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エリコの方舟  作者: 塚原春海
第一部
7/45

(7)亡命者【第一部完】

 エリコは、石組みから頭を出して海を見た。さっきまでの白い筋は、もうはっきり視認できる太さになっている。エリコが身震いするのが、リネットにもわかった。

「まずいな。僕の計算も超えてきたかも知れない」

「何が」

 いくらか落ち着いたリネットは、眉間にシワをよせてエリコを見た。

「この丘の高さは二五メートルあるから、一五メートル級の津波は何とかやり過ごせると思ってたんだけど。いま目視した限りでは、ここに到達する頃には二二メートルくらいになっているかも」

「二二メートル!?」

 驚くリネットだったが、エリコは即座に計算を開始した。ほんの数秒だったが、頷くとリネットを向いた。

「先生、そのホバーバイクって、防水能力はどれくらい?」

「最大で、水深八メートルくらいまでならキャノピーも耐えられる事になってる。潜った事はないけど」

 その返答に、エリコは吹き出した。

「やっぱり、先生と話してると楽しいや」

「そんな悠長なこと言ってる場合!?」

「そうだった。先生、プラン変更だ」

 

 エリコの指示でリネットは、石組み最上部のやや広い凹みの中に、苦心しつつホバーバイクを降ろした。ワイヤーで係留すると、エリコは石組みとホバーの隙間に石を詰め、容易には動かないようにした。

「気休めだな」

「まさか、ホバーの中で津波をやり過ごすつもりなの!?」

「あの津波じゃ、この丘も一時的に飲み込まれるかも知れない。そうなると石組みの中にいたら、流されないかわりに、石にしがみついたまま溺れ死ぬ可能性も出て来る」

「私がホバーバイクで来なかったら、どうする気だったの」

 リネットが呆れたように目をむいてエリコを見た。エリコは笑う。

「知ってたさ。先生がホバーでここまで来る事は」

「ほんとに?」

 いかにも疑わしい目で、リネットはエリコに詰め寄った。いくら何でも、そこまで計算どおりに事が運ぶものか。すると、エリコは降参したように両手を上げた。

「わかった。白状する。先生が来てくれる確率は、僕の計算だと九七パーセントだった。一〇〇パーセントじゃない」

「それほど謙虚な数字でもないわね」

 リネットの返しに、エリコは思わず声を出して笑った。つられて、リネットも笑う。

「仕方ない。とにかく、安全を保証してくれるかどうか怪しい、方舟に乗り込むとしましょう」

「先生もそんなジョーク言うんだ」

 笑いながら、リネットが操縦席、エリコが後部座席に乗り込むと、超硬度クリスタルモールド製キャノピーを閉じた。



 そのころ矯正センターの地上では、職員つまり軍人たちが大混乱をきたしていた。何がというと、外部への通信が通じないのである。つまり、救援を呼べないのだ。

「ミューオン衛星ネットワークも使えないのか!」

 ウィルソン少将が、非常電源で薄暗い執務室で士官に怒鳴り散らす。通信システム全体がアクセス不能状態に陥っており、不測の事態のために敷設した原始的な海底ケーブルも、当のセンターのシステムそれ自体が落ちてしまっては、ただ海底を這う無用の管でしかなかった。

「軍属の避難は完了しているな!?」

「まもなく地下シェルターに避難完了の見込みです!」

 ウィルソン少将は頷いた。軍人ではない、医師その他の軍属の人員は、優先的に避難させる契約になっている。軍人は艦艇などでの避難を想定しており、シェルターは用意されていなかった。

 ひとまず軍人としての責務を果たしたところに、顔面蒼白の若い下士官が慌ただしく駆け込んできた。

「少将! 緊急事態です!」

「馬鹿者! さっきからすでに緊急事態だ!」

 半分は恐怖とフラストレーションを込めた怒声も、さして効き目はなかった。怒声の百倍も事態は深刻だったからである。下士官は無視して報告を行った。

「原因が判明しました! 管理システム全体がハックされています!」

「なっ……なんだと!?」

「この管理中枢棟および、飛行艇の自動管制塔も稼働していない状態です!」

 それは恐るべき事態だった。孤島にあって高度にコンピューター管理されたセンターがハッキングされたという事は、もはや彼らを守るものは武装だけ、ということだ。

「いったい何者だ!?」

「おそらく、収容者たちに違いありません……その証拠に、収容者棟の地下シェルターへのゲートが全て閉鎖されています。パスワードも書き換えられているらしく、アクセスができません! 彼らの中には、驚異的なプログラミング、エンジニアリング能力を備えた者がおります。彼らの中の誰かがシステムをハックし、シェルターに移動したのち、システムを排他化して我々を締め出した、ということです!」

「だが、いくら能力があっても、管理システムにアクセスできる端末を彼らには支給していないはずだ!」

「裏切った者がいるか、あるいは実力行使で強奪されたものと思われます!」

 もう、悪い冗談にしかウィルソン少将には思えなかった。彼らと国家権力が一方的に「異常才覚者」とレッテルを貼って収容した若者たちは、文字通り異常な才覚を備えた天才たちである。要するに、いちばん敵に回してはいけない種類の人間をわざわざ集め、敵に回すような扱いを繰り返してきたという事実に、いまさら気付いたのだ。

 まるで才能がある事が障害であるかのように孤島に押し込められた若者たちは、その才能をもって、彼らを束縛してきた者に、「ささやか」な復讐をしてきた。だが、ウィルソンは疑問に思った。グループを分けられていた彼らが、まるで優秀な司令官に率いられた一個師団のように、まるで津波の好機を待っていたようなタイミングで、シェルターの占拠とハッキングによるシステム掌握の手段に出られたのは何故か。そのときウィルソンの脳裏をかすめたのは、一人の少年の名だった。


 そこへ、もっとも聞きたくなかった報告が入った。敬礼もせず飛び込んできた兵士が叫ぶ。

「津波到達まで一三分です! 高さは推定で二二メートル!」

 その報告に、執務室内外の将官、士官、兵士たちは震え上がった。つまり、今いる管理中枢棟を頭から飲み込むほどの津波ということだ。現代の超耐久構造で建てられてはいるが、自然が人工物の耐久度に付き合ってくれるかどうかは不明である。

 その時、彼らには少ない選択肢が残されていた。現代建築の耐久性を信じて管理中枢にこのまま残るか、管理棟を捨てて合計五隻ある艦艇あるいは六隻ある小型のボートで避難するか、エアポートに走ってマニュアルで飛行艇の離陸を試みるか。何にせよ自然災害という事態において、ウィルソン少将の判断が、遅きに失したのは事実であり、周囲の兵士たちはその事への抗議を表情に隠さなかった。


 ウィルソン少将の次の決断は早かった。無言で執務室を出ると、三人の士官だけを伴って、極秘の潜水艇ドックに繋がる地下階段に向かったのだ。


「急げ!」

 地下ドックに降りたウィルソンは、部下に潜水艇のハッチを開くのを急がせた。だがそこで、いま自分たちが降りてきた階段から、怒声が響いてきた。

「閣下! どこへ行かれるのですか!」

 それは、秘密の階段に降りるところを目撃した数名の士官達だった。彼らは明らかに任務を放棄して自分だけ逃げようとする少将の姿をみとめると、怒りを込めて叫んだ。

「指揮を執る責任があなたにはおありではないのですか!」

「やかましい!」

 ウィルソンの行動はまたしても早かった。ホルダーからレーザー銃を引き抜くと、闖入者三名に銃撃を浴びせたのだ。手前にいた一名が頭を撃ち抜かれて即死すると、その場にいたウィルソン以外の全員が、すかさず少将に向かってレーザー銃を抜いた。

 ウィルソン少将はその場で、五本のレーザーを全身に受け、潜水艇が浮かぶ水面に仰向けに沈む運命となった。


 残された五人はどうするか考えたのち、けっきょく自分たちも潜水艇で、仲間を見捨てて脱出する選択を採った。だが、システムハックは地下の潜水艇ドックにまで及んでおり、外界へ出るためのゲートは潜水艇からのアクセスを受け付けなくなっていた。

 十数分後の事になるが、彼らが諦めて潜水艇を出ようとした時には、無情にも降りてきた階段から津波と瓦礫が侵入し、潜水服を着てハッチを開けたところで、地下ドックに閉じ込められる運命となってしまっていた。やむなく彼らは危険を覚悟で、潜水艇の爆雷でゲートの破壊を試みた。

 だが、ゲート破壊には成功したものの、爆雷の衝撃波によって上部の岩盤が崩れ落ち、潜水艇はその下敷きになってしまう。その後、五名の士官、兵士らがどうなったのかは誰も知らない。



 津波はいよいよ島に上陸した。もう、逃げる事はできない。キャノピーの中で、軍人のリネットは恐怖と対峙していたが、やがて弱音を吐露することを自らに許した。

「エリコ」

 リネットは、左手を後部座席のエリコに伸ばしてきた。エリコは、しっかりとその手を握った。

「大丈夫よね。大丈夫って言って」

「ああ、大丈夫だ」

 エリコは、そう断言した。

「あの、いけすかないカトー達もシェルターに逃げるように言ってある。僕の言うとおりにしているなら、助かるはずだ。兵士達が立ちふさがっても、カトーなら五、六人は相手じゃない」

「シンシアは!? 私の友達のシンシアは!?」

「先生の交友関係は把握済みだよ。僕が情報伝達に接触したのは、シンシア教官が担当してるグループの、眼鏡の陰気そうな女の子だ。教官も助けるよう指示してある」

「ひどい言われよう。告げ口するから」

 迫ってくる恐怖を誤魔化すため、リネットは冗談を口にした。今頃、軍人たちはパニックを起こしているだろうか、あるいは艦艇での脱出を試みているだろうか。だが彼ら、そしてリネットもまた、エリコ達を事実上、虐待してきた存在である。法律の名のもとに、勝手に人格を矯正して、その実態はただ、優秀な脳みそをほじくり出す事が目的だったのだ。

 むろんリネット自身がそうであるように、施設への配属を命じられただけの、純粋な兵士たちもいる。彼ら、彼女らはどうか避難していて欲しい、と思うと同時に、エリコは彼らを赦さないであろう事も、リネットは理解していた。

「エリコ、私のこと、恨んでるよね」

 津波が視界に迫ってくるなか、リネットは言った。

「エリコ、わたし間違ってた。軍隊のシステムの中で、何も考えていなかった。ごめんなさい」

「言ったでしょ。先生ならいい、って」

「前にも言った。それ、どういう意味なの」

 リネットは、訝りつつ声を震わせた。エリコに平手打ちしたときもそうだった。

 丘が揺れ始めた。不気味な鳴動が近付いてくる。あの巨大な、神の手のような怒涛の波に、こんなちっぽけな複座ホバーが耐えられるのか。そんな津波など知らないかのように、エリコは言った。

「だって、先生は僕の初恋の人だもの」

 およそ、この状況下で信じられない事を、エリコは言ってのけた。リネットは、津波を忘れかけるほどの驚きに、目を見開いて呆然となっていた。

「冗談なら、今まででいちばん面白いわ」

「冗談、か。うん、いいよ。今はそういう事にしておいても」

「エリコ」

 リネットは、エリコの言葉を遮ると、迫りくる津波を見据えていた。

「エリコ。私、あなたの七つ年上よ」

「二二ひく一五。小学校一年の計算だ」

「小学校一年の計算ね」

 二人は笑う。眼前には、芽生え始めている小さな何かを飲み込んでしまおうと、無慈悲な水の塊が斜面を登ってくるのが見える。もう、一〇秒以内にこの石組みと複座ホバーは、水に飲み込まれる。

「エリコ、私、今わかった。出会った時から、あなたのこと――」

 

 生命を千切ろうとする圧倒的な圧力と、轟音と振動が、リネットの言葉をかき消した。



 照り付ける太陽。一羽の鳥の影が、天高く輪を描いて舞っている。複座式ホバーバイクが収まった玄武岩の石組みの内側は、汚れた水のバスタブになっていた。クリスタルモールドのキャノピーには、なんだかわからない海藻類がへばりついている。エリコは、左手が握っている白い手の主の呼吸音が聴こえることに、心の底から安堵した。

「先生、生きてる?」

 冗談めかして訊ねると、返ってきたのは笑い声だった。

「もうちょっと、ロマンティックに訊いて欲しかったな」

「海藻だらけのキャノピーの中で、ロマンティックも何もないでしょ」

 そう答えると、二人は狭い座席に反響するのも気にせず、これまでにないほど盛大に笑った。リネットは手動ハンドルを回してキャノピーを開けると、数十分ぶりの自然の空気を大きく吸い込み、両腕を空に向かって広げた。

「生きてる―――!」

 二人はシートを飛び出すと、抱き合って水浸しの草地を転げ回った。生きている。ただそれだけのことが、この世のどんな事よりも嬉しかった。リネットはエリコに覆い被さると、透き通る眼差しを向け、目を閉じて唇を重ねた。

「これも予測できた?」

「当然」

「当然かぁ!」

 リネットはエリコに馬乗りになったまま、空に向かってゲラゲラと笑った。島の港湾部を見ると、そこには黒煙を上げる管理中枢棟が見えた。沖合には、転覆した艦艇が数隻見える。一隻は炎上している。どうやら、脱出を試みて津波に飲み込まれたらしい。

「見て、エリコ」

 ふたりは立ち上がると、津波にさらわれた後の矯正施設の無惨な姿を目の当たりにした。一方的な法律でエリコ達を収容した施設だ。

「みんなは大丈夫よね」

「きっと大丈夫だよ。彼らなりに、生き残る方法を考えるさ。それができる奴らだ」

「そっか」

 リネットは、切なげな表情でうつむいた。

「みんなは生きている。死んだのは、僕達だけだ」

「え?」

 どういう意味だ、とリネットは首を傾げたが、すぐにエリコの目論見に気付いた。

「まさかエリコ、あなたがシェルターへの避難ではなく、わざわざこんなギリギリの生存方法を選んだのは」

「そう。僕達が死んだ事にするためさ。自殺を装ったのも」

 それを聞いて、リネットは敬服しているのか、呆れているのかわからない顔を見せた。だがそこで、エリコの言葉に自分も含まれている事に気がついた。

「……なんで私も巻き添えで死んだ事になってるの」

「だって、先生は僕と一緒に、別な国に亡命するんだもの」

 ちょっとスーパーマーケットまで行こう、というふうな調子でエリコは言った。リネットは、度し難いものを見たという表情でエリコに迫る。

「亡命!?」

「そうだよ」

「なんで!?」

 まるでバカみたいな調子でリネットが訊ねると、エリコは笑った。

「だって、先生も僕も、この施設の正体を知っちゃったでしょ。僕はこんな施設にも、バカな法律にも縛られるつもりはない。この法律が及ばない国に亡命して、いつかこの狂ったシステムを破壊するための準備をする」

 それが僕の計画だ、とエリコは言った。

「最初から、それが目的だったの?」

「まさか。そう決めたのはここ最近だよ。けど、難題は先生だった。僕一人ならともかく、どうやってリネット先生を連れ出すか、それだけを考えていた。津波が来る事がわかって、それを利用しない手はない、と思った。つまり、幸運だったってことさ」

 幸運。すべて理屈で語ろうとするエリコがそんな言葉を口にしたのが可笑しく、リネットは小さく吹き出した。

「信じられない。それで私を連れて行けると思うの?」

「あの燃え盛る管理中枢に一人で戻っても、やる事はないと思うけど」

 無理強いはしない、と言うエリコに、リネットは諦観したように肩を落とした。

「そうね。たぶん、私もすでにマークされてるかも知れない。あなたの事に関して、あれこれ訊き回っていたし、軍紀違反もやらかしちゃったしなあ」

 もう、帰る場所はない。そのことを認識したリネットを、突然薄ら寒い不安が襲った。これから、どうすればいいのか。するとエリコは、キャノピーが開いたホバーに歩み寄った。

「先生、これの航続距離ってどれくらいなの」

「ざっくり、一〇〇〇キロメートルってとこかしら。予備エネルギーパックは拝借してきたけど。キャノピーはフォトン光電子変換パネルも兼ねているから、太陽が出ていれば海上でもエネルギー補充はできないわけじゃない。その気になれば海を超える事も、不可能ではない」

「なるほど」

 エリコは、脳内で計算を始めた。どこかの陸地に渡れるルートはあるか。この島に留まっていれば、すぐに本国から軍の救援、調査隊がやってくるだろう。

「この島にとどまるのは危険だ。出るなら、少なくとも三〇分以内に行動しないといけない。先生、考えてる時間はないよ」

 エリコにも焦りの色が浮かんだ。もう、二人に選択肢は残されていない。エリコは軍に捕まったが最後、おそらく脳を摘出されて、バイオコンピューターとして余生を送る事になるだろう。その知能を、不特定多数の人間に無償でシェアされるのだ。ぞっとするような想像が頭を駆け巡ったところで、リネットが答えた。

「わかった。ただし、エリコ。ひとつだけ条件がある」

「……何さ」

 エリコは、妙に勝ち誇ったようなリネットの顔を怪訝そうに睨んだ。

「いい?それを受け容れてくれたら、私はあなたと一緒に亡命する」

「だから何さ」

 エリコは急かす。強い風が吹いて、リネットの髪を巻き上げた。

「もう私は軍人でも、あなたの先生でもなくなる。だから、きちんとファーストネームで呼んでちょうだい」

 そう言われて、今さら顔が紅潮するのをエリコは感じた。リネットは笑っている。まだ自分は大人の女性に敵わない少年なのだと、エリコは思い知らされた。

「そんなのありか」

「さあ、どうするの。先生って呼ぶなら、一緒に行かないよ」

 腕組みして、リネットはエリコに迫った。背丈は似たようなものだが、年長であるぶんリネットのほうが、精神的な余裕で優っているのがエリコには少しだけ悔しかった。数秒ののち、意を決してエリコはその名を呼んだ。

「……リネット」

「エリコ」

 リネットは、エリコの手を取って微笑んだ。


 係留ワイヤーを外し、ホバーが正常に起動するのを確認する。内部には、三日間だけ生存できるキット、食料と飲料水も備わっているし、海水から真水を生成するシステムもある。操縦席のディスプレイには、広大な海の地図が表示されており、島の位置はエリコが推測した通りだった。

 西側にある大陸に向かうルートを、エリコはほとんど一瞬で算出した。余裕というわけではないが、何とかなりそうだ、とリネットと確認し合った。途中それなりに、あるいは予想を超える困難もあるだろう。だが小さな小さな方舟で、漕ぎ出す以外になかった。それでも二人には、高揚があった。

「シンシアに、無事の報告とお別れのメッセージだけは送っておいた」

 少し寂しげにリネットは、再び電源を切った通信端末を見つめた。

「私の事は、避難誘導中に流されて死んだ、と上に報告してくれる手筈になってる」

「もう、シンシア教官たちも真実にいくらか気付いてる可能性はある。いずれ、どこかで情報を持ち寄って合流する事だってあるかも知れないよ」

 それは、エリコ流の励ましだったのだろうか。どこかで再会できるさ、と遠回しに言われて、リネットは微かに微笑んだ。エリコは、一年以上収容されていた島を眺めた。

「この島ともお別れってわけだ」

 キャノピーが閉じられ、ホバーは浮揚した。

「いいのね、エリコ」

「ああ」

 エリコは、力強く頷いた。

「行こう、リネット」

「ええ、エリコ」

 二人の乗ったホバーは斜面を駆け下りると、南西の砂浜から勢いよく、広大な海に飛び出した。


(第二部へ続く)

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