【番外】地図にない場所《ロドニー》
パステルのような淡い色彩に包まれていた子ども時代。
この世界が色を失くしたのは、ある日偶然、父上と母上の会話を聞いてからだ。
そこで。
僕の本当の母は、母上が可愛がっていた侍女だったこと。意に染まぬ妊娠で、僕を身ごもったことを知った。
王である父上に、手籠めにされたのだと。
国王の子を孕んだなど言えず、秘密裏に産んだはずの赤子は、しかし彼女の恋人の知るところとなる。
不義を詰られ、破局。
仕えている王妃への申し訳なさと、恋しい相手と結ばれる未来を絶たれた侍女は絶望のあまり自ら命を絶ったと、その時に知った。
知ってしまった。
母上は王と侍女との子を見捨てることも出来ず、我が子として引き取り育てたという事だ。
(つまり母上の本当の息子は兄上だけ。僕は──)
王妃宮の柱の陰で呆然としていたら、僕を探しに来た兄上に誘われた。
「ロドニー? こんな場所で何してるんだ? 外で一緒に遊ぼう」
「兄上」
(兄上は、僕の本当の兄上じゃない?)
父親が同じなのだから、正確には異母兄弟で兄に違いないのだが、幼かった僕はきちんと理解できてなかった。
兄上のホカホカした手に引かれながら、僕は心の中に、重く沈む真っ黒な"何か"を抱え込むようになった。
大好きだった母上にも兄上にも、もう素直に甘えることが出来ない。
僕が二人に似てない理由がわかった。
ロドニー・ラングリムは婚外子。本来なら王位継承権を与えられない、日陰者として生きるはずの存在。
気づかなかったふりをし、平然を装いながらも、僕は父上を恨んだ。
母上と兄上を裏切り、僕の本当の母を不幸にした男。
だけど僕はまだ子どもで、兄上も子どもだった。
(まだ駄目だ。今はまだ)
父上に、手を出すことは許されない。
陰謀渦巻く王宮で王の庇護がなくなれば、王子といえど、僕らが生き抜くことは難しい。
でもいつか、母の無念を晴らせる日が来れば。
本懐を遂げたなら、僕も消えよう。
国は兄上が継ぐから安泰。第二王子なんて、いつまでもいたら害になる。
思いを胸に秘めたまま月日を重ね、やがて、兄上の婚約者に会う機会があった。
アグネス・サーマル。彼女が兄上の未来の伴侶だ。
筆頭公爵家からの要請で結ばれた、政略上の婚約者。
貴族のまとめ役として圧巻の地位なのに、近頃頓に力を増し、王権に手を伸ばさんとする思考が透けて見えるサーマル公爵。
(サーマル家は外戚として強すぎる。娘が王妃になり、子でも産めば、ますます政治に口出ししてくるぞ。なのに父上が公爵に屈するから!)
傲慢な公爵の娘は親に似て、辟易する性格をしていた。
そんな娘に、兄上はあくまで礼儀正しく節度を守る。
常に婚約者であるアグネスを気遣っている様子が、僕の目にもよくわかった。
なのに!
「わたくしは、クリフ殿下に軽んじられておりますわ」
なんだこの女。兄上になんの不満がある?
忙しい時間を縫って会い、贈り物をし、エスコートでは送り迎えまで欠かさない。兄上から丁重に扱われていながら。
お前はどうして、他の男どもにも色目を使ってるんだ?
過度な露出、派手なドレス。予算度外視の宝飾品に、目に見えて注ぎ込んだとわかる身体。
兄上には似つかわしくない女。
そのうちにアグネスは、僕に向かって"自分のことが好きなのでしょう?"という態度を隠さなくなってきた。
なんだ? どこをどう受け取れば、そう思えた?
けれど彼女に合わせて演技をし、甘い言葉をささやくと。
アグネスが兄上を排して僕を王位につけ、僕の妃になろうと目論んでいることがわかった。
ははぁん。有能な兄上は操ることが出来ないけど、僕なら簡単に御せると思っているわけだ?
サーマル公爵家としても、兄上より僕のほうが都合が良いと考えてそうだ。
(王宮中に密偵を放っている家だからな。僕の出生について知っててもおかしくない)
兄上を排した後、僕を婚外子だと脅せば、意のままに動かせる。そう思っているかも知れない。
そしてこの国の実権を握る?
たとえそれが全て憶測だとしても。
かの家の存在は、兄上の治世の邪魔になる。
(排除すべきだな)
僕も、アグネスも、父王も、この国には要らない。
サーマル公爵家も潰してしまいたいところだが、いきなり消すと貴族連中が瓦解する。筆頭公爵は力を削いで後、ゆっくり消し去るのが得策だ。
すぐバレる計画にしよう。
アグネスを巻き込みつつ、毒入りワインを用意する。毒と言っても、薬としても使われる植物だ。
これを使えば日ごろ弱っている父上の臓器に、突然の負荷を強いることが出来る。
臓器の急変は命に及ぶが、健康な兄上に害はない。僕はともかく、兄上を傷つけてしまっては本末転倒だから。
兄上には国王毒殺犯の僕を捕らえ、臣民を心服させて欲しい。
こうして始めた計画は、僕の軟禁中、アグネスが勝手に動いたことで思わぬ展開をみせる。
あろうことかあの女は、禁忌の魔道具を兄上に対し使用した。
いつの間に僕の部屋から持ち出したのか。獣になる魔道具はいずれ僕が自分に使うはずだったのに……。
獣のように浅ましい僕に、その姿こそ相応しいだろうと。
兄上がいなくなったこと。その原因がアグネスで、魔道具が使われたという情報が僕に入るのが遅かった。
知った時には冷や汗ものだったが、さすが兄上、聖女を引き入れすべてを解決した。
歴代最高の力を持つ聖女と囁かれている。この目で見たけど、凛とした清浄な空気をまとう女性で、兄上も心を寄せている。
彼女なら、安心だ。
父上を仕留めそこなったのは遺憾だけど、兄上を考慮し、即効性の毒を使わなかった僕の落ち度だ。悪運の強い男だが、あんなヤツでも兄上には非のない父親だし、仕方ない。
アグネスは許さない。よくも兄上を害したな。
金輪際兄上に近づけないよう、叩き潰す!
さあ幕引きだ。
僕は精一杯、愚かな王子を演じる。
兄の婚約者に懸想して、王位を狙った反逆者。
計画がバレて、無様にすべてを吐露する男として。
兄上、僕を裁いてください──。
◇
◇
◇
僕を、実の子同様に育ててくれた王妃様を泣かせてしまった。
牢にいる僕のもとにまで来て、涙ながらに僕を叱り、鉄格子の外から懸命に抱きしめようとして。
そのぐちゃぐちゃな泣き顔に、墓まで持っていくはずの言葉がついこぼれ出た。
今まで有り難うございました、王妃様。
今生の別れです。
僕は、実の母のもとに参ります。
王妃様は大変に驚いてらした。
そして鉄格子越しに僕を招くと、僕の手を握った。強く。激しく泣きながら、とても強く。
僕の名を、何度も呼びながら……。
後日、刑の執行人が毒杯をもって牢に来た。見届け人の兄上とともに。
国王に毒を盛ったのだ。因果応報として受け入れよう。
寂しそうな、もの言いたげな兄上の視線に、僕は微笑んだ。
「兄上、あなたのつくる国が、末永く幸いでありますように」
こくり、喉を通る灼熱感。
閉じる意識に、暗い暗い闇が訪れた。
もう目覚めるはずもない眠り。
なのに。「元気でな」
そんな兄上の声が、聞こえた気がした。
規則的に繰り返す波の音に揺り起こされ、目を開けると、見たこともない少女がそこにいた。
日に焼けて簡素な服を着ていたが、吸い込まれそうな黒い瞳にしばらく見惚れてしまう。
「気がついた? ここは何もない島だけど、でも生活には困らないから」
「……。死後の世界も、生活を気にする必要が……?」
「死後の世界? 何言ってるの?」
僕の問いに彼女はカラカラと明るく笑った。
海鳥の鳴き声が空高く舞う。
周囲は浜辺で、まるでこの世そのものの音と色彩にあふれている。花も海も生き生きと輝いて、まるで話に聞く南の国のような──。
「痛っ」
砂についた手を、何かに挟まれた。
(──カニ?? 生きてるカニ? なぜ──)
その日から、僕の世界はまたしてもガラリと変わり、鮮やかな色で満ちるようになった。
お読みいただきありがとうございました(*´v`*)
「うぉい、王様!」と言われそうで、こちらのエピソードを出すかどうか迷ったのですが…。
本編中、不自然に出番のなかったロドニー、私の作品に複数お付き合いくださってる方には「やると思った」とバレてたかも。不要な方には「if」な世界線と思っていただけますと幸いです。
クリフは、"ロドニーとは母親違い"というところまでは知っていたのかなぁ、と思います。でもロドニーがそれに気づいてるとまでは知らなかった…? どうだろう。外遊びに誘った時にもしかしたら?
なおラングリム王国の端、地図にない島で、もしかしたらお母さんいるかも…?という思いで書きましたが、そこまでは不明です。ロドニーの瞳の色も出てないので、いろいろご想像いただけますように♪
はたしてここで完結して良かったのか。後味としては、クリフとシェリルの仲良し回の方が良かったのではないか、と、自問自答中です。感想欄でお教えいただけますと嬉しいです (+• ω•́ )و✧ 勉強します♪
良かったら下のお星様を色付けてくださると、シェリルたちも私も大喜びしますので、よろしくお願いします(ꈍᴗꈍ)




