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桃太郎

 桃太郎は真面目な男だった。力は強いが性根はおっとりとしていて、人にも動物にもやさしく、草花を愛する純なこころをもっていた。

 桃太郎の飼犬であるケンはそんな飼い主を見ながらいつも歯がゆく感じていた。

「桃太郎さま、このところ中島の海賊どもが中継貿易でえらくもうけているようですよ。十年ほど前は汚い砦がいくつかあるぐらいだったのが、いまでは村が発展してシンガポールみたいになってるってうわさです。でも贅沢の味を知った住民どもはただの腑抜にちがいない。もともとあそこはうちら一族のシマだったはずじゃありませんか。ここはひとつ鬼退治としゃれて、懲らしめついでにがっぽりともうけようじゃありませんか」

「ケンや、そんな、乱暴なことを言ってはいけないよ。あの者たちにも家族がいるのだから」

「またそんな、甘いことを言って。それじゃあアッシはどうなるのです? 生まれてすぐにブリーダーに親から引き離されて、誰の愛情も受けず、糞尿にまみれて死にかけていたところを助けられ、しかも保護施設に移ってからも誰も引き取り手がなくて、三年も待ってからようやく引き取られたのですよ。まったく桃太郎さまときたら、抽象的な理想論ばかりで現実の民の生活というものをご存知ないからなあ。大人は皆殺し、子どもたちは奴隷にしてこき使ってやればいいんですよ」

 明くる日、桃太郎とケン、雉のチョウスケ、猿のエンジロウは小舟に乗り込み中島へと向かった。舟を波止場のよこっちょにとめて陸に上がると、彼らはその辺りをうろつきながら偵察した。それは鬼たちが住む普通の村で、五つほどの通りにそって家が立ち並び、ちょっとした町に発展しつつあったがシンガポールほどではなかった。町をはしからはしまで歩き、町外れの海に面した道にまでやってきたとき、一軒の民宿の入り口のベンチに鬼のお婆さんが腰を掛け、放心したように海をみつめていた。桃太郎はなんとなくその姿に惹かれ、観光客のふりをしてその民宿に一泊することにした。部屋にはこたつが出してあり、そこに一人と三匹で四方から入って温まっていると、緑色をしたかわいらしい子鬼がお茶を出してくれた。しばらしくて、子鬼がもどってきて煮干しをのせた小皿をケンに出してくれた。ケンはおやつをもらえたうれしさにすっかりただの犬にもどって煮干しを三くちで平らげると、奥で働いていた子鬼に向けて熱い萌えの視線を送った。

「奴隷にしてこき使うのではなかったのか」と桃太郎。

「てへへ。かわいさには勝てませんや。まったく、美というのはとんでもなく理不尽な暴力ですなあ」

「おまえはむしろ煮干しに釣られたのだろう。しかし、まさかたった三くちの煮干しで主人を変えようというんじゃないだろうね」

「さすがのアッシもそこまで恩知らずじゃありません。でも、このままずっとこの島にいると、そこんところがどうなるか分からねえような気がします。桃太郎さま、はやく家に帰りましょうよ」

「うん、そうだな。やっぱり家が一番だ」

 翌日、彼らは鬼のお婆さんに別れをつげ、波止場の前のみやげやで大量のお土産を買った。桃太郎はその店で色とりどりの鬼たちが仲良く温泉に入っている絵葉書を買った。そしてそこに

  世界が愛でみちあふれますように ピース❤

 と書いて郵便局から自分の家へ出すと、小舟で家に帰った。そのときの絵葉書はいまでも桃太郎の家の居間に飾ってある。

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