6.回想《クリフ視点》
父上が伏す寝室で、聖女として治癒の光を放つシェリルに(物怖じしない娘だ)と改めて感心する。
慣れない場所で、身分ある者たちに囲まれて委縮することなく、治癒に集中する横顔は真剣で……。
(根底にあるものが強いな)
しっかりした芯があり、そして他者を思いやる気持ちが深い。
おかげで俺も救われた。
リスとして身一つになった時は、本当に途方に暮れたものだ──。
あの時、シェリルに拾われたから、こうして人間の姿に戻ることが出来た。
俺はこの数週間のうちに起こった、目まぐるしい出来事を思い出す。
◇
婚約者のアグネス・サーマル公爵令嬢が部屋に訪ねてきたのは、俺が国王に毒を盛った疑惑あり、と軟禁されている時だった。
容疑者として弟のロドニーもあげられており、俺たち兄弟は同様の措置を受けている。
国王毒殺未遂は重罪。罪人として確定されれば、身分はおろか命すらなくなる。
俺にはそんな馬鹿げた真似をする動機がない。
宰相もそれは承知してて、「必ず犯人を見つけますので、軽率なことはなさらぬように」と何度も釘を刺されていた。
本来、面会は許されないはずだが、アグネスと俺は婚約関係にある。周りが気を利かせたのか、それとも公爵家の力を使ったのか。
おそらく後者だろうが、彼女は監視の侍従たちを扉向こうにまで追い払った。
(あらぬ疑惑を持たれぬよう、念のため映像を撮っておくべきだな)
指にある赤石の指輪は、魔力を流すと映像が記録出来るという魔道具だ。
(それにしてもアグネスは何をしに来た? 普段は寄り付きもしないのに、婚約の行く末を案じたのか?)
だが外部との接触は、俺の不利になりかねない。今後は来ないよう伝えなくては。
アグネスにそう切り出そうとした時だった。
「なぜ極刑ではないのです」
冷え冷えとする声が、彼女の口から洩れた。
「は?」
思わず聞き返す。
「あなた様のことです、クリフ殿下。将来わたくしを裏切る非道なあなたは、国王陛下暗殺の犯人として即処刑されるべきでしょう」
「待て、俺がいつお前を裏切った? それよりその口ぶり、お前、陛下を害した犯人について何か知っているのか?」
短い言葉に込められた情報が煩雑だ。
思いがけない内容に、どこから尋ねればよいか困惑する。
裏切りとはなんだ。
確かに義務的な付き合いではあったが、未来の妃を重んじ、誠実に接してきたつもりだ。他の異性を近づけたことは決してない。
(であるのに、俺を犯人と決めつけ、死を願っている? なぜ──)
より詳しく聞こうとして、俺は息を呑んだ。
アグネスの瞳が、狂気に染まって揺れている。
(普通じゃないのか?)
アグネスが強い口調で言った。
「ロドニー殿下のご即位を邪魔をなさらないで。下賤な女に肩入れし、わたくしとの婚約を破棄するくせに」
「何を言っている?」
アグネスもおかしいが、ロドニーの名が出たことも衝撃だ。
父上が毒酒に倒れた時、あいつは真っ先に俺を犯人だと決めつけ叫んだ。
(まさかとは思ったが、この一連、ロドニーが仕組んだことなのか? そしてアグネスと組んでいる?)
酒盛りに使うワインはロドニーが持ち込んだ。しかしワイン自体は俺が所蔵していたコレクションだったため、話がややこしくなっている。
軟禁で互いに会う事はないが、取り調べでのロドニーは、俺がワインを持ち込み、陛下の殺害を試みたと語っているらしい。
(ロドニーがこれまで王位に執着を見せたことはなかった。俺との仲も悪くない。そう思っていたのは俺だけで、あいつの本心は違っていたのか?)
今回、ロドニーの挙動は明らかに俺を狙っている。さらにこの発言。
アグネスは事件にかかわる重要なことを"知っている"と確信した。
(すぐに兵を呼び、彼女を調べなければ!)
「だ──」
"誰か"
俺の叫びは空に散じた。
突然の激痛が全身を襲う。目の端で、アグネスが俺に魔道具を向けているのが見えた。
(あれは呪いの魔導具? 王族しか持ち出せぬはず──。ロドニーか!)
強く縛られるような感覚の中で、身体が縮むような奇妙な違和感を覚える。
ぱさりと落ちた服の中に、小さくなった俺が、いた。
「キュイっ」
声が。
言葉が。
「キュイ、キュキュキュキュイ?!」
慌ててぐるぐる回る俺。自分の後ろに、茶色の尾の《幻覚》が見える。
アグネスが不満そうに言った。
「はあ? なんでリス? 醜いお前のことだもの。そこは魔獣に変わるべきでしょうに」
(リス? なっ? 俺はまさか、リスにされたのか?)
鏡がない。いまの自分を確認できない。
けれど呪いの魔道具で、動物に変えられたのだと推測する。
(この女、狂ってる)
なぜ彼女から、ここまでの憎悪を向けられるのかわからない。
知らないうちに何かしたか? だがアグネスの言う、裏切り行為をしたことなどない。
そもそも彼女は未来形で語っていた。
(どういうことだ、くそぉぅっ)
アグネスが手を伸ばしてくる。慌てて服の傍に落ちた指輪を拾いながら、捕まるものかと部屋中を走る。
(そうだ、万能薬の種!)
あらゆる異常事態に効く、王家所有の種。
育成条件が厳しく、けれど父上に効くのではと用意して、然るべき場所に届けるため机に置いていた。
あれを使えば、俺のリス化も解けるかも知れない!
机の上で種を手に取った途端、後ろから首根を掴まれた。アグネスだ。
彼女はそのまま俺を窓から放り捨て、庭の番犬を呼んだ。
「嚙み殺しておしまい!」
そこからは無我夢中だった。
追ってくる複数の犬の声。種と指輪を口に入れ、血まみれになりながら木に登り、塀を走り、王宮の外へと飛び出して、大神殿に向かった。
神殿の森で、種を育てて人間に戻り、父上をお助けして、犯人を捕らえる。
どのくらいかかるかわからないが、縋れる希望はそれしかなかった。
◇
力尽きるまで走って。
気がついたら、目の前に見たことのない少女がいた。
ピンクゴールドの髪を後ろで結い、心配そうに俺をのぞきこんでいる。
(どこだ……、ここは……)
目を動かして視界に入るのは、見知らぬ天井、見知らぬ壁。
木を組んだ簡素な造りで、王宮の凝った装飾とはまるで遠い、小屋のような場所。いや、小屋だな。
(っつ!)
身体を起こそうとすると激痛が走る。
「あっ、ダメよ、動いちゃ。傷口が開いちゃう。何日も目を覚まさないくらいの大怪我だったのよ。当分安静にしてて」
(ずいぶんと砕けた口をきく──)
"誰だ? お前は"
問おうとして、口から出たのは"キュ……"という動物のようなか細い声。
(っ! そうか、俺はリスにされたままか……)
小さな茶色の全身が、途方もなく恨めしかった。
◇
(シェリルのことは平民だと思っていたから、最初、指輪を奪われないよう警戒したな)
「取るなら、看病せずにさっさと取ってた」という彼女の言葉に、(それはそうだ)と頷く。
余裕のなさから、どうも頭の中までリス並みに縮んでいたようだ。
心根の正直な娘だ、と思った。
それから共に暮らすうち、手際のよい彼女の手当てに感心し、リスの頼みに耳を傾ける優しさを好ましく思い、あけすけに笑うおおらかさに救われ、素直さと純粋さに何度も心打たれた。
傷の治りは予想以上に早かった。
おそらく聖水をふんだんに使っていた、ということに加え、彼女が聖女だったから、だろう。
シェリルの力が発現したのは、蛇との戦いで負傷した時。
クリフ・ラングリムという元の姿に戻れた後、王宮での一件を部外者のシェリルに話したのは、彼女への信頼以上に"連れ帰りたい"と思ってしまったから。
異性に対して、こんな気持ちを抱いたことは初めてで、巻き込んで申し訳ない思いはあるが、彼女との出会いは運命だったようにも思う。
(アグネスの行動理由が、"転生"やら"物語の世界"などだったのには驚いたが……。それをシェリルも共有してたなんて偶然は、神が引き合わせたとしか思えん)
シェリルが王宮まで来てくれたのは、"アグネス被害者の会・会員仲間!"という原動力も大きかったらしい。
なんだ、その会。
心の中で、クス、と笑みがこぼれる。
シェリルの振り絞ったなけなしの勇気が、俺に寄せた同情なのが可愛らしいと思う。
(もっと別の感情も抱いて欲しい、と欲張りたくなるな)
同時に。
俺は一方的に被害を被って許してやるほど、アグネスに対して寛大じゃない。
これだけのことを仕出かしたんだ。シェリルの分も含めて、しっかりと償って貰おうか。
◇
「おおお、陛下が!」
「目を覚まされた!」
歓声があがり、シェリルがホッとしたように安堵の笑みを見せる。
「うぅ……、余は倒れた、のか?」
久々に聞く父上の声。すぐさま侍医が、父上の状態を諸々確認し始める。
「なるほど、クリフ殿下が王宮を抜け出されたのは、聖女を探し、連れ帰るためだったのですな」
父上の傍に侍る廷臣のひとりが、俺に好意的な目を向けた。
(俺への嫌疑はほぼ晴れていると見做していい、のか?)
まだ気を緩めることはできないが、続く証拠を決定打にする。
「それについて、父上にご報告したいことがあります。宝物庫から、呪いの魔道具が持ち出されていました。ロドニーに話を聞く必要があります」
俺は、赤石の指輪を握りしめた。
ご感想ありがとうございます!!
執筆中でお返事できてないのですが、大変励まされ、すべて嬉しく読ませていただいております(∩´∀`*)∩
そんなわけで今話も書き下ろしたため、投稿をお待たせしてしまった…。
このペースでいくと金曜に終わらなくなってしまう!(ヾ(・ω・`;))ノぁゎゎ
でもせっかく読んでいただけてるのに、もっと書きたい。いやでもここは、一気に完結まで行って番外で足すべき? うーん、うーん(悩)
今こんな感じなので、投稿ペースがまちまちになったらすみません。(すでになっている)
いつもお読みいただき、ありがとうございます!! 感謝!!




