4.押し切られた
「だがお前は"聖女"だ。俺の呪いを解き、傷を治すほどの神聖力を持っている。その力で父上を救って欲しい」
「えええっ!? 無理ですっっ」
確かに物語のピンク髪ヒロインは、"聖女"を名乗っていた。
でも"ニセ聖女"という設定なのだ。
本当の主役は公爵令嬢アグネスで、私はアグネスの邪魔をする悪役にすぎない。神聖力なんて、そんなチート特典なんて持っていない。
殿下にそう説明すると。
「いいや。俺を救った力は間違いなく神聖力だ。それも聖女クラスの強大な」
断言してから顎に手を当て、殿下がしばし思考する。
「ニセでも何でも、"聖女"という肩書を付与されていた以上、思うに以前から、素地はあったじゃないか?」
「ソジ?」
「伯父は神官だと言ったな。つまり、神聖力を持つ血筋ではあるわけだ。そしてここで暮らす間、生活の水に聖水を使っていた。それがシェリルの神聖力を引き出したきっかけになった。──とは、考えられないか」
「せ、いすい……?」
「泉の水を、汲んできてたじゃないか」
「!!!! あ、あれ聖水だったんですか?!」
「神が守護する大神殿の森だぞ? 聖なる土地に沸く水は、聖水に決まっている」
いやそんな当然みたいな顔されても。
聖水、って看板もないのに、わかんないって。神殿からも何も言われてなかったし。
「料理に、洗濯に、掃除に……。私はなんて罰当たりなことを……」
あらゆることに、毎日使ってた。お風呂だって!
手に触れ、肌に触れ、口から摂取し。聖水を濃厚に吸収してたはずである。
(神殿で分け与えらる聖水って、小瓶でもかなりの寄付を積む、お高いものよね?)
今更ながら足に震えがくる。
「まあ、大丈夫だろう。聖女の能力を開花させた代価だと思えば、安いものだ」
聖女は百年に一度現れるかどうかの貴重な存在だったりする。神官が手に負えない状態異常も治せる上、聖女が生まれた国は栄えると有名だ。
国にとって、聖女の誕生は国家予算を組む規模で、そこから見たら安いのかも知れないけども。
「俺は気にしなかった」
「気にしてください!」
「安心しろ。男爵家の娘が、"聖水をぞんざいに扱ってた"なんて言わない」
「ヒッ! 余計安心出来ませんっ。それ脅迫みたいなもんじゃないですかっっ」
「俺も一緒に聖水を使ってたんだ。何かあっても庇ってやる。だがシェリルが聖女として公認される方が、話が早い。聖女なら、神殿にあるものを自由に使っても、誰にも何も言われない」
神殿のトップ、大神官に匹敵するのがこの国の聖女の地位だ。
「聖女として、国王陛下を救ってくれ、シェリル」
「──嫌です。荷が重いです。王様に神聖力を使おうとして、不発だったり失敗したら、どんなお咎めを受けることか──っ」
「その代わり、成功した時の褒美はすごいぞ? 俺に権力が戻れば、アグネスが下した追放だって、取り消してやる」
「それはすごく……助かりますけど……」
「だろ? 俺の無実を証明しろ」
「殿下は本当に無実で間違いないんですね?」
私はおずおずと確認する。
「お前っ……! なんて不敬なヤツだ」
「だって、もし殿下が犯人にされたら、あなたについた私は共犯にされてしまうんですよ? 命がかかってます」
「わかった。お前の言い分ももっともだ。信じられるよう、俺の指輪を見せてやろう」
「指輪?」
「木の下に埋めた、赤い指輪だ。あれは身分を示すと同時に、映像記録の魔道具になっている」
「──! じゃあ王様の意識が戻らずとも、毒殺の犯人を証明出来るじゃないですか」
「そこは記録してなかったんだ」
「なっっ」
(役立たずっ! 肝心なところで!)
こぼれそうになった悪態に、慌てて口を閉じる。
私の無言から何かを察したのだろう。ご丁寧に殿下が説明してくれた。
「許可なく父上の部屋で録画できるわけないだろう。だが、アグネスが魔道具で俺を呪った映像は、撮れている」
アグネス様の様子がおかしかったから、指輪を作動させたと殿下は言う。
「これでロドニーとアグネスの関係を証明する。呪いの魔導具は、王家で厳重保存している危険物だ。直系の王族でなければ、宝物庫から持ち出せない」
直系王族。王様の子どもは王子二人のみ。
逆に言えば、弟君のロドニー殿下だけでなく、クリフ殿下にも持ち出せる。
「はい、殿下」
「なんだ、シェリル」
挙手した私を殿下が指す。
「クリフ殿下の自作自演と疑われることは?」
「獣の姿に変えられてしまう魔道具だぞ? 解呪のアテもないのに、そんな道具を自分に使うか?」
「確かに……」
獣の姿は選べない。心根次第で醜い野獣にも、愛らしい小鳥にもなると言う。
(クリフ殿下は可愛いリスだった。悪い人ではないのかも)
チラリと殿下を見ると、心を見抜かれたのか、一気に距離を詰められた。
「頼む、シェリル。これも何かの縁。神の導きだと思って、力を貸してくれ。拾った生き物の面倒を、最後まで見て欲しい」
両手を握られ、キラキラの瞳で見つめてくるなんて、殿下絶対自分の顔の良さを知っている。
くっ。
「私が拾ったのは、可愛いリスだったのに……」
「俺が可愛くないとでも?」
口の中の小さな呟きまで聞き取られた。王族相手にさすがにマズイ。
「いえ……。あの、殿下は"カッコイイ"の方です……」
誤魔化しただけなのに、嬉しそうな表情で、満足げに頷かれてしまった。
(ああ、ダメだ。憎めないタイプだ、これ)
観念しよう。
当初の計画では、アグネス様が殿下とご結婚されて、ほとぼりが冷めるのを待つ予定だったのだ。
だがどうにも予想外に、暴れ回ってらっしゃるらしい。
このままでは、いつまたこっちにとばっちりが来ることか。
「──わかりました。私に出来る範囲でなら、ご協力します」
「ありがとう、シェリル。恩に着る! きっと悪いようにはしない」
喜色を顔面いっぱいに浮かべ、殿下が言う。はぅぅぅ。
大きく深呼吸して、私は言った。
「では話がまとまったところで、殿下」
「うん?」
「私は神殿に行って、何か……、殿下が着れそうな服を借りてきますね」
「お……、おお。よろしく頼む」
ズリ、とクリフ殿下の肩部分で、シーツがずれ落ちた。
クリフはシェリルを巻き込む気満々で王宮での事件を話しているので…。
聖水云々で丸め込んでいましたが、ここまで聞いたらそもそも逃れることは出来なかったのです…!




