3.王子も被害者
結論から言おう。
私が拾ったリスは、王子殿下だった。
あの公爵令嬢アグネス様の婚約者、クリフ殿下だったのである。
「えっ? じゃあ、アグネス様がいらして?」
「ああ、"断罪される前にざまぁする"などと意味不明なことを叫び、俺に呪いをかけた」
なんてことなの、アグネス様。
彼女の暴走は私相手ではとどまらず、将来、婚約破棄してくる(かも知れない)クリフ殿下にまで、先手をうったらしい。
当然、殿下もまだ何もしてないのに──だって浮気相手役の男爵令嬢が不在だからねっ。先に追放された私のことだけれども!──。
王族相手に度胸ありすぎ、と慄いたけど、そんなアグネス様は第二王子ロドニー殿下と組んでいると言う。
「俺の弟、ロドニーと良い仲だったみたいだ。そしてロドニーは玉座に対して野望があった。信じられないことにあいつは父上に毒を盛り、俺がその犯人だと公言して、俺を殺そうとした」
「!!」
クリフ殿下が語る内容によると。
親子での語らいと称し、夜の談話を望んだロドニー殿下が、父王とクリフ殿下にワインを注いだことが始まりという。
"陛下が倒れた! 兄上が毒を盛った犯人だ!"
ロドニー殿下の叫びに駆けつけた衛兵たち。彼らに対し、ふたりの王子はそれぞれ正反対の犯人を告げ、互いに譲らない。
その場は宰相の預かりとなり、詳しい調査のため、クリフ殿下とロドニー殿下は各々自室に軟禁された。
宰相は王子たちの母方の祖父。孫に公平な人物なので、おかしな贔屓はないだろう。
侍医によってギリギリのところで国王の命は救われたが、意識が戻らない。
王が目を覚ませば、ワインとグラスを持ち込んだのはロドニー殿下と知れ、第二王子は不利となる。
せっかくクリフ殿下所蔵のワインを使ったというのに。
「殿下のワインだったのですか?」
「そうらしい。軟禁中の取り調べで、使われたのは俺のワインセラーから出したワインだと言われた」
「わーあ」
「どおりで見覚えのあるラベルだと思ったんだ」
「わ~~あ」
「コレクションでも本数あるやつだったから、気づかなかった」
「そーですかぁ……」
(や、気づきなよ。あれ? でも)
「親子で酒盛りということは、クリフ殿下もロドニー殿下も同じワインを飲まれたのでしょう? おふたりはどうしてご無事だったのです?」
「調査員の話によると、使われた毒は、父上の持病に作用するものだった」
「持病!」
「若く健康な俺たちは平気だが、急な摂取が父上にとって負担になったらしい」
「ということは、主犯は王様の持病を知っている人間……。すごく絞られちゃいますね」
「まあ、そうだな」
(それで王子殿下たちの嫌疑が晴れてないのね。下位女官や兵士たちじゃなく)
「それ、ロドニー殿下が"毒だ"って叫ばなければ、毒殺じゃなく持病による発作、と見なされたクチじゃないですか? 毒だと気づかれず暗殺出来た……? なのに犯人がいると明言した。ということは……」
殿下の顔色を察し、私は言葉を飲み込んだ。
(つまり王様の毒殺だけじゃなく、クリフ殿下を毒殺犯にすることも織り込まれていた、と。それで真っ先に叫んだロドニー殿下が"クロ"と確信出来てしまったのね)
そこまで細工したロドニー殿下としては、国王の意識が戻るまでに、兄王子を犯人に仕立てなくてはいけない。
そんな折、婚約者のアグネス様が面談を申し入れ、クリフ殿下の部屋を訪ねた。
側近を下がらせた状態で、アグネス様が口火を切った。
「ロドニー殿下の邪魔をなさらないで。下賤な女に肩入れし、わたくしとの婚約を破棄するくせに」
「何を言っている?」
アグネス様は呪いの魔道具を発動させ、クリフ殿下を小動物に変えたという。
さらに番犬をけしかけ、リスに変じたクリフ殿下を襲わせたらしい。
殿下は命からがら逃げのびたものの、怪我が酷く、この森で行き倒れた。
「私が見つけたのは、その時の殿下だったわけですね?」
ボロ布のようにくたびれて血まみれだったリスを思い出しながら問うと、殿下は「そうだ」と頷いた。
目下、王宮では逃亡したクリフ殿下が、国王暗殺未遂の有力な犯人という状況だ。アグネス様の凶行は、知られてない。彼女は「クリフ殿下が消えたわ!」と叫んだそうだ。
自分でリスにしておいて、白々しい。
「あんまりだわ……。よくもそんなことが出来たものですね……」
「……アグネスは精神を病んでいると思う。俺はあいつを婚約破棄する予定なんかなかったし、浮気もしてなかった」
クリフ殿下が静かな声音で言う。
「私も、アグネス様はおかしいと思います。──私の身分で、口にするのは憚られることではありますが」
私もやってもいない罪で彼女に恨まれ、追放されたことを話すと、殿下は大いに驚いていた。
「つまりお前の推測を信じるなら……、物語にそってアグネスは動いていたということか? 自分の運命を変えるために」
「それが一番、アグネス様の行動を説明できるかと」
「お前とアグネスが"テンセイシャ"で、この世界の未来を知っている……? ──なんとも荒唐無稽な話だ」
「もうだいぶ、お話は変わってますけどね」
アグネス様が男爵令嬢とクリフ殿下の未来を変えた以上、続く展開も大きく変化してるはずだ。「大変だったんだな、お前も」、そう私を労わった後、殿下が続けた。
「しかしシェリルがまさか貴族令嬢とは。労働すべてひとりでこなしてたから、平民だとばかり……。すまん」
「お気になさらないでください。貴族と言っても末端の男爵家ですから、家事に抵抗はないのです」
「そうは言っても、家族とも引き離され、辛いだろう」
アグネス被害者の会員仲間として、殿下は私に寄り添ってくれている。良い方だ。蛇とも戦ってくれたし。
それにしても。
はぁぁぁ、と二人同時にため息をもらした。
アグネス様のもたらす波紋が、大きすぎる。
「殿下が持っていた種が、王家に伝わる万能薬なのですか?」
私は窓の外に目をやった。
リスが埋めた種は、毎日の水やりで可愛らしく芽吹いている。
彼は咄嗟に、秘伝の種と身分を示す指輪を持ち出したという。リスの頬袋に詰めて。
「そうだ。あれが育てば父上も助かる。俺の呪いも解けるかも知れないという思いもあった。ただ発芽条件も、育成条件も厳しくてな」
"心清き者が、大神殿の森で毎日聖水をかけ、丹念に世話すること"。
大神殿の森。
つまり、ここだ。
器用に口の端だけ上げて、殿下が私を見た。
「お前はなかなか、ふてぶてしい性格をしている。王都追放を命じられ、大神殿に身を寄せるとは。ここは"王都にあって、王都に非ず"。確かに追放刑に背いてない」
クックッと面白そうに笑ってる。
良かった、咎められなくて。
「んンっ。私の伯父が神殿の要職についてまして、森番の小屋を貸してくれたんです。父が私と遠く離れるのを、あまりに嘆くものですから」
"一家で国を離れよう"と決意した父を、神殿が止めた。メリード男爵家は代々神殿と懇意で、様々な便宜をはかってきたから、我が家が抜けると困るらしい。優秀な神官も、うちの血筋から出ることが多い。
神殿、神殿と呼んでいるが、王都にあるのは大神殿。全国にある神殿の総元締め的存在だ。
そして大神殿は治外法権の特別区。王都の中に巨大な敷地を持ち、神殿のみならず森まである。
日本で言うと神社&鎮守の森。そこが大使館のように特権に守られているわけだ。
私が居ついていた森は、つまりはそういう場所。一応、住民票は王都から抜けるし、他の森だと魔獣がいて危険だからね。女ひとりで過ごせる場所じゃない。
王都内にある森だから、傷だらけのリスもどうにか辿りつけた。
「でもクリフ殿下はこれからどうされるんです? もとの姿に戻れたけど、お城に戻ると捕まってしまうのでは?」
万能薬という薬草が育つまで、まだまだかかりそうだ。
それまで王様のお命が持つかどうかも危うい。
「それなんだが、シェリル。俺に力を貸してくれないか?」
「わ、私ですか? 私は何も出来ませんよ??? しがない男爵家の娘ですもの」
アグネス様はじめ、王族や高位貴族の前だと、吹けば飛ぶ存在なのだ。
「だがお前は"聖女"だ。俺の呪いを解き、傷を治すほどの神聖力を持っている。その力で父上を救って欲しい」
ゆるふわ設定なので、事件については鋭く突っ込まないでいただけますと助かります(;´∀`)
現実の病気に考慮して明言を避けましたが、王様の持病は肝臓系を想定(じゃあお酒飲んじゃダメじゃん)
漢方の中には肝臓に悪影響なものもあるようで、それの濃度強い版という創作です。
肝臓の急変や昏睡などもあるらしく。肝臓大事!
なお、監視中なのに側近が下がるなんてあるの?という理由に関しては、クリフ視点で書いてるのですが、クリフ回出そうか出すまいか、内容重なってて話進まない部分だから要らんのでは、と悩んでいるところです。
(でも「リス可愛い」というお声をXの感想でいただき、「リスもう出ない、クリフ視点の時しか」と震えてる)
次話は明日更新の予定です(`・ω・´)ゞよろしくお願いします♪




