5.王宮突撃!
「道をあけろ! 父上にお会いする」
よく通るクリフ殿下の声が、王宮正門に響いた。
(ひぃええええ、どうしてこんなことに)
ううん、わかってる。私が殿下に同行したからだと。
(こ、こんな、囲まれるなんて。覚悟はしていたけれど心臓が縮み上がっちゃう!)
殿下は、王様に毒を盛った容疑者として王宮に軟禁されていた。なのに逃亡したということで、廷臣の皆様から激しく警戒されているのだ。
だもんで武装した兵士たちに槍を構えられてても仕方がないわけで……。
(なんでこんな平然としてるわけ~~っ?)
全員が緊迫してる中、クリフ殿下は堂々とした姿勢を崩さなかった。ばかりか、意に介さない態度で「通せ」と命じてるんだから、肝の座りようが違う。
周りの人たちもそんな殿下相手にどうして良いかわからないらしく、じりじりと一緒に移動しながら、殿下の進路を妨げないあたり、王族の権威はやはり違うのだと感じる。
私はそんな殿下の後ろをビクビクしながらついていく。
正面が騒がしくなり、立派な服を着た威厳あるおじさんが出てきた。
殿下に対応出来るほど、立場ある人が呼ばれたのだと理解する。末端貴族の私には面識のない方だけど──……。
「宰相殿、出迎えご苦労」
殿下が相手に声をかけた。
(ひゃんっ、宰相閣下?!)
つまり殿下のおじいさんだ。
「クリフ殿下、この騒ぎはどういうことですか? あなたはお立場を分かっておいでか?」
眉間にシワを寄せ、宰相閣下は渋い顔で苦言を呈する。
「もちろん。嫌疑をかけられていることは承知している」
「にもかかわらずこのようなお振る舞い。殿下が逃走されたせいで、状況は殿下に芳しくない状態ですぞ?」
クリフ殿下が犯人ではと、他の貴族が騒いでいることを宰相閣下が伝えてくる。
「逃走ではない。やむを得ない事情があったんだ。それについては後で話す。それよりも急ぎ父上に、彼女を引き合わせたい」
宰相閣下は私を一瞥し、呆れたような目をした後、殿下に向き直った。
「ご乱心ですか? 素性の怪しい娘を、国王陛下に近づけるわけにはまいりません」
(ですよねぇ?)
冷静に見ても、いまの私は貴族令嬢とは呼べない平服を着ている。
神殿で古着を借りた殿下も似たような恰好だけど、彼の場合はモデルがおしゃれな着崩しを見せているような……、つまり絵になる。
(生まれつきの素材の違いよ。ううっ)
私もピンク髪のヒロインだけあって、小顔で愛らしい顔立ち──自分で言う──をしている。でも中身が前世庶民なので、いかんせん、カバーしきれない小物感が滲んでる。たぶん。
それにしても宰相閣下が放つ、剣呑な空気が怖い。肌にサクサク刺さってきそうよ?
(殿下、よく平気ね)
刺々しい宰相閣下を気にも留めず、彼は話を進めていく。
うーん。物語のクリフ殿下のように恋に狂い、危篤の父を放り出して、市井の恋人を連れてきたとでも思われてたら嫌だなぁと、殿下の名誉を心配しちゃう。
物語の殿下より、ずっとカッコイイと思うのだ。
いち早く王宮にたどり着きたかっただろうに、歩くペースを合わせるのはもちろん、馬車が多い通りでは、私を道路側から建物側に移動させた。
気遣い。そう、彼は気遣いが出来ると思う。
同棲してた時だって、私が好きな木の実があった時は、私に回してくれてたし……。
昨日まで傍にいた、可愛いリスを思い出す。
気が立ってた最初の威嚇から軟化して、距離が近づいた時の喜びと言ったら。
たとえもうモフれなくても、一緒に暮らしてた情がある。
(もふもふ部分、頭の髪だけになっちゃった)
それがとんでもなく豪奢な金髪で、王族の頭部ともなると、モフれる機会は永遠に来ないだろう。
とても殿下には言えないけれど。
(あああ、ペットロス)
だから何のかんの、とどのつまりは。
(不幸になって欲しくないな──、殿下には)
そのうえ今は我が身も心配。ガンバレ殿下、応援してるわ!
そっと両手に握りこぶしを作った途端。
突然、名前を出された。
「彼女はメリード男爵家の息女シェリル。今代の"聖女"だ」
はっ、と現実に引き戻されると、"聖女"という言葉に周りが息を呑み、さざ波のように広がるざわめきと直面する。
"メリード男爵家だって?"
"軍医の出身家門だ"
"あの神の手と呼ばれる軍医か? メリード男爵の弟だろ"
"それを言うなら、不落砦の神官もメリード姓だ。関係者か"
"評判の名医が……"
"大神殿の神官が……"
次々に、ウチの親戚の名が飛び出てくる。
「ずいぶん有名だな?」
「なんか、そういう家系なんです」
殿下が耳打ちしてきたので、小声で返した。
メリード家は、医療従事者やら神殿関係者やらを輩出する一族で、だから幼い頃の私がケガした小鳥や子猫を拾ってきても、まるで文句は言われなかった。
それどころか手当の仕方を教えてくれる家族だった。
"救えるものは救え"が信条で、ナチュラルに根付いて行動してる家なのである。
遡れば遠い過去。とても痛みに弱い繊細な男爵夫人がいて、夫人を溺愛する夫と子どもたちがこぞって腕を磨いたのが始まり……、と言われている。もともと研究熱心な家系だったらしく、以降ウチの男爵家は救済に特化してるのだ。
周りの声を拾った宰相閣下が、コホンと咳払いをする。
「なるほど、メリード家の娘。ですが、非常時の謁見がかなう程の身分ではありません。ご遠慮を」
「聖女は俗世の身分を問われないはず。陛下の意識を取り戻すのが先だ。宰相殿が退け」
「殿下っ……!」
宰相閣下が咎めるような声を出した。
王様が意識不明なこと、大々的に漏れてはいけない内容だったのでは。"床についている"としか聞かされてなかった兵たちがどよめく。
「いまのクリフ殿下に権限はございません! 聖女の件はいったん我らの預かりとし、大人しく部屋にお戻りください」
「預かりというが、いつまでのつもりだ?」
「聖女であると確信が得られるまで、ご要請は受け入れられません」
「ふむ……」
スタスタと殿下がひとりの兵士に近づいた。
「シェリル、頼むぞ?」
こちらに向けて言ったと思うと、兵が持つ槍に腕を走らせる。
「ああっ!!」
鮮血が宙を舞う。
「も、申し訳ありませんっ……」
慌てて槍を引いた兵が、青ざめて膝を折った。震えながら頭を垂れる。
殿下の腕から流れた血が、腕を伝わってポタリと落ちた。
「クリフ殿下!!」
槍の先で、彼が自ら傷を作ったと気が付いた時、私は駆け出していた。
「うわぁぁぁ、何やってるんですか、もうーっっっ」
痛そう! ケガした腕を包み込み「治れ」と願う。
手のひらが熱くなってあたたかな光が迸ると、殿下の腕からたちまち傷が消えた。
辺りが沈黙に包まれる。
全員が、殿下と私を見ていた。
(あっ、ひっ、私ったら、こんなたくさんの人の前で王子殿下になんて口を……!)
不敬罪で捕まっちゃう──!
ぎゅっと目を閉じた私に届いたのは、逼迫した宰相閣下の声。
「すぐに陛下のもとに連絡を! クリフ殿下と聖女シェリルをお連れしろ……!」
空気が、変わった。
今回のお話、短編が長めだったので分割して連載投稿しているのですが、「王宮突撃!」シーンは短編になかった加筆箇所となります。
短編ならもう、物語はたたみにかかってまして(笑)
どうしよう、冗長でしょうか? お話を終わりに向けて加速させたほうが良いかな。
どちらにせよ金曜には完結させる予定なので、小分けするか、一気に出すか、くらいの違いなのですが(;´∀`)
普段連載しないので探り探りやっております。つぶやきたくさんすみません~(読んでいただけてすごく幸せです! ありがとうございます!)




