3 未来厨房が火を噴く。~フォルティナ・ギンレイ監修。伝説のハンバーグプレート~
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ショータ
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ここは、魔法が発達している中世文明の星。
本日、この星でグランドオープンです。
「マスター来ましたよ、来ました! もう少しで入ります。フフッ。自らお店に入ろうとしています、この初見ランチゾーンに飛び込んでくる哀れな客人第一号ですね。 まだ喜んではいけません、罠にかかるまでが遠足ですよ! 捕獲準備完了です」
厨房のホログラムに玄関の様子とフォルティナさんの脳内連絡用のフォルティナさんの映像が映っている。
本人はフロアで待機だ。並列思考ってすごいよね。
「フォルティナさん、何か獲物が罠にはいるような実況感ありますが。
ここトラップハウスか何かでしたか? レストランで現地の食事の嗜好の様子を見るんですよね? あ、でも疑わずにまっすぐに拠点に突っ込んできてる。なんかFPS思い出すわ。ここはトラップベースだったか。
あ~、そんな気もしてきた。店の呼び込みの中世の偽装も本格的だし」
返答前に、チリリリンとベルが鳴り
「一名、身柄を確保致しました~!」 とホログラムに連絡が入った。
テンションが上がってくる、なんて哀れな子羊なのだろうか。
そしてフォルティナ支配人からの指示は
『この100年ため込んだラクランジュの食料物資を、惜しみなく使ってください。野菜は遺伝子組み換えでいくらでも取れますし、現生惑星の草を元に好きなだけ組み替えて作れます。
肉は、現生惑星の肉をブロックごとに保存しております。いくらでも取れますので採算度外視でお使いください。!
ただし、エネルギーが続く限りです。マスターの料理のうでにこの宇宙船の行く末がかかっています!』
恩人のフォルティナさんの命がかかっていると言う事。
そういわれたら、やるしかない。未来ってすごい。
1分もかからずに食材の状態を指定できるスマート鍋。
焼き具合を見切れるPCオーブン。
下処理の見本を見せると、自動で処理してくれる多機能のコンベア。
これが、料理器具の到達点。人間に包丁をいかに使わなくさせるかが、調理系エンジニアの仕事である。
遺伝子組み換えの野菜、謎の肉。
色々と人の倫理観を無視しているが、果たしてここに愛はあるのだろうか。
だが、俺は知っている。愛は無くてもおいしいのだ。
どうですか、世の中の繁盛しているチェーン店に愛を感じていますか。
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赤髪の男性はじっとフォルティナさんを観察していたが、何か納得したのか、ふっと表情を緩めて席に腰を下ろした。
もしも可愛いゴーレムとばれたらオートマタ人形と言う事で、ごり押ししよう。
そもそもメニュー何てものは無い。シェフのお勧めランチのみだ。
肉と野菜スープと米しか用意してないからね。
並列思考をしているフォルティナさんのホログラム画面に伝える。
見せてもらいましょう。高性能アンドロイドの話術と言う物を!
「フォルティナ支配人! 選択肢を与えることなく、シェフのお勧めランチを進めてください! メニューを与えるなんて持ってのほか! まだ作って無いし!
嗜好もわらならいですからね。最悪、逃げられそうだったら扉ロックして注文するまで返さないようにしましょう! 逃がさずに注文をさせてください!」
「マスター、お客様を何だと思っておりますか?! ここは、狩のトラップベースではありませんよ! このメイドロイド、フォルティナの実力を見てください!」
違うのか。
でも飲食業界なんて、過剰ディスプレイで客を釣る罠だらけだったような気がする。
世界一、日本一、空前絶後、世界が震撼した。飲食関係は宇宙的な言葉で溢れている。
そして、フォルティナさんが接客に入る。
「いらっしゃいませー。当店のランチは銀貨1枚。もしくは小魔石3個です。 スープがサービスとなっておりますのでご利用下さい。今日はシェフのお勧めが大変お得になっております!」
赤髪の男性が首をかしげながら言った。
「僕を見て驚かないとはプロですね、信頼できそうだ。 お勧めですか、とりあえずメニューはあるのかな?」
「シェフのお勧めです」
「えっと、メニューってありますか?」
「シェフのお勧めがメニューです」
「あ~れ? 参ったな。言葉が通じないオートマタ人形かな?」
すでに苦戦している様子が映し出されているので、フォルティナさんのホログラムに話しかける。
「フォルティナ支配人、店の扉ロックします?」
「マスター、それいい案ですね。最後の手段にしましょう」
俺には、接客業は無理ですから。接客の宜しくお願いします。
「ランチなのでシェフのお勧めがお勧めです! すごくお勧めです!」
この未来アンドロイド、超ゴリゴリやん。話術って何だろう。
でも可愛いので俺だったら頼んじゃうな。
赤髪の男性は何か諦めた様に 「あ、ああ。そうしたらシェフのお勧めをお願いします」 と注文を頂いた。
「マスタァアアアアア! ランチ1つ入りました~!」
注文を取れた嬉しさが、画面越しに伝わってきている気がする。
俺も嬉しい。
「了解~! 見事な接客でございました! 5分で提供目指します~!」
肉そのままのステーキだと現地人は比較できるので、素材勝負は避けたい。
やはり、ここはハンバーグだ。
ハンバーグ。玉虫色の玉ねぎを炒め、香辛料を少々使い卵とグルテンを繋ぎにしたものを機械に2枚ほど焼いてもらう。
味の決め手は、コンソメ。採算度外視でうまい! と言わせるため ダブルと言わずトリプルコンソメ。
グリルした肉と野菜を煮ては濾す。その工程を3度繰り返すと、あら不思議。黄金色のスープの出来上がり。そして、大量の絞りカスの肉と野菜クズ。それを3度分の大量のゴミとして捨て・・・。
失礼、家畜のえさとなる。
・・・全てのうま味がここにある。
まさに豪奢の象徴。
改めて廃棄の量をみると原価とんでもねーな。マジに昔は貴族の飲み物だった。
今はスーパーでコンソメブイヨンが買えるってんだから、凄いよね。気圧を操るフリーズドライのおかげ。食品機械の進化の歴史でもある。
後は、ニンニクとコンソメに軽く漬け込んだチキンのから揚げが8つに、上から目玉焼を6つ乗せて最後にオニオンソースをかけて完成。
マジに肉肉しい、原価が無いため、食べないと損な作りになっている。
そして仕上げを、厨房機械がやってくれている。
進んだ厨房ってすごいな。人は指示だけでオーケーってのが、なんか恐怖を覚える。
調理中の盛り付けまで待っていると。
男性は、スープコーナーへ足を運び、野菜コンソメスープを注いでいる。
そして席に着き、スプーンで一口すする。
その反応をフォルティナさんのホログラムと固唾をのんで見守っていた。
「な、なんだこれ・・・?! えっ? いやいやいや」
もう一口すする。開かれる瞳。
「違う! コンソメだけどコンソメじゃない。王宮の晩餐・・・? 対価が魔石3個? こんな事ありえるのか? 何と言ううま味の波状攻撃!」
彼は舌が肥えてるな。
その彼はスープを両手で抱え、もう一度、三度、夢中で口に運び始めた。
よかった。
原価が無いようなものでチートみたいなものですから、うまいに決まってるはず。
上手くいくと嬉しい物だ。
「マスター! 商売になってますよ! マスターァアアアアアア!」
「うん。次は、もう出来上がるから配膳お願いします」
ねぇ。今まで、商売になってなかったの?
昔、ラクランジュが流行ってたみたいな物言いだったじゃん。
宇宙戦争中とか食材レンガも建材として使えて、いざとなったら食べれたんでしょ?
でも、マジあの宇宙食レンガの販売で暮らしてたのだろうか。
それとも宿泊施設の性能がいいのだろうか。
肉が焼き上がったので、浮かんだホログラムの盛り付け案に従いボタンをピッピッと押すと、指示の様に盛り付けてくれた。
焼き立てのハンバーグプレートが無人カートに乗せられ、カラカラカラ・・・と客席へ運ばれていく。
まて、無人カートはまずい。
魔法がかかった動くカートです。地球で言う所のネコ配膳ロボでね~。で、納得してくれるかな。
察してくれたのかフォルティナさんが、ガシッと掴み配膳を始める。
そして現地のパンの嗜好が分らないので、米を提供している。
バットの代わりになるフランスパンか、酸味のある超重量級のライ麦パンか、ナイフの刃を軽々と折るバケット、そのぐらいのパンは大きな地域差があるからだ。
そう。
無理に世界を知る必要は無い。日本人はやわらかいパンを食べてればいいと思う。
彼の前に出されたのは、分厚いハンバーグ2枚、山盛りのから揚げと目玉焼きがてんこ盛りのランチプレート。
そして 「シェフからのサービスです」 と心臓部位のハツの部分を出汁と塩、あらびきコショーでジューッっと焼いたのを出す。
臓物部分にどういう反応を示すか見てみたい。
テーブルいっぱいに広がるゴリゴリの肉ランチに 「うわっ、多っ!」 と反応する彼に笑ってしまう。
この笑顔、ジロータロー系の 「うわっ! 食べきれないかも!」 と言ってしまった時の店主の邪悪な笑いに似ているのだろうか。
・・・この反応たまらねぇなぁ~。
「ああ。おいしそうな部位だね。いや、量が凄いね。ああ、値段設定おかしくないかい? でも、流行りそうな店なのに、どうして人がいないのだろう」
ここの支配人のホログラムが 「どうして流行らないの?」 みたいな目つきで俺を見ているが、知らない。
今日オープンしたんだよね。バグって記憶忘れてない?
そして目玉焼きの白身と一緒にハンバーグをナイフで切り、口へ運んでいる。
「うわ~。まぁ、おいしいよね。美味しくないわけがないよね」
そうね。
肉がまずいと感じたら前世はカタツムリ。野菜の葉を食べる害虫だと思う。
フォルティナさんからは 「マスター、お客様の反応が薄いです。おいしくないのではありませんか? 食べた瞬間目から光が出て、昔の情景を思い出すのがセオリーでは」
と、学習AI的な残念なメタな雑音が聞こえる。
ネットから学習すると未来のAIはこうなってしまうのだろうか。ネットはいつもウソばかり。
そもそもアンドロイドが味わかないから、エネルギー切れになっていたのでは? おいしいわかる? 薄々感じているけど、ぼろ儲けの 『おいしい』 とは違うんだよね。
そのおかげで、こんな楽しい仕事にありついていますけども。
夢中に彼は食べ進めている。
ナイフで切ったハンバーグと半熟の黄身が溢れ広がっている。そのままハツ部位をパクリ。
コンソメスープを一息に飲み干し、もう一度ハンバーグへと手を伸ばす。
その表情は真剣そのもので、ただ食べ進めている。
やがて皿の上から肉が消えるころ、鉄板以外何も映っていなかった。
満足そうな表情が浮かんでいる。
こういう豪快な提供の仕方なら、ランチにデザートを付けた方がいいな。
最後に胃に糖分をぶち込んで、さらなる満足度上昇と肉に飽きた口をリセットさせよう。
満足感と糖による脳への暴力。糖からの酩酊感が人の古い脳の部分を満足させてくれる。
人は糖でも酔える愚かなアニマルなのです。
ホログラムから銀髪のフォルティナさんから連絡が入る。
「マスター。デザートも充実させた方がいいですよね~。後で、ラクランジュの名物 『カチカチ氷砂糖』 から改良を進めましょう」
ギャグ言っていない所が、ロボットの正気を疑う。
カチカチ氷砂糖って言ってるじゃん。ネームミングもっとましにしない?
食事を終えた赤髪の男性は、満腹そうに椅子から立ち上がる。
「ごちそうさま、正直びっくりしたよ」 と、どこか名残惜しそうにランチプレートを見ている。
あれ、量足りなかった? 合計2kg以上はあったと思うんだけども。
たぶん冒険者は、カロリーを必要とするのだろう。
俺はダンジョン何て二度と行きたくない。この星でスローライフは難しそうだ。
男性は 「またくるよ、これ受け取っておいて」 と魔石を5個支払い、店を出ていった。
フォルティナさんが 「ありがとうございました~。またのお越しをお願いします!」 と、お見送りをして配膳を片付け始めた。
「マスター、本日一名ご来店でした。次は2組を目指しましょう!」
「承知致しました~。さて、次の客が来るまでフォルティナさん、デザートを草案致しましょうか」
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さっそく二人で厨房に並び、目の前には宝石のように輝く正立方体の透明な氷砂糖。
その頂点を調理器具のバーナーの青い炎であぶってみる。
が、まったく溶けない。
「マスター、表面温度は摂氏一八〇〇度を突破しました。燃焼反応ありません。さすが百年物のカチカチ氷砂糖、完璧な分子結合です!」
そうか。学会で発表しないといけないね。
砂糖を極限まで圧縮するとフォースフィールドになると言う新発見を。
どうしたものかとフォルティナさんを見ると、銀色のショートヘアをふわりと揺らし緑の瞳をきらきらと輝かせ、片目を閉じてウインクしてきた。
目の前の最強の結合配列の事は、とても可愛いので許す事にした。
「そっか~、そうだね。完璧な炭素結合だね。つまりこの厨房は飴細工が得意と言う事か~。ああ、これならいける。
卵材料のプリンに映える飴細工を色々置けばバズるはずだ。作り置きでトッピングの際に組み合わせるだけだから、楽して簡単に大量生産して稼げる。
商業スィーツに必要なのは味より特別感だったハズ・・・。ドラゴンの飴細工でも刺してもいい。いや、メイドカフェみたいにハート型がいいか」
「マスター、検索結果には料理は愛情と言うセリフがありましたが。こっちの方が楽して稼げそうですね!
かつての文化では頻繁に 『映え』 が使われていたようです。飲食業の売上を左右するのは味や栄養より、見た目の華やかさや、話題性、それにインスタ映えするかどうかが大半を占めているとかだったようですね。 『料理は愛情』 と矛盾していませんかマスター」
言い方が良くない、スィーツは特別な体験を売っているんだよ。
味覚と視覚のエンターテイメントって事。
基本、量販するためにほぼ仕入れなんだもの。味の違いは難しいの!
有名店レシピは動画で見放題だし再現も出来てしまう。
つまり嬉しいを売るの。そういう製造機械の需要が山の様にあるの。
そんな事を思っていると、ホログラム画面に3人が店の前に映っている様子が浮かび上がる。
いつの間にか建っている店に戸惑うことなく一直線に入ってくるが、食事客の雰囲気ではない気がする。
「マスター、早すぎます。もう違法営業がばれましたかね~?」
やはり違法営業だったか。脱税する気マンマンだったもんな~。
稼げるだけ稼いで宇宙へ逃走する事が、言わなくても分かってました。
「あ~、やっぱり違法営業でしたか。流石に中世の世界感といえどもギルド所属が必要そうですもんね。 このまま宇宙逃げます?」
「もう少し様子を見ましょう。久しぶりなのでもう少しデーターを収集しなければいけません~」
確かにと思い、俺は頷く。
そして、接客のためフォルティナさんが入り口に戻って行った。
3人組の女性が扉を強く開き中へなだれ込んできた。
「ここにイケメンの男性が来たはずだ。 まさか変なサービスはしていないでしょうね? 一人歩きが危ないって何度言ったらわかるのかしら! ここの店に監禁していないか調べさせてもらう。男性一人で店に来たら即閉店して捕まえようとするはずだ」
1人が真剣な面持ちで店を見回している。
「いや~、隊長逃げられちゃいましたね~。さて、どこへ行ったか、ここで何をしたか。ちゃきちゃきと話してくださいね。私達は王国近衛、貴族ですよ~。さて、ここで何を食べさせたのですか? 特別メニューに色仕掛けがあるはず。さぁ、全て行為を話しなさい」
「安心してください、私達はファインセです。おや・・・魔物? ゴーレム? オートマタが接客ですか、王子の貞操は無事そうで安心しました・・・? いえいえ、怪しい店ですね。王子に何を提供したかきっちりとお聞きしましょうか」
何かおかしいクレーム客が店に入ってきた。
これは全力対応した方が良さそうだ。
だが、女性への接客はたぶん無理だ。どうしよう。
いつもありがとうございます。
世間一般でも見たこと無い感じのグルメ作品で進んでいきます。
万人受けしない方向に進んでいるようですね。
利益と言う幸福感をより多く獲得するために、より多くの惜しみない賞賛が欲しいと言うのに。
遺伝子が痺れる程の好きな食べ物が貴方様にあるはずですが、それが季節の一瞬だったりします。
今の時代巡り合わないかもしれない。それとももう地元で出会っているかもしれません。
流通と言う物が食の飽きを減らした反面、季節と共に食べていた食材が消えて行った。
その中から、おいしものを探すと肉になるわけですね。
結局人は生命の起源から食べていた物、肉に敵わないと言うのか!
いいえ、たばこの煙が肺から血流に溶け込みニコチンが脳の受容体にはまる。
食事をした時の幸福回路にドーパミンのご褒美がでるのだ。
満たされた感覚が全身に駆け巡る。
気だるい満足感が電気信号となり、じんわりと広がり世界のノイズが消えていく。
科学も魔法も依存には逆らえない。
人の研究が進み、幸せが脳内から出るエキスであるとするならば。
幸せとはなんだろうか。