(56)攻防戦
ブラスターを突きつける紫の髪の若者に、ハッカライネンは微かに険しい視線を向けた。
「君の名前は?」
「知ってどうする」
「だって、私はこれから君たちの下僕になるんだろう。上司の名前くらい、知っておいた方がいいと思ってね」
ふん、と鼻息を吐いて、若者は前髪を煩わしそうにかきあげた。
「組織ではヴィーオと呼ばれている」
「ではヴィーオ、組織の名は? 所在地は?」
「話す必要はない」
「所属する組織について、教えてくれたっていいだろう」
ハッカライネンは、血でにじんだスーツの生地を恨めしそうに睨んだ。
「やれやれ、二七〇〇Pドルもしたスーツが。これは労災の対象になるのかな」
「今のうちに軽口を言っておくがいい」
「それはつまり、私の意思が奪われるということかな? その装置によって、何かを埋め込むのかな。たとえば、脊髄のあたりに」
ハッカライネンの質問に、一瞬ケースから取り出した部材を組み立てる、女たちの手が止まった。ヴィーオは鋭い視線を向ける。
「お前、何を知っている? ハッカライネン」
「何を? 話す必要はないだろう。どうせ私は傀儡にされるんだろ?」
「ふざけるな」
ヴィーオはデスクに手をつくと、ハッカライネンの眉間に銃口を押し当てた。
「言え。何を、どこまで知っている」
「君たちについて? その装置について? 何も知らない。知っていたら、質問する事もないだろう。だが、迂闊だね。そんな反応を見せるということは、私の問いがある程度、真実をついていたという証拠だ」
わずかに、流れが変わるのをヴィーオは感じ、作業員の手を止めさせた。ハッカライネンが胸ポケットに手を入れようとしたので、慌ててスーツにブラスターを押し当てる。
「動くな」
「ハンカチを取り出すだけだよ。血を拭くぐらい、いいだろう」
ヴィーオが顎で後ろの長髪の女に指示すると、女かハッカライネンの胸ポケットをまさぐって、そこに入っていたのが単なる砂色のハンカチーフである事を確認すると、ヴィーオは上腕の傷にあてがうよう指示した。
「気がきくね」
「勝手な動きはさせない。質問に答えろ、ハッカライネン。お前達フェンリルは、何をどこまで掴んでいる?」
「そうだね。はぐらかすのはやめよう」
ハッカライネンは、それまでのどこか人を食ったような表情を潜め、真剣な表情で答えた。
「ヴィーオ君といったね。すでに、このビル内のコンピューターはチェックしただろう」
「もちろんだ」
「つまり構成員たちへの給与や、購入した武器のルート、あるいは破門にした者への絶縁状なども、把握ずみだということだ」
「下らないデータなどはどうでもいい」
「つまり君たちは、君たち自身について、我々フェンリルがどこまで調査しているのか? それが心配だということに他ならない。それも、ここを占拠した理由のひとつだろう?」
ハッカライネンは、血を拭う女性に「もういい」と手で合図した。女性はまるでメイドのように引き下がり、それをヴィーオは面白くなさそうに睨む。
「どこまで知っている」
「同じ質問を繰り返すものじゃないよ。そうだね、正直に言おう。明確に『知って』いる情報はない。ゼロだ」
お手上げだ、と肩をすくめたが、ヴィーオはまだ訝しげだった。ハッカライネンは構わず続けた。
「ただしね。我々の捜査能力を、侮ってもらっては困る」
「……なに」
「エリコ・シュレーディンガー」
その名を告げたとたん、執務室にテンションが走った。ヴィーオの表情が引き締まるのを見て、ハッカライネンは得心がいったように頷いた。
「なるほど。やはり君たちの関心の焦点は、あの赤毛の少年にあるらしい。彼と我々が、すでに協力関係にある以上ね」
「だが、お前はまだ、奴と直接会ってはいないはずだ」
「構成員は私の手足だ。彼と会わなくとも、手足が掴んだ情報は、全て私のもとに集まってくる。そして、集まった情報に基づいて、私はひとつの推論に辿り着いた。どうやら海軍や黒旗海賊とは別系統の、エリコ少年を追う『第三勢力』がいるらしい、とね」
ハッカライネンは、血が流れたほうの腕でゆっくりと、ヴィーオの首を指して訊ねた。
「君たちの首の後ろに埋め込まれた装置。それが全ての鍵だろう?」
「!」
「その装置はおそらく、脳の補助装置あるいは制御装置だ。それによって君たちは、どんなものかは具体的にはわからないが、何らかの超常的な能力を獲得できる。陸軍兵士たちを暗殺できたのも、その能力によるものだ。ここまでの私の推測は、当たっているかな?」
「――きさま」
ヴィーオの目に、怒りよりは焦燥の色が浮かんだ。一瞬の静寂を、ヴィーオのヘッドセットの着信が遮った。
「僕だ。どうした」
「ヴィーオ、まずい。二階まで突破された」
若い男の声には、明らかに動揺が感じられた。
「なんだと!? さっきの侵入者か!?」
「そうだ。とくに、先頭の女二人が厄介だ。あっという間に制圧された」
「そんなバカな! 相手はただの人間だろう!」
「ちょっと、これを見てくれ」
ヴィーオの通信端末に、データ受信の通知音が鳴った。部下から送られてきたのは、監視カメラに撮影された、侵入者の一団の先頭にいる銀髪の女――長い銀髪の少女だった。その少女の金色の瞳に、ヴィーオの視線は釘付けになった。
「この女の目……まさか」
◇
古いコンクリートビルの廊下を、重武装のリネットを先頭に、レンレンと四人の屈強な団員が、あたかも中世のジャパンに実在したという、ニンジャのように静かに進んでいた。リネットが立ち止まると、後ろもそれに続く。
リネットはアサルトライフルの銃口で、前方の左に曲がる通路を指した。リネットがコイン大のマイクロ爆弾を投げると、レンレンと後ろの四人は肩を強張らせた。
だが、それは点火用の安全タブを引き抜いておらず、爆弾が爆発することはなかった。その瞬間リネットは、腰に提げたランチャーの重さなど無いかのような素早さで通路の角に飛び出して、連射モードのライフルのトリガーを何度か引いた。通路の奥からは、数名の人間が倒れる音が聞こえてきた。
角を曲がると、そこには青いラインが走る制服を着た若い男女の死体が、胸や首から血を流して折り重なっていた。リネットはそのうち一人が所持していた黒光りするブラスターを確認すると、レンレンに放り投げた。
「軍用ね。警察の官給品じゃない」
「つまりこいつらは、軍と繋がりがあるってことか」
「それより、レンレン」
リネットは、左上腕をレンレンに示した。くすんだイエローのジャケットが、ブラスターで焼け焦げている。
「私に、たとえ掠っただけでもレーザーを当てられるなんて、こいつらの腕前はプロ級と見た方がいい。こんなろくに訓練も積んでなさそうな、年端がいくかどうか、っていう子達が」
「ずいぶんな自信だな」
レンレンは、リネットのいかにも重量がありそうな装備一式に目を向けつつ、自身のライフルやブラスターのエネルギー残量を確認した。
「ということは、こいつらはやはり、何らかの手段で戦闘能力を向上させていると見ていいのか」
「もう、何らかの手段なんて曖昧な表現は必要ないわね」
リネットは周囲を警戒しつつ、倒れたまだ若い男の首の後ろをブーツの先端でつついた。噴き出した血や肉片に混じって、得体の知れない青白いパーツの破片が飛び散っている。
「それは…」
「あなた達が見た物と同じじゃないの?」
リネットにレンレンは険しい表情で頷いた。それは、タラカン島で行き倒れていた死刑囚の遺体首後ろから摘出された、謎の装置と酷似する物体だった。
「間違いない」
「確定ね。この装置は、装着された者の能力を向上させる物に違いない」
「陸軍の連中を暗殺したのも、その能力によるものか」
言い終わるか終わらないかの刹那、リネットとレンレンは振り向いてライフルを構えた。
「気をつけて!」
リネットが警告するより早く、背後に音もなく現れた五名の敵が、一斉にリネット達にレーザーを放ってきた。リネットとレンレンは光条をかわしつつ、正確に相手めがけて撃ち返す。
敵兵士のうち四名が胸や眉間を撃ち抜かれ即死したものの、一人の若い金髪の女が、かろうじて動く腕でリネットにブラスターを向けてきた。リネットは眉ひとつ動かさず、心臓を左手のサブマシンガンで撃ち抜く。女は鮮血を吐き、生気の失せた眼をリネットに向けながら、仲間の遺骸の上に折り重なった。
「おい!」
レンレンが、足元に倒れている四人のフェンリル団員に気付いて、すかさず脈を見ようとした。だが、リネットはレンレンの二の腕をつかんで、強引に立たせる。
「離せ!」
「もう死んでる」
「お前――」
「後ろよ! ボサッとしない!」
リネットが振り向いた先には、敵がまたしても殺到し、レーザーを放ってきた。二人は舌打ちしながら、撃ち返す。だが、倒れた味方に気をとられていたレンレンは回避が一歩遅れてしまい、左脇をわずかにレーザーが掠めた。
痛みを押し殺して、レンレンも必死に応戦する。リネットのサポートもあって、どうにか敵を片付ける事はできたものの、思ったより出血があり、あっという間にレンレンの左脇は血で染まってしまった。
「その傷なら痛みはあってもしばらくは大丈夫。我慢しなさい。看てる余裕はない」
「わかってるよ」
「追悼は後からでもできる。今ここで私達が死んだら、追悼もできなくなる」
足元の団員たちの亡骸に目もくれず、ライフルのエネルギーパックを交換するリネットに、レンレンは憤りの色を目に浮かべたが、それは本来部外者であるリネットから、冷徹な戦いを遂行する覚悟を諭された事の、自分への憤りであるかも知れなかった。レンレンは倒れている四人に、必ず仲間のもとへ連れ帰る、と心で誓い、リネットと共に通路を進んだ。
「この先はどうなってる?」
「エレベーターがあるが…使いたくはないな」
乗ったが最後、敵に生命を差し出すようなものだ、とレンレンは首を振り、リネットも頷いた。
「エレベーター横の階段がある。そこを上ろう」
「このフロアに人質がいるかも知れないけれど、どうする?」
「解放したいが、余裕がない。いっそ、外の連中を突入させるか」
もう人質がいようといまいと、状況は変わらないのではないか。その点に関しては、リネットも同意した。だがその時、無線に外にいるマルシャから連絡が入った。
「レンレン、まずい。血気にはやった連中が十数名、制止を振り切ってそっちに突入してしまった」
「なんだって!?」
「どうする。いっそ俺達も突入するか」
「ちょっと待て」
レンレンは、通路にフロアの反対側から響いてくる銃撃音と怒号、悲鳴に気がついた。ほどなくして、音は止んでしまったが、リネットはすぐに事態を察知した。
「残念だけど、その人達はすでに敵さんにやられたみたいよ」
「ばかな。あいつらは血の気こそ多いが、場数は踏んだ連中だぞ」
マルシャの抗議ともとれる反論に対し、沈黙は雄弁であり、冷酷でもあった。フェンリルの手練れが、ホームグラウンドである本部ビル内で、おそらくは少数の敵によって一瞬で全滅させられたのだ。敵は、尋常ならざる力を持っている、とここで通信に耳を傾ける全員が理解した。レンレンは小さくため息をついて、改めて指示した。
「飛び出したい気持ちはわかる。だが、もう少し待ってくれ。敵は普通の人間じゃない。あたしについて来た四人もすでに殺された」
「そうか…だが、もう抑えていられるのも時間の問題かも知れんぞ」
切羽詰まっているマルシャの声色で、ビルの外にいる構成員たちが沸き立ち、苛立っている様子が、レンレンにはよくわかった。彼らが命がけで本部を奪還しようとしている気持ちも、レンレンには痛いほど理解できる。その時脳裏に浮かんだのは、本来ここで場をまとめてくれても良かった、アンダルの顔だった。アンダルなら、どうするか。レンレンは重い溜息を吐いた。
「リネット、敵の頭を押さえるまで、何分かかると思う」
「敵の布陣がわからない以上、答えようがないけど。体力を考えると、二〇分以内にはけりをつけたいわね」
「わかった」
レンレンはやや諦観した様子で、マイクに向かって告げた。
「マルシャ、一五分だ。一五分経って、まだこちらから連絡が無ければ、あんたの指揮で表の連中を突入させてくれ。ただし、その結果については――」
「みなまで言うな。責任は俺が取ってやる。お前はお前で、被害を最小限に食い止める可能性を探ってみせろ、レンレン」
その通信でレンレンは、マルシャたちの覚悟を理解した。命を張る覚悟でやるんだ、と。レンレンはまだ自らの覚悟のほどと、彼らのそれとの間に隔たりがある事を思い知らされた。
「みんなの気持ちは理解した。そのうえで、一五分だ。一五分、あたしとリネットに時間をくれ。あたし達も命をかけて、状況の打開を試みる。通信、終わるぞ」
レンレンは、外との通話回線を切ってしまうと、リネットと頷きあって、改めて奥に進もうと決意した。だがそこに水を差すように、後方から多数の足音が接近するのが聴こえた。どうやら、今しがたフェンリル団員を倒した敵兵士たちが、なりふり構わずレンレン達の排除に動いたらしかった。
だが、足音はすぐに止まった。リネットは、足音が聴こえてきた通路の奥に神経を集中させたが、敵がやってくる気配はない。一瞬、通路脇のドアのガラスに映った自身の姿に、リネットは背筋を強張らせた。
「こちらを誘い込んでいるのかしら」
「リネットならどう動く?」
「陽動ということもある。足音でこちらを引き付けておいて――」
その時、レンレンとリネットに、ほとんど同時にひとつの閃きが起こった。二人は即座に、ドアの前から退避する。その退避行動とほとんど同時に、ガラスを突き抜けて二条のレーザーが通路を横切り、窓を破ってビルの外へと消えていった。
リネットは即座に、ガラスが割られたドアの向こうの影に向かってトリガーを引いた。影の主は、青いラインが走る制服をまとった、金髪と黒髪の少年だった。レンレンより少し上か、という程度だ。二人の少年はほぼ同時に眉間を撃ち抜かれ、声を発することもせず、暗い室内にその骸を横たえた。死体を見下ろすリネットの首筋には、恐怖による汗がにじんでいた。
「この部屋は?」
「倉庫というか、がらくた置き場みたいになってる部屋だ。――そうか、なるほど。この部屋は前後に出入り口がある。足音でこちらを引き付けておいて、反対側のドアからこっちに接近してきたんだ」
レンレンの説明を受けても、リネットはまだ恐怖をぬぐう事ができずにいた。過去、死と隣り合わせの戦場に立った事もある軍人のリネットが、まるで気取られることなく接近を許したのだ。あとコンマ一秒、退避が遅れていれば、リネットとレンレンは頭か心臓を撃ち抜かれていた。
敵は間違いなく、プロの兵士に匹敵する能力を備えている。だがリネットの恐怖は、敵の強さそのものではなかった。
「何かに似ている……この感覚」
「似ている?」
レンレンはリネットの話を聞きながら、ドアを開けて室内に足を踏み入れた。するとそこには、結束用の静電接着テープで両手両足を縛られた、本部にいる三〇代の女性オペレーターの姿があった。レンレンは周囲を警戒しつつ即座に駆け寄り、長い金髪を結った彼女の拘束を解いてやった。
「しっかりしろ、大丈夫か」
「ありがとう」
女性は額に脂汗をじっとりと浮かべ、呼吸も荒れていたが、命に別状はないようだった。レンレンは敵から奪ったブラスターを手渡すと、しっかりと握らせた。
「悪いが、行かなきゃならない。自分の身は自分で守ってくれ」
「わかってる。早く行きなさい」
「リネット、急ごう――」
レンレンは、ドアの外のリネットに声をかけようとして絶句した。リネットは、室内に向けてライフルを構えているのだ。
レンレンが驚く間もなく、ライフルの銃口からは青白いレーザーがひらめいて、身をかがめたレンレンの頭上を突き抜けていった。すると、一瞬にぶい呻き声がして、人間が倒れる音が暗い室内に響いた。リネットの放ったレーザーは、侵入してきた敵を一瞬で葬ったのだ。
だがレンレンは、そのリネットの立つ位置と、敵の位置を不自然に思った。なぜなら、リネットのいる位置からは、使わなくなった掃除器具などを無造作に積み上げた棚が邪魔になって、相手の姿など見えないはずだからだ。
「どうやって当てた? 軍人のカンか」
それは気を紛らす目的も兼ねた冗談だったが、リネットはトリガーを引いた自分の右手を、じっと見つめていた。
「……リネット?」
「ねえレンレン、何か感じない?」
唐突にそう訊ねられ、レンレンは立ち上がりながら怪訝そうな目を向けた。
「何がだ」
「さっき、ドアの影から撃たれた直前、私達は何かに突き動かされるように、ドアの前から飛びすさった。あの時の感覚……何かに似てない?」
そう言われて、レンレンは何か、背筋にざわざわと寒気が走るのを感じた。なんとなく、リネットの言わんとする事が、レンレンにもわかったからだ。
何かに似ている。
あの、土壇場で起死回生の判断を押し付けてくる感覚。今まで何度か体験している感覚だ。それが何なのか、何に似ているのか、二人はまたしても、ほとんど同時に思い至った。
「……エリコ」
その名をつぶやいた時、レンレンの背筋に再び寒気が走った。




