2.リスの正体
リスとの同居は……。お互い干渉しあわないというスタイルで落ち着いていた。
私が食べる時、リスもテーブルに来て木の実をかじるから、食事は一緒にとってると言えるけど、基本、彼はフリーである。
ただ、生き物が傍にいるということは、何かしらの反応やアクションがあるというわけで、それだけでも抜群の癒し効果があった。
私が本を読んでいる時、そっと無言(当たり前)で近くに座ってくるなんて、もうもう私のこと信頼してる証じゃない?!
危害を加えない人間と判断されたのが嬉しくて、そんな些細な積み重ねが楽しくて、私はリスにもっと懐いて貰うため、美味しい果物や木の実を集めるのも日課になった。
日々の家事を私がこなす傍ら、リスのルーティンはといえば、タネと指輪を埋めた場所を毎日確認してる。
(小動物は埋めたものや場所を忘れると聞いたけど、そういうわけでもないみたい?)
さらに不思議なこともあった。
私が外で洗濯のため水を用意すると、周辺で飛び跳ねて、しきりとタネの場所に連れて行こうとするのである。
リスに従い赴けば、今度はタネを埋めた地面を、テシ、テシと叩く。
「もしかして……、水をやれというの?」
試しに水をかけてやったら、満足していた。
これを毎日繰り返し、リスにも"植物を育てる"概念があると気付いた。驚きである。
(新種のリスかも知れないわ。なんか大きめだし。学会で発表すれば、賞を貰えちゃうかも)
でも、前世でも今世でも学会には縁がないので、妄想だけで終わらせて、一緒に小屋に帰る。
そんな日々が何日か続いて、リスの傷もキレイに消えた頃、ある日、リスと小屋に入った途端、ベッドに向かってリスが威嚇の声を出した。
台所もリビングも寝室も、ほぼすべてひと間で賄えるワンルームである。見通し良く、リスが唸る空間に何かある様子はない。
「どうしたの?」
声をかけても、リスは小さな全身に緊張をみなぎらせたまま、部屋隅に対して限りなく構えている。
「何もないみたいよ……?」
用心しながらも様子を探りに、ベッドに歩み寄った。
ドサリ! シャッ!
ベッド上に落ちてきた何かが、飛び掛かってくる。
「きゃっ!」
私の横を素早く駆け抜け、リスがソレを攻撃した。
(蛇だわ!)
リスが仕掛けた相手は、蛇!
毒の有無はわからないけど、蛇というだけで忌避したい。
蛇からのアタックを巧みに避け、距離を取りつつ、尾に噛みつこうとリスが果敢に挑む。そのうちに気づいた。
(私から蛇を引き離そうと、奮闘してくれてる?)
なんて良いリス。胸が熱くなった。
でもリスと蛇では、どう考えても蛇が有利。
リーチが違うし、蛇の歯は釣り針同様、一度食い込んだら抜けはしない。そのまま巻き付かれたら、ジ・エンドだ。リスが丸呑みにされちゃう!!
「きゃあああっっ! イヤッ、ダメぇぇぇ!!」
慌てて箒を手に、蛇を追い払おうと必死で振り回した。
人間とリスの共闘で消耗した蛇が、そそくさと小屋の外へ逃げていく。
「ふぅぅ……」
力が抜けて座り込んだ私に、リスが駆け寄って来た。
「ありがとう、守ってくれたのね」
お礼を言いながらリスを見て、ギョッとする。
リスに血が! ついている!
「ええっ、ケ、ケガしてるじゃない!」
いつ攻撃を食らったのか。
無我夢中だったから気づかなかった。
考えられるとしたら、蛇が私に飛びかかってきた時。軌道を逸らすため、リスが蛇に飛びついた、あの瞬間。
(もしかして、私を庇って? あああ、どこをケガしたのかしら。薬の在庫あったっけ)
ようやく以前の傷が治ったところだったのに。また痛いなんて可哀そう。
(すぐに治してあげなきゃ──)
オロオロと、リスに手を向けていると、ポワ……と手のひらがあたたかく……感じた次の瞬間には、両手から目が眩むほどの光がほとばしった。
「……!!?」
まぶしくて目を閉じ、次に目を開けると。
「うぇぇぇぇぇぇぇっ?! だ、誰ですか!!」
私は一気に壁際まで逃げた。箒は手にあるけど、怖くて殴る勇気がない。
初めて見る青年が、私のベッドにいる!! しかも全裸で!!
「ちょっ、待て、怪しい者じゃない。俺だ、リスだ」
(リ? ス?)
目が点になるとはこういうことを言うのだろう。
うちのリスは人だった? えっ、何それ、ファンタジー???
混乱する私を前に「シーツを借りるぞ」と言いながら、青年が急いで身体を隠す。
「まずは礼を言わせてくれ。行き倒れの治療と、呪いの解呪に感謝する」
「呪い……?」
「それについては、事の経緯を説明させて欲しい」
"欲しい"と言うが、決定事項のような話しぶりは、命令することに慣れた声だ。
(変態さんではない……のかな? だって顔がすごく良い……)
顔で判断してはいけないとわかってる。がっ。
品のある顔立ちに、整った各パーツ。目も鼻も口も、"神様がよほど気合を入れた"と思えるほど美しく、またそれぞれが完璧な配置で収まっている。
シーツさえも神話の衣装に見えて、つい拝みたくなるほど神々しい。
(黄金の髪に、最上級ルビーのような煌めく瞳。絶対ご利益ありそう)
不審者なのに立ち居振る舞いにもオーラがあって、(なんとなく偉い人だ)という直感の元、私は恐る恐る尋ねた。
「あの……、お名前を伺っても良いでしょうか?」
「……リフ」
呟くような名乗りは、聞き取りにくかった。
「リフ? っ、ああ、リスのしっぽ部分がのいたから、"ス"じゃなくて"フ"ということですか?」
「そんなわけあるかっ。"クリフ"だ! リスから一旦離れろ。クリフ・ラングリム。この国の、第一王子だ」
蛇の歯って釣り針みたいな構造なんですって。確かにJみたいに曲がってる。
あれで噛みつくと抜けないらしいです。ひぃえええ。
毒のある蛇ばかり怖がってましたが、普通の蛇もやっぱり怖いですよね。リス頑張りました。
(今日は夜にももう一話、投稿予定です)




