。虎丸は平然と続けた。
「これはまだ、玩具に過ぎません。ですが、私の言う通りに鋳物を作っていただければ、直島の館を、京の御所よりも明るく輝かせて見せましょう」
虎丸が求めたのは、発電機のフレームや、後の「アーク溶接」に耐えうる高純度の鉄製部品、そして精製された銅の供給ルートだった。直島は当時から銅の扱いに長けていた(後の製錬所の歴史への布石である)。
「面白い。若殿、あんたは武士というより、南蛮の錬金術師のようだ。……よかろう、職人を貸し出そう。ただし、その光が消えたときは、佐伯の看板を下ろしてもらうぞ」
帰り道の船上。
源太が、豊島から積み込んだ「黒い石」を弄びながら言った。
「若殿、豊島の連中は笑ってましたよ。『あんなゴミ石と、米の増える術を替えるなんて、佐伯の若殿は算盤ができねえ』って」
「笑わせておけ、源太。彼らが手に入れるのは『放電の仕組み』だけだ。だが、それを作動させるための『発電機』を造る知識も、磁石を加工する技術も、彼らにはない」
虎丸は、豊島の磁鉄鉱を、自らの「永久磁石」に近づけた。
カチッ、と石が吸い付く。
「この石があれば、今の三倍の電力が手に入る。そうすれば、ただの光や肥料だけじゃない。……いよいよ『鉄』を操る段階に入る」
虎丸の視線は、直島の職人たちに造らせる予定の「特殊な部品」——アーク溶接用の電極保持具の設計図へと向いていた。
「右衛門尉。戻ったら、城の地下室をさらに広げろ。誰にも見られぬよう、遮光のための黒い布を大量に用意しろ。……これから、太陽よりも眩しい火を造る」
虎丸は近隣諸島を欺き、協力関係を結ぶことで、必要な「資源」と「技術者」を手に入れた。




