(52)羅針盤
紺や紅、色とりどりの「キモノ」をまとった人々が行き交う、風情あふれる中世のジャパンの街道を、その風景におよそ似つかわしいとは言い難い、マルチ環境適応ダイブスーツをまとった女と男が、スケボーで駆け抜けてゆく。西暦二〇九八年にリリースされた立体ビジョンゲームだ。
ストーリーは一応設定してあるらしいが、プレイヤーのほとんどはその内容を忘れており、とにかくあらゆる時代の地球を、あらゆる環境を走破できるスーパーボードで駆け抜け、レースや意味不明のミッションに挑戦するというもので、コアなファンが定着してアップデートが続く、息の長いタイトルだった。
レンレンが登録してある操作キャラクターは、リネットが金髪を短くしたような長身の女で、スカイブルーのスーツとゴールドに輝くボードが印象的だった。対する、「エリコ」と名乗った挑戦者は、浅黒い肌に真っ赤な逆立った髪をなびかせ、黒いスーツとボードという出で立ちである。
二名のプレイアブルキャラクターがレースを展開しているのは、「ナカセンドー」と呼ばれる、かつて存在したジャパンの、キョートとエド(後の首都トーキョー)を結ぶ歴史的な街道だった。レンレンもこの情緒あふれるコースが大好きだったが、今はそれどころではない。
「くそっ! 何なんだ、こいつ!」
コントローラーを握りしめ、レンレンはリアルスケールの立体ディスプレイ空間に毒づいた。
速い。このタイトルをやり込んでいるレンレンが、気を抜くとラインを取られ、離されてしまう。しかもエリコを名乗る相手は、途中でボードを縦横に回転させ、旅館の屋根を横滑りするなど、好き勝手にトリックを決めて、スコアまで稼いでいる。先にゴールすればレースは勝利ではあるが、それとスコアは別であり、レースとスコアの両方で勝つことがゲーマーとして重要な課題だった。
だが、レンレンは必死に操作しながら、首を傾げずにいられなかった。仮にこのエリコを名乗るプレイヤーが、本当にエリコ・シュレーディンガーだったなら、これほどの反射神経を見せるだろうか?
格闘ゲームで対戦したとき、コアなゲーマーであるレンレンは、エリコのゲーマーとしての反射神経はそこまでのものではない、と感じていた。逆にその後やったパズルゲームは、いかにも計算が得意なエリコらしい、予想の斜め上をいく積み方、消し方を披露してみせた。おそらく、カードゲームやボードゲームでも、勝負していればレンレンは勝てなかったはずだ。
となると、こんな格闘ゲーム以上の圧倒的な反射神経を求められるゲームは、おそらくエリコは苦手なはずだ。あるいは例外的にこのタイトルだけ得意、ということもあり得るが。
「誰だ、お前は!? いい加減答えろ!」
音声通信機能を通じて、レンレンはネットワークの向こうにいる対戦相手に叫んだ。実はゲーム開始時から繰り返し呼びかけているのだが、相手は全く応える気配がない。
だが、音声で応える代わりに、相手は指を曲げて挑発してきた。話がしたいならレースで勝ってみろ、ということか。レンレンは一瞬で頭に血がのぼり、しかしそれと同じくらいの超人的な冷静さで、姿勢を整えると小さく息を吐いた。
「上等だ!」
レンレンは、定石のラインを確実に踏む相手の戦法に対し、物理的には最短だが現実には様々な障害、段差や壁に阻まれるラインを突き抜ける選択をした。
ひとつでもミスをすれば即座に敗北する危険なラインを、レンレンは信じ難いほどの精密さと大胆さで切り抜けた。石垣から雨樋へ、杉の枝から橋へと飛ぶ、並みのプレイヤーでは絶対に不可能なプレイで、離されていた相手との距離は一気に三メートルまで縮まった。
オーツ・タウンの宿場町を抜け、いよいよゴールのサンジョー・ビッグブリッジが見えてきた。あと少しだ。
だが、もはや定石ライン以外に頼れるものはない残りのセクターで、ほとんど互角のプレイヤーどうしが競うということは、すでに先に出ている者が勝つ、ということだ。そして相手は三メートル先行している。
もう駄目か、と思ったとき、レンレンの操る女のボードが、わずかにラインを外れて米俵を積んだ牛車にぶつかってしまう。
横でレースを観ていたリネットが、これは終わったな、と肩をすくめたその時だった。レンレンは素早くコントローラーを操作し、女はボードをクルクルと回転させるフリップ・トリックと同時に、米俵を飛び越えて牛の頭に突っ込んだ。
すると次の瞬間、信じられないことが起こった。牛に激突してコースアウトするかと見えたレンレンは、逆にまるでボウガンから発射された矢のように、ゴール方向に飛翔したのだ。
これはレンレンが発見して、まだプレイヤー界隈にも明かしていない
バグだった。このバグを正確に逆用すると、ゴールタイムを三秒近く縮められる。レンレンは一瞬で相手を追い越し、サンジョー・ビッグブリッジの欄干にボードの端ギリギリで乗り上げると、そのままグラインド・トリックで滑りながらゴールを決めた。
観戦していた世界中のネットワークコミュニティからは、レンレンに対する賛否のメッセージが飛び交った。見事なレース、信じられない精密なプレイ、という称賛とともに、バグを使うのは邪道だ、という声もあった。新しいバグはさっそく世界のネットワークに共有され、今まで隠していたものを晒したことに若干の苛立ちを覚えつつ、レンレンは改めてクローズド回線を通じ、「エリコ」を名乗る対戦相手に問いかけた。
「あたしの勝ちだ。答えろ、お前は誰だ」
すると、答えはすぐに返ってきた。
「エリコだよ。エリコ・シュレーディンガーさ」
「ふざけるな」
エリコとまるで違う、不気味な落ち着きと気品を感じさせる、若い男の声だった。その慇懃そうな態度にレンレンは眉をひそめたが、すぐに冷静さを取り戻して訊ねた。
「なぜエリコの名を知っている?」
「知っているさ、君のこともね。レンレン・デ・ロス・レイエス君」
「お前……!」
通信パネルを睨むレンレンを遮るように、横のリネットが立ち上がった。
「その声、ひょっとして」
明らかに警戒するリネットの表情に、レンレンはただならぬ何かを感じ取り、低いトーンで凄むように問いただした。
「ひょっとして、エリコが言っていた男か。たしか……クリシュナ」
「御名答だ!」
わざとらしい拍手が、レンジの狭い通信音声を通して聴こえた。その人をくったような態度にリネットは、間違いなくあの海で遭遇した、クリシュナだと確信した。レンレンを差し置いて、リネットが訊ねる。
「クリシュナ! どういうつもり!?」
「久しぶりに、その美しい声を聴けて嬉しいよ、リネット」
「あなたのお為ごかしに付き合うつもりはないわ。答えなさい。何のために、レンレンにコンタクトを取ってきたの」
「それはもちろん、ゲーマー界隈で有名なプレイヤーと、真っ向勝負をしてみたかったからさ!」
その、迷いや嘘の欠片も感じられない返しに、リネットもレンレンも一瞬、呆気にとられてしまう。本当にそれだけが目的だったのではないか、と思わせるほどの、真実味をともなう声色だった。
「久しぶりに良いレースだった。信じなくても構わないが、これは本心だよ」
「人間の社会がどれほど不穏な情勢だろうと、呑気にゲームを楽しんでいられるというわけか。いいご身分だな」
「いやいやいや! 人間達のゲームへの愛には敵わないよ。やる必要のないゲームを、無量大数の生命を犠牲にしてまで、何千年も ――正確には何十万年も―― 繰り返しているじゃないか。戦争、というロングセラーのタイトルを」
いったい、いつそれを地球という名のゲーム機から削除するつもりなのだろうね、とクリシュナは重々しく吐き捨てた。レンレンは小さく舌打ちして、話を遮る。
「エリコから聞いたとおりの、いや聞きしにまさる偏屈者のようだな。悪いが、お前のくだらない論評に付き合っているヒマはない」
「ふむ」
「答えろ。エリコはどこだ」
「近くにいるよ」
まるで、ついさっき公園で見かけた、というような調子でクリシュナは答えた。リネットはクリシュナが食わせ物だと知っているため、それを額面どおりに受け取ることはせず、かわりにレンレンが叫ぶ。
「エリコが消えたのはお前達の仕業か!?」
「ノーノーノー。レンレン、ふたつ間違っているよ。まずひとつ、僕は何もしていない」
答えながらクリシュナは、ゲームの次のコースを選択し始めた。選んだのは、六四種の基本コースを全て、規定のタイム以内に攻略したプレイヤーにだけ購入権が与えられる、限定スペシャルコースのひとつ『アトランティス』だった。立体スクリーンの右手に立ち上がったチャットパネルに、世界中から次のレースはまだか、というメッセージが流れ続けている。
「ほら、オーディエンスが、早く次のレースを始めろと沸き立っているよ。期待には応えてあげなきゃ」
「お前にも質問に答えてもらうからな!」
アトランティスは、運河をはさんだ同心円の七重のリングの中心に、ゴールの首都ポセイディアが栄えるという、いくらか伝説に則ったマップのコースである。外輪から次の内輪に移動できるルートは限られており、どこを選択するかで、有利不利が生まれる。
「このコースは長いからね。会話する時間はたっぷりある」
すでにレースはスタートしていた。真っ白な流線型の帆船がスタートであり、ここから港へどう着地してコースに出るかが、プレイヤーの腕の見せどころになる。クリシュナは相変わらずプレイヤー名に「エリコ」を名乗ったまま、船の舳先からオーリー、大ジャンプで石畳まで飛び乗る、オーソドックスだが堅実なラインを選ぶ。
だがレンレンはクリシュナと同じラインが生理的に気に入らず、船縁を飛び越えて桟橋に進むラインを取った。船の横に出るぶん、クリシュナより直線距離で不利になるはずだったが、そこはレンレンである。
「ほう!」
クリシュナの感嘆の声が、回線の向こうから聞こえた。レンレンは桟橋にボードで乗り上げると、そのまま桟橋を横切るかたちで、隣に停泊している貨物船らしき真っ白な船の、天辺に飛び乗った。そして、わずかな加速を利用して、斜め方向から港に着地する。あと一〇センチ左にずれていれば、海に落ちるというギリギリのラインだ。
レンレンはそのままの勢いで、コースである街道に進入した。わずか二メートルだが、クリシュナの前に出る事に成功する。
「素晴らしいね! 限界まで追い込む、スーパープレイだ」
「別に凄くない。現実に、ギリギリの脱走を成功させる奴に比べれば」
古代ギリシャのイメージを彷彿とさせる港街を駆け抜けながら、レンレンは数日前に突然文字通り『消えた』、エリコのことを思い出した。
「レースの勝敗はどうでもいい。クリシュナ、お前がさっき言った、間違いとはどういう意味だ。お前達は本当に、エリコに手を出していないのか」
「もちろんさ」
「じゃあ、エリコはなぜ消えた!? 僕にこうして好き勝手にアクセスしてきたということは、お前達はもう、状況の全てを把握しているということだろう」
「そうなるね」
「さっき、あたしが二つ間違っていると言ったな。もう一つは、どういう意味だ」
「うん、これは極めて重要な問題になるがね。これくらいは伝えてもいいだろう。エリコは『消えて』などいない」
斜めに開いた跳ね橋を大ジャンプで飛び越える。二人のボーダーが着地して、驚いた市民たちが騒然となる中、レンレンはどうにか平静を保って訊ねた。
「じゃあ、どこにいる?」
「さあね。エリコに訊いてくれ」
「ふざけるな!」
レンレンは、内側コーナーのハングアップした壁面を強引に抜けて、インをついてクリシュナの前に出た。クリシュナも対抗して、次のコーナーで花壇と花壇の隙間をショートカットし、レンレンの横に並ぶ。伯仲したレースに、続々とオーディエンスは増えていった。『史上稀にみるビッグレース!』『彼らは何者なんだ!? プロゲーマーでもここまでの選手はいないぞ!』などなど、コメントも熱を帯びてゆく。
「あらゆる状況を把握しているお前達が、エリコひとりの行方を知らないわけがないだろう!」
「もちろん、今の状況は全て知っているよ。しなくていい戦争をわざわざ起こそうとしている愚かしい政府、その隙をうかがう野蛮な海賊、そして健気にも人々を守ろうと、矛をとって立ち上がる海賊フェンリル、というわけだ」
「お前達は単なる傍観者というわけか」
いくばくかの軽蔑をレンレンが含めると、対照的にクリシュナは、わずかに真剣なトーンで答えた。
「そう言われるのは辛いけれどね」
「どういう意味だ」
「僕の事は好きに解釈するといい。弁明もしない。事実、僕は傍観者だ」
そのクリシュナの言葉で、レンレンはひとつ理解した。クリシュナという男はどうやら、真意はわからないが、何らかの形で今のレンレンやエリコ、リネットを取り巻く状況に介入したがっている。しかし、それが許されない理由があるのではないか。そこでレンレンは、クリシュナについてリネットが言っていたことを思い出した。
「リネットから聞いた。お前、エリコに対して何らかの情報を伝えたいような意志をのぞかせたらしいな。だが、お前の姉だか誰だかがそれを許さない、と」
「その件については、話すことはできないな。勘弁してくれ」
「まるで親の言いつけに逆らえない子供だな! 僕が過去に出会った、ヴィジャヤラクシュミという銀髪の女は、もしかしてお前の姉か? お前の姉とやらは、何人いる? そいつらも『方舟』ということか? あたしやエリコのような」
矢継ぎ早の問いかけに、クリシュナはしばし黙り込んだ。立体スクリーンでは、双方がコンマ一秒以内のギリギリの接戦を繰り広げており、両者が同時に噴水の左右のアーチをくぐり抜けると、世界中から絶賛のスタンプが無数に送られてきた。
「僕には姉が二人いる。そして、君の質問への答えは全てイエスだ」
「わかった。では、今この南パシフィック連邦が置かれている軍事的な状況に、お前達は関わっているのか?」
「事態を左右する、という意味では、関わってはいないね」
なんとも曖昧な返答に、レンレンはコントローラーをさばきながら舌打ちした。
「さっき言ったとおり、傍観者ということか」
「傍観者というのは、あまり聞こえが良くないな。『観察者』と言い換えておこう」
「冗長な会話はもういい。それじゃあ、『メイトリックス』という名前には、どういう意味がある? この、今あたし達がおかれた状況に対してだ」
辞書を引け、などと誤魔化されるのを阻むため、レンレンは回りくどく言い含めた。すると、かすかにクリシュナの苦笑が聞こえた。
「どうやら、気付いていたようだね」
「あの名前に、エリコは明らかに反応を見せていた。エリコが突然消えたことと、関係ない筈がない。答えろ! あの名前とエリコには、どういう繋がりがあるんだ」
「知りたいかい」
「あたしが知りたいのは、エリコがどこにいるのか、今どういう状況に置かれているのかだ」
「さっきも言ったけど、エリコは消えてなどいない。ひょっとしたら、このゲームの中に登場しているかもね!」
内周に続く橋で、クリシュナはレンレンを馬車の手前に押しやって、その隙に追い抜きをかけた、レンレンは焦ることなく、馬車を飛び越えると欄干をグラインドで滑って、通行人を避けるためにわずかにタイムをロスせざるを得ないクリシュナに追い付く。結局、内周のリング状の島にも両者は同着で上陸した。
「レンレン、この世界はコンピューターゲームのようなものだと考えた事はないか? 僕らが物質だと思っているもの、それは実のところ、原子がある一定のパターンで組み上げられた集合体だ。生命の進化は、原始的なプログラムが少しずつ洗練されてゆく過程に似ている」
「さあな。まあ、人類の愚かしさは修正不可能なバグなんじゃないか、とは思うが」
「ははははは!」
水路を横切る船をボードで華麗に飛び越えながら、クリシュナの笑声が高らかに響いた。それが、まるで自分より年下の少年のようにレンレンには聴こえた。
「まったくだ! だがレンレン、彼らの愚かしさはこの際どうでもいい。それはそれとして、不思議に思ったことはないか? なぜ生命は生命なのだろう? なぜ動物は、他の何かを捕食しなくては生きてはいけないのだろう? 生命をそのような形に保っている、その根源はどこにあるのだろう?」
突然、哲学じみた問答が始まると、さすがにレンレンも面食らう。エリコの所在について情報を引き出すために、こうしてスケボーゲームにも付き合ってやっているのだ。円形劇場のど真ん中をボードで突っ切りながら、レンレンは叫んだ。
「知るか! そんなのはあの世に行って、アリストテレスとでも好きなだけ議論しろ! くだらない問答はどうでもいい、エリコの所在を知らないのなら、顔も知らない貴様なんぞと話をするだけ時間の無駄だ!」
「おっ、なかなかいい所を突いている。さすがに、昔からエリコの親友だっただけの事はあるね」
「……なに?」
意味不明な議論に、さらに意味不明なことを付け加えられ、もうレンレンは声を荒げる気もなくなってしまった。いったい、このクリシュナという男は、何のためにわざわざコンタクトを取ってきたのだ。
「いい所を突いている、とはどういう意味だ」
「そこは、察してくれよ。だがひょっとして、エリコ自身もひとつの疑問について、何か言及していた事はないか? 物事が、あまりにもエリコと密接に関わりすぎている、そう思わないか?」
その指摘にレンレンも、横で腕を組んで聞いていたリネットも、何か背筋が寒くなるような、かすかな戦慄を覚えた。そう、それは紛れもなく、エリコ自身が言っていた事だからだ。矯正施設島を脱出してから、あまりにも奇妙な出来事がエリコの向かう先々で起こっている。
レンレンは返答に窮した。このクリシュナという男は、こちらが知らない何かを、どうやら知っているらしい。レンレンの疑問に答えるように、クリシュナが口を開いた。
「実を言うと、僕達も確信はなかったんだ。僕達自身、まだ不完全な存在だからね。僕達だけではない、君もそうだ。僕達は、『目覚めかけている種』だ。混迷の時代を乗り越える、方舟としてね。そして、航海には羅針盤が必要だ。その羅針盤が、ようやく見つかった。いや、そうじゃない。羅針盤自身が、僕達を巡り合わせるために航海図を作り上げていたんだよ」
「なんだって……?」
わけのわからない情報の洪水に、レンレンの理解力という名の方舟は、いまにも転覆しそうだった。だが、『羅針盤』という言葉が、レンレンの戦慄をさらに増大させた。
航海とは、すなわち計算だ。アンダルは一見調子のいい中年に見えて、実は基礎的な航海計算術を身につけている。フェンリルの幹部はみんな、基本的に優秀な漁師、船乗りだ。
だが、リネットの話によれば、エリコは航海法の勉強などしていないのに、ほとんど暗算でホバーバイクの進路を決定し、最短距離で矯正施設島からエドモンドがいる島まで到達できたという。GPSが使えない状況下でだ。
エリコはの頭脳には、膨大な数列のようなもの ――マトリックス―― が存在しているのではないか? その中から、必要な情報を抽出できるのだ。それは、水先案内人のようなものなのではないか? クリシュナのいう『羅針盤』という言葉の意味を、おぼろげながら理解しかけた時、リネットの声が響いた。
「レンレン!」
思考の深みにはまりかけていた所に唐突に名前を呼ばれ、レンレンは一瞬背筋に電流が走ったかと思った。コントローラーをさばきながら、即座に冷静さを取り戻すのは至難の業ではあった。
「なっ、なんだ!?」
「始まったわ」
リネットは、通信端末に届いたネットワークニュース速報を読み上げた。
――オークランド北部約四七〇キロメートルの海域において、南パシフィック海軍と南アメリカ大陸連合海軍の砲撃戦が開始




