(45)廃墟の語らい
ネットワークを通じて発表されたSPF海軍の声明によると、海軍はいくつかの人事および部隊編成に変更があるとの事だった。
このうち既に殉職したものと見做される、ブロンクス准将が率いていた艦艇一五隻からなる第十二艦隊は、准将に昇進したテレーズ・ファイアストンがそれまで率いていた、哨戒艦を含む七隻と合わせ、合計二二隻、兵員数一〇五八名の中隊として新たに編成された。艦隊指揮はファイアストン准将がこれにあたる。
記者会見において『デイリー・ダーウィン』紙から、近いうちに大きな軍事行動が計画されているのではないか、との質問が飛んだものの、会見にのぞんだアーノルド少将からは、一部人員の戦没の影響による再編である、との回答にとどまった。
「どう見るよ、これ」
いったんレンレンと別れたエリコとリネットは、ホテルをチェックアウトすると、ホバーバイクを隠してもらっている港へと向かっていた。エリコは、通信端末のネットワーク放送に映る、気難しそうなアーノルド少将の表情を睨んだ。
「こういう時期に部隊編成の変更をわざわざ発表するって、もと海軍のリネットとしてはどう思う?」
「まあ私なんかは、少尉といっても実質ペーペーだったからなあ。戦場での作戦行動とかについてはいくらか意見も言えるけど、編成とか戦略レベルの話になるとね」
「それでも士官学校は出てるんでしょ」
そう言われると意見しないわけにも行かず、リネットは首をひねった。どちらかというと現場の人間であり、同期からは「鬼軍曹向き」などと揶揄されたものである。
「まあ、マスコミを通じての発表も、情報戦の一種だとは言えるわね」
「つまり、示威行動の一環?」
「そうね。ファイアストン大佐……じゃない准将は、私の士官学校時代から『階級は上から総司令官、大元帥、元帥、ファイアストン大佐、上級大将だ』なんて言われてたものよ。あのビジュアルは威圧感あるでしょ」
リネットは、士官学校時代を思い起こしながら苦笑した。
「対外的に、こんな身長二メートル近い、筋肉と威圧感の塊が前線に出るかも知れないんだぞ、と脅すのは、気難しそうな少将閣下がぶつくさ言うより百倍効き目がある」
「言いたい放題だ」
「明日が見えないぶん、言いたいことくらい言いたいでしょ?」
リネットの度胸みたいなものを形成したのは、やっぱり軍隊なんだな、とエリコは思う。あるいは、度胸のある人間が相応しい場に飛び込んだのか。
「つまり、海軍が示威行動を起こす必然性がある、というわけか」
「あなたの『ビジョン』と照らし合わせれば、そうなるんじゃない?南アメリカ連合軍、って言ったかしら」
「僕のリーディングだと、ペルーとボリビアが中心になってた。何カ国かはわからないけど」
そこでリネットは、エリコの言葉がひとつ気になった。
「『リーディング』って、なに」
「うん、今までビジョンを探ることを、『透視』とか『予知』とか、その場その場で曖昧に言ってきただろ。それを、『リーディング』っていう呼称に統一することにしたんだ」
それは、かつて一世を風靡し、眠れる予言者とも、世紀のペテン師とも言われた、エドガー・ケイシーに倣っての呼称だった。ケイシーに関しては、エリコは特に思う所はなく、『リーディング』という語感の収まりが良い、というだけの理由である。
「今さらだけど、エリコ。あなたのその『リーディング』って、いったい何を読み取ってるわけ?」
リネットの問いに、エリコは俯き気味に考えた。エリコ自身は感覚で理解しているつもりだが、それを言葉に変換するのが難しいのだ。
「例えばさ。あそこに見える、六階建てのビル。あの屋上から男がひとり、飛び降りたとする」
「物騒だな」
「それは、なぜ起こったんだと思う?」
その問いかけに、リネットの脳内で疑問符が百個くらい浮かんだ。
「なぜって、飛び降りたからでしょ」
「なんで彼は飛び降りた?」
「さあ。女の人にフラれたとか」
「じゃあ彼は、なぜフラれて飛び降りた?」
このへんで、そろそろエリコの難解トークが始まったぞ、とリネットは身構えた。矯正島にいた時から付き合わされてきた、脳が裏側からひっくり返るような謎理論だ。リネットは、あえて単純に受け取る事にした。
「飛び降りようと決めたからでしょ。生きていても仕方ない、って」
「そのとおりだ。じゃあ、飛び降りる五分前の彼と僕が、そこの横断歩道ですれ違ったとしよう。僕はその時、彼が飛び降りるビジョンが視えてしまった。そのとき、僕は何を見ているのか?」
「だから、それを訊いてるんだけど!」
リネットは、怒っているのか笑っているのかわからない表情でエリコに迫る。エリコは、不気味な笑みを浮かべて答えた。
「正解は、過去現在未来の全ての時間に存在する、彼に関わる全ての因果の中にある、最も濃厚な可能性だ。彼女にフラれた、その後の選択は無数にある。帰って泣く。さっさと他の子に声をかける。彼女を刺し殺す。そして、ビルから飛び降りる。どの可能性も等しくそこに存在する」
「つまり、未来は定まっていない、ということ?」
「そこが勘違いなんだ。『未来』なんてものは存在しない。まあそれは話が長くなるから、便宜的に『未来』としておくけど」
エリコの話を聞きながらリネットは、もし仮に将来エリコと結婚でもしたら、毎日こういう話を聞かされるのだろうか、と軽い戦慄を覚えていた。
「予言者が予言を外すのは、この世には完璧な予言がある、という誤謬に基づいているからだ。絶対に当たる予言なんて存在しない」
「エリコの予言も?」
「僕は予言なんてしていない。無数の可能性の中で、最も濃厚なものを提示しているに過ぎない。六階から飛び降りた男も、五階まで登った時にものすごく可愛い女の子とぶつかって、それがきっかけで新しい交際に、という可能性が『絶対に』ないとは言えないだろ?」
「それはつまり、軍事や政治にも同じ事が言えるというわけね」
「そういうことだ」
エリコは、貨物船や漁船のシルエットが居並ぶ港を眺めた。その向こうに、エリコが戦争のビジョンをリーディングした、海が広がっている。戦争は回避できるか? 回避することも、衝突することも、可能性としては同時に、開ける前の箱の中に存在する。
「これから起こり得る戦争を回避する方法を、僕は知っている」
「なに?」
「戦争をやめることだ」
呆れるほど簡単で、そして恐ろしく困難な真理をエリコは語った。矛をおさめる、ただそれだけの事ができなかったために、歴史上無数の血が、大地に吸われた。
どれほど呆れるような理由で始まった戦争にも、その背景には切実な理由がある、と人は言う。だが、エリコにとっては、それを信じる事は難しかった。エリコの、顔も知らない両親の命を奪ったのは「切実な理由を口実に、宗教的妄想に駆られて行われた侵略」だったからだ。
「そんなの、いまさら論じても仕方がない。問題は今、僕らがどうするかだ」
エリコは、港の横にある浜辺に通じる、バラックで囲われた狭い通りに入ると、赤いシャッターの前に派手なガーデンパラソルを立てて、タバコをふかしている白い総髪の老人に声をかけた。
「世話になった、ありがとう」
エリコが、リネットから預かった紙幣を三枚手渡すと、老人は裏のありそうな笑顔を向けた。
「いつでもどうぞ」
老人はフェンリルと関わりのある引退した漁師で、今は浜辺で余生を楽しみつつ、港では広い顔を利用した、ちょっとした裏の稼業などをこなしていた。エリコとリネットのホバーバイクは、いちばん奥の青いシャッターのガレージに隠してあった。ニューウェイの施した青い塗装は、シャッターをくぐると陽光を煌めかせた。
◇
オーストラリア大陸とパプアの間、トレス海峡を進む、合計二二隻の艦隊があった。准将に昇進したばかりのテレーズ・ファイアストン率いる、新生・第一二艦隊である。どうせなら番号が空いている一三艦隊にしたかった、というのは司令官のファイアストン准将の言だった。
「嫌な予感がするね」
旗艦タンザナイト号の艦橋でテレーズは、風もない穏やかな海を怪訝そうに睨んだ。マーカスが相変わらずの調子で相槌を打つ。
「大佐、じゃない准将閣下は、占いがお好きですからね。ちなみに今朝のテレビの占いは?」
「牡羊座の運勢は第五位。他人への気配りを忘れずに。ラッキーアイテムは魚」
テレーズの襟元には、どこから持ってきたのか、青い魚のマスコットのピンバッチが留めてあった。
「准将を拝命して早々に、ニュージーランド方面へ進発しろとは、なかなか穏やかじゃないと思わないか、マーカス」
「さあ。おれは軍人なので、粛々と命令に従うのみです」
「そんな聞き分けのいい部下に育てた覚えはないがね」
自嘲なのかどうか、軽口を叩きながらテレーズは、天候マップその他の表示に目を走らせた。九時方向には長さ二〇キロメートルの、サイバイ島が見えている。
テレーズは、降って湧いたように准将を拝命させられた事に、喜びよりは疑問を感じていた。なにしろテレーズはつい先日の任務で、追跡対象であるエリコ・シュレーディンガーの行方を見失っているのだ。昇進は黒旗海賊への対処によるものだというが、任務の失敗と併せれば、プラスマイナスゼロの評価になりそうなものである。
故人のブロンクス准将の麾下にあった兵士たちの中には、つい昨日国から准将を拝命したばかりのテレーズの指揮下につくことを、良しとしない者も多かった。
事実上、出来立ての艦隊の足並みが、揃っていると言い難いことは不安ではある。それでもテレーズは基本的には軍人であり、上からの命令は絶対という原則には従った。
「全艦、浅瀬に警戒せよ!」
テレーズの、地の底から響くような号令が無線を通じて響いた。トレス海峡は二二世紀も変わらず、浅瀬や岩礁の多い航海の難所である。二一〇八年現在、船舶が座礁したとしてもある程度の対処ができるようになってはいたが、岩礁を破壊しなくてはならないケースもあり、座礁を回避することが大原則なのは当然だった。テレーズの迫力は、艦隊にかすかに流れる不協和音を、わずかにマスキングする効果はあるようだった。
「ポートモレスビーにおいて停泊、一部物資搬入ののち、ブリスベンまで全速力! いいね!」
『元帥の次に偉いファイアストン准将』の初の任務は、その最初は穏やかなものだった。
◇
レンレンが案内してくれた廃デパートは、塗装が剥がれ落ち、エントランスは無造作なトタンで覆われ、およそ好き好んで人が近寄るような場所には見えなかった。第四次世界戦争後しばらくは市内に浮浪者の姿が見られたが、戦後の復興と経済の好調、そしてフェンリルが浮浪者を一斉に構成員として取り込んだ事により、街の治安は比較的良好だった。
トタンの陰からリネットがホバーバイクを乗り入れると、かつては賑わっていたのであろうエントランスホールの奥に、レンレンの乗っている辛子色の丸っぽいホバービークルが停まっていた。中は外の幽霊屋敷のような外観からすると案外きれいだった。
「適当に停めておけ。盗まれる心配なんかない」
レンレンの甲高い声が、伽藍洞のようなホールに響く。エリコは、足元に転がっている什器類をよけて歩いた。
「寝泊まりって、いったいどこで寝泊まりしてるんだ」
「来い」
愛想、という概念から百光年くらい遠ざかっているらしいレンレンは、底の硬いパンプスの音を響かせて、円形の階段を上がっていった。だんだん、服装が女の子っぽくなっているようにエリコには思えた。
レンレンは、四階の西側にある階段わきの休憩スペースを寝床にしていた。比較的きれいなソファーが置きっぱなしになっている。
「ここはエントランスからの音がよく響くからな。仮に侵入者があったとしても、即座に対応できる」
「視点が完全にテロリストなんだよ、お前は」
「お前たちだって、やってる事はテロリストみたいなもんだろうが」
そう言われると、ぐうの音も出ないエリコとリネットではある。
「リネット、反対側の通路に、託児コーナーだったスペースがある。あそこなら床もカーペットだし、くつろげるんじゃないか。エリコは適当にどこか探せばいいだろう」
だいぶエリコとの扱いの差があったが、軍人のリネットも結局のところ、考え方はレンレンと大差なかった。リネットが選んだのは、高い腰壁が立ち上がった螺旋階段の踊り場だった。三日月型の白いソファーのホコリをはらうと、リネットはブラスターを構えて陣取った。
「ここからなら、全方位の敵に対処できる」
「戦争する気満々じゃないか」
呆れるエリコが結局、託児コーナーのカーペットを寝床にする事になった。結局自分たちは高級ホテルなんかより、廃墟でブラスターを手に仮眠を取るのが性に合っているのだろうか、とエリコは思う。いちおう一階の水道だけは生きており、レンレンが自腹でモグリの業者を入れて、トイレだけはきれいに使えるようになっていた。このへんは『女の子』なんだよな、とエリコは首を傾げた。
その夜は昔ながらの固形燃料で沸かしたお湯で、レンレンがコーヒーを淹れてくれた。誰一人寄り付かない廃墟で、携行食料をかじって三人で取り留めのない雑談に花を咲かせるのは、妙に心が温まるひとときだった。




