5 未来式超高性能キッチンカー、異世界産コーヒーの税区分はどうなるのだろうか
翌日、赤髪の王子がくる前のこと。
俺はフォルティナさんと食後に出す飲み物について、厨房の銀色の作業台であれこれ語っていた。
「喫茶店や軽食の店で提供されるような、ゴテゴテとフルーツを差し込んだ映え飲み物を提供するよりも、食後にカフェインをぶち込むような構成がいいと思うのですが」
そんな話をしている内に、この宇宙ドッグ 『ラクランジュ』 で実際に提供されていた飲み物を試飲する事となった。
銀色のショートのフォルティナさん。
輝くエメラルドのような緑の瞳が、こちらをやわらかく見つめ返してきた。
未来アンドロイドは、どこか浮世離れした美しさ。
メイド服のラインも含めて、計算しつくされた愛嬌なのだろうか。
オートマタ人形は、地球でも一部に熱狂的なファンがいる。
その完璧とも思われる造形から 『名物です』 と、スッと差し出されたのは、コップに入った鮮やかに禍々しい黄色い液体がたっぷりと入っていた。
「ふっふっふ。マスター。これにもカフェインが大量に入ってますよ。 出来ました、ラクランジュで提供されていた食後ドリンクです。ぜひご賞味下さい!」
透き通るような声。
機械的な響きと人間らしい温もりが混じっている。脳でアンドロイドとは分かっているのに違和感が仕事をしてくれない。
目の前の異物に対し、本能は警鐘を鳴らしていると言うのに。
黄色い液体から立のぼってくる化学薬品の香り。飲んで大丈夫なのかと不安と微かな期待。
銀髪メイドは正気なのか、夢であって欲しい。
どうみてもエナジードリンク。思い出すあの刺激臭。
「ここ、中世異世界じゃないですかね? 剣と魔法の世界の人達に何を飲ませる気なんですか? いえ、失礼しました。あ~色が綺麗ですね。うん、とっても元気がでてHPとか回復しそう」
「人が飲めば、疲れを忘れて元気がでます! 24時間働けると思いますよ、データー上の話ですけどね」
「わぁ~。禍々しい・・・、しくない。懐かしく思える色と匂いですね~。食後の余韻をこのサイゲデリックな飲み物でぶち壊す・・・、いえ。甘い物の後にエナドリを飲むと甘味を薄く感じ、薬品の味が舌に広がると思います。コーヒーかお茶にしましょう」
材料庫のカフェイン成分がある豆を炒ればそれなりの味になるだろう。
「さすがですマスター。やはり王道の食後コーヒーが一番人気ですね!」
苦みが足りなければタンポポの根でも入れれば大丈夫。
人は、なぜ足りない物を別の材料で代替えの味を作ろうとするのか。
『そこまでしてコーヒーを飲みたい?』 と言われれば飲みたい。
歴史を振り返るのだ。コーヒー警察だって現実にいたんだ。
材料庫の豆で地球のコーヒーの味にしてみよう。
そんな哲学的な気分に浸っていると、ホログラム画面が早朝の来客を知らせていた。
昨日の赤髪の王子と呼ばれていた男性が、扉を押して入ってきた。
連日でくるとか、この星の冒険者は腹ペコなのか?
困った事に毎日来てもらうほど、まだメニューが出来ていない。
どうしたものか。簡単にパンと目玉焼と謎ベーコンをどさっと提供して、モーニングセットもどきで我慢してもらえるだろうか。
そして彼をまた試験的にコーヒーの実験台にしていいと言うのか。
「マスター、好都合です。 コーヒーの実験体にしましょう」
俺は静かに頷く。
店の扉のロックが外れ、男性が入ってきた。
そして厨房からの様子を伺うと、入り口で軽く貴族風の礼をしていた。
「朝早くすまないね、責任者の方はいるかな? 今日は、公務でついでに回らせてもらってね。 僕はシャンタリス王国の王子だ。 話を聞いてもらいたいのだが」
俺とフォルティナさんが顔を合わせて 「どうします?」 と聞けば。
「この国の王子ですね。ウソは言っていないとデーターが示しています。あの、マスター。この星で営業許可無く非合法で稼いでいるので出来るだけ権力には、付き従った方がいいですね。話だけでも聞いてみましょう!」
さすが、支配人ドロイド。
ちょうど同じことを考えていた。
再度、謎の惑星産豆仕様のコーヒーと軽食の指示を厨房ホログラムに指示をしてフォルティナさんと玄関へ向かった。
――
フリフリとメイド服を揺らし、支配人がテーブルに1名様ご案内。
俺も横並びに座り話を聞こうとしたところ、先ほど指示を出した惑星コーヒー(仮)を配膳車がカラカラと自動で運んで来た。
そして赤髪の王子は、珍しそうにじっと配膳車を見ている。
やばい、まずったかな。
地球のネコ型配膳ロボじゃないので現地の偽装は出来ていると思うが。
まぁ~、地球の戦国時代には自動カラクリお茶配膳ロボはあったし、この星にダンジョンがあるって事はゴーレムもいるって事でしょ? 自動ロボなんて珍しくないんじゃないの。
いざとなったら魔法って事で通用すると思うけど、こういうテキトーな積み重ねが異世界トラブルに発展しそう。
だが配膳車からコーヒーを取った瞬間、歴史の盲点に気づく。コーヒーカップが超、白い。
白い磁器は、近代に入る時に出来た高級調度品。現地人に突っ込まれる予感がマキシマム。
「ま、まさかクリエイト系のアイテムボックスをお持ちで!」 みたいな、異世界商売無双の流れになってしまうのか。
金が無限に沸くアイテム 『ラクランジュ』
童話の 『金の卵を産むチートアイテム』 の話とか最後は大体不幸になる。
光り輝く経済無双に見えて、それに伴う人の嫉妬、ねたみの側面が濃い影を落とす。
俺はスローライフがしたいんだ。そういう展開に巻き込まないで欲しい。
という思いを胸の奥で祈りつつ、何食わぬ顔でスッとコーヒーを出した。
「どうぞ、コーヒーです。店用の試作中のコーヒーなので、感想とか言ってもらえたら助かります」
「ああ、ありがとう。素敵なカップだね。洗練されて品がある」
カップを持ち上げる仕草にもどこか貴族らしい品の良さが見て取れる。
白い磁器一つで騒いだりしない、教養があるのだろう。
さて、豆の種類と産地が謎。どんな味がするのか。
ここに3人分のコーヒがある、俺も飲んでみようか。
カップを口に運び、ひと口。
熱い液体が舌に流れる。その瞬間、豊かな香りがふわりと鼻腔を駆け抜ける。
焙煎した豆の奥深い苦みと、ほのかな地球の思い出。
まるで森の奥で新しい朝を吸い込むような・・・、カフェイン中毒性成分が人の記憶を呼び起こす。
仕事中に飲むあの感じ、少しの幸福。
豆の挽きたて程、その経験に巡り合う事が多い。
「フォルティナさん、これが数多の星の中で厳選された豆と言う事ですか。
人はこの味を求めて、飲み続ける事間違いなしです。これはうまい。これならいくらで高くても通います。 『星バックス』 の気取った連中の気持ちがわかると言うものです!」
隣に座っている、フォルティナさんもコーヒーに口をつけている。
味も分析出来るとは、さすが支配人アンドロイド。
「マスター、また来店いただける豆になっていると思いますよ。少しだけ、麻酔の様な鎮痛効果も得られると思います!」
こいつは、グレーゾーンな豆が出て来た。
地球で言う 『鎮痛効果が得られるケシの実はダメだけど、焼いたケシの実なら成分抜けてるからオッケー。七味の1つに入れていいよ。日本は昔からそういう文化なの』 そんな成分が入っている気がする。
現地人の王子の反応を見る。
王子は何度も、舌で味を確かめ何度もすすっている。
「!? おいしいね!? まるで体を包み込むような優しい香り。こんなコーヒー初めてだ。豆が違うね。 もしかして聖王国あたりかな?」
「アルター、A113近辺の遊星です。自転が公転周期と合わさり、常に恒星に照らされる 『永遠の夜明け』 と呼ばれる豆ですね。 星に豆しか生えてないので収穫が一瞬で終わります」
うーん、アウトじゃないかな。スペースシップを隠す気あるの?
捕まって異世界商売無双をするなんて嫌だよ。
「まさか、マザーシップをお持ちで!」 の展開が来たらどうするの。
『いえ、全然たいした事ないですよ』 と。異世界風の返しをすればいいのだろうか。狂っとる。
「ああ、なるほど。異界ゲートの豆か。そんなレアな物を出してくれるとはね。うん、おいしい。おいしい。凄くおいしい。いや、このコーヒーだけで商売できそうじゃないかな」
異世界、そういう捉え方もあるのか。
ダンジョンは異世界って設定で溢れているし、異世界ファンタジー文化の人は解釈が柔軟で助かる。
ついでに、本日仕込みの盛っていないプリンも運ばれてきた。
身分の高い人となれば、もてなして損はないだろう。
王子は、プリンを受け取ると事情を話始めた。
「ああ、すまないね。ありがとう。この先のダンジョンでトラブルがあってね。
ダンジョン中層部で知性を持つモンスターが確認されたんだ。 『ここを通りたければ、力を見せなさい!』 と、腕に自信のある冒険者達が、みんな中層の入り口でボコボコにされて全員戦闘不能になっている」
ダンジョンで稼ぐ現場労働は、大変だと思う。
地球の女神様もそうだったけど、戦闘文化な方々は試練与えるの大好きだよな~。
俺はスローライフが希望。
あのダンジョン99Fの恐怖を思い返すと、もうダンジョンは入りたくない。
そして、王子には呆れと苦笑が混じっている。
「しかもさ、戦い終わった後に傷ついた冒険者を見下ろして 『ご飯、無いですか?』 って食料提出をお願いしてくるそうだ。 断ったら命の危険の可能性があるから、全員食料と金品を提出して逃げ帰ってきている。ほとんど強盗だよ。
それでS級冒険者の僕たちも調査に乗り出す事にしたのさ。
で、食料の提供をダンジョン前でお願いできないかな。食料の納品でもいい。
どうだろうか? 昨日のハンバーグを現地で納品してもらえると助かる」
これは、商売の好機だろう。
恩も売っておいた方がいい。
隣のフォルティナさんに 『ラクランジュ』 の処理能力を聞く。
「フォルティナさん、いい話ですね。肉ミンチだったらどのくらい処理能力ありますか?」
「マスター、受けましょう。 肉処理なら分単位で100kgですね。 後、現地で調理できるバザー用のキッチンカーもありますよ。中世に合わせて屋台風の荷車にカモフラージュしてますけど~」
王子様は、まだそこにいらしている。
キッチンカー発言はどうだろうと、訝しむ。
何か言いたそうな王子を遮るように言葉を繋ぐ。
「納品形式は、うちの形で大丈夫です? 現地で焼くだけの半調理とレトルト形式のハンバーグならダンジョン保存食としてだせそうですね」
「おお、助かるよ。納品より急ぎの食料調達が第一だからね。量があれば形は任せるよ。まともな食料が現地で不足していてね」
「そうしましたら、決まりですね~。1時間後ぐらいに納品にいきますね! この先の空間の揺らぎ、ダンジョンと呼ぶものに向かって食料を提供させていただきます!」
話は、まとまった。
ハンバーグにソースをかけて、現地で温めれば煮込んだハンバーグになるだろう。
さて、キッチンカーがあるなら軽食が出せるな。何にしようか。
――
肉と野菜も下ごしらえが終わり、後は積み込むだけ。
外の異世界を怖く感じながら、朝霧に包まれた森の街道へ一歩踏み出す。
が、外には絶望的に中世に馴染まないキッチンカーが待ち構えていた。
車輪はおろか、タイヤの一つも無い。
そもそも、浮いている。楕円の銀のボディは朝霧を吸い込み、しっとりと輝いている。
どうみても未来のキッチン浮遊カーです、ありがとうございます。
「マスター、すごく重いですので荷物の積み込みは私がやりますね~! 1000人分ですから、お任せください。自動運転なので運転席に乗っていいですよ!」
フォルティナさんが銀髪をなびかせながら、寸胴と番重(大型トレイ)を次々と荷台へ運び込んでいた。
浮遊カーに近づくと側面がスッと開き、宇宙船の様なピコピコ輝くスペースが見える。
「あ~~! フォルティナさん、アウトじゃないですか?? 中世世界でタイヤがない浮遊カーって、無理じゃないですかね。
えーと。もしも、俺が王子でこんなの見かけたら捕まえます、所有者をエイリアン認定して解剖しますよ!」
思わず発狂してしまった。
そんな俺にフォルティナさんがウィンクで返して来た。
「マスターご安心下さい。未知の物はまず対話が優先されると思います。いきなり解剖なんてされませんよ~。人は怖いのです、未知の物は怖いのです。
ほら、素朴なキッチンカーです。タイヤはホログラムでバッチリつけておきますので、素朴な屋台に見えるはずです!」
確かに、敵対行動をしない限り未知な物には危害を加えないかもしれない。
文明マウントと言う事か。世代が進んだ文明に交戦はしかけない。
『シヴィ』 は、いいゲームだ。一生遊べる。
それにしてもフォルティナさんが、この状況に慣れているのが気にかかる。
床がふっと軽くなり、森の街道が後ろへ流れていく。
そして 「自動航行開始」 の声。
キッチンカーが光の尾を引き、ダンジョン前の喧騒へ飛び込んでいった。
いつもありがとうございます。
まだエピローグだったりします。