9 実行委員長
第三会議室は、既に多くの人で埋め尽くされていた。3Aと示されている席に着向かうと、隣の席には既に3Bの佐々木とその友人の鴨川がおり、薫に手を振った。鴨川の威圧するような姿勢のせいか、心なしか周囲の空気が固い。
ホワイトボードの前には、5人の至極真面目そうな生徒会執行部らしい面々が並ぶ。らしい、と言うのも、この学校の生徒会執行部は圧倒的な存在感の無さを誇り、彼らの顔を覚えている者など皆無に近いからだ。
時間がくると、眼鏡の背の高い二年生の男が立ち上がる。神経質そうな面に対してその体つきは豪勢だった。外見を裏切らない低めの声で挨拶を始めたが、その大半を聞き流す。聞き流されることが前提の挨拶に耳を傾ける必要はない。
「……で、皆さん実行委員には、ほぼ全ての運営をお任せしたいと思います。我々は、先生方と共に、大会に纏わる学校としての仕事に関ります」
つまり、実行委員に丸投げ、ということだ。それは大体の生徒が理解していることなので声はあがらない。
他の行事にしてもそうだ。文化祭でも、巨大な文化祭実行委員を編成して、文化祭実行委員執行部が派手に取り仕切り、生徒会は姿を消す。
「何をしているか分からない」。それが生徒に共通の生徒会への認識だった。それ故、生徒会はただの点数稼ぎであるという意識しか持ちえなく、選挙も淡々としたものだ。
実際、生徒会執行部の面々は優秀な大学の推薦を持ち去るのが常だった。
ぼんやりしてるうちに、実行委員長が決められている。
二年生が立候補して収まった。それが、いかにも皆を率いて歩きそうな生徒だった。聞くところによると、先日の文化祭でも、執行部の中枢で活躍していたそうだ。
そういう人間は、いるものだ。祭りごとは黙って見ていられず、作るのが好きな人種が。彼は間違いなくそういった人種だった。彼らの持て余しがちの情熱は、時として薫のようなごく普通の生徒と軋轢を生じさせる。
彼が挙手した途端に方々から拍手が上がったため、この学校の有名人なのだと分かる。薫は、自分と正反対のその少年の背を遠目に見た。
挨拶のために彼は立ち上がった。
こちらに面を向けたので、じっくりと観察する機会を得た。人工的なパーマをかけた黒髪はひどく目立つ。背は随分低い。猫のようにつんとした顔をしている。
彼に対する印象をまとめあげようとしたその時。
ばちり、と決まりが悪くなるほどはっきりと彼と目が合った。すると、猫のような彼は子犬のようにコロっと笑うので、思わずたじろぐ。
「こんにちは! 俺、……違った。私、藤堂昌平って言います! 委員長なんて立候補しちゃったけど、まだまだなんで、サポートよろしくお願いします! 一緒に球技大会を成功させて、一高生みんなが興奮するような一日にしましょう!」
と、お決まりの挨拶をするが、「可愛い」と女生徒の野次が飛ぶ。
「……そして、三年生の先輩方にとっては、高校生活最後の行事になります。楽しい思い出を作ってもらいたいです!」
また、藤堂の目は薫を捉える。余りにまっすぐなので、俯くことしか自分のとるべき反応がない。自分の舅じみた視線が気付かれたのだろうか、と後ろめたい気分だ。
「当日まであと僅か一ヶ月ですが、頑張りましょう!」
それが、彼の挨拶の締めだった。拍手は大きくなった。
続いて、実行委員の部署分けが行われた。ここからはクラス関係なく個人で配属される。
なるたけ地味で暇そうな部署を希望したかったが、佐々木がそうさせない。
「おい、藤堂! まさか、勉強で忙し〜い三年生には優先して選ばせてくれるよな!」
ろくに勉強していない佐々木が言うのだから呆れる。
「勿論です。例年そうですから」
「じゃぁ、執行部には3Aの真野薫と3Bの佐々木を入れておけ!」
実行委員長の藤堂は勿論、執行部の部長だ。
組織としては、大枠の「球技大会実行委員会」があり、その中枢が藤堂率いる「球技大会実行委員執行部」で、その下部機関として「各部署」がある。
またもや勝手に佐々木に進められてしまったが、ここで引き下がるわけにはいかない。わざわざ執行部なんて面倒くさい中枢の仕事などは御免だ。
「ふざけんな。俺はやだからな!」
声を荒げる薫の肩に手を掛けると、悪巧みの声で囁くのだ。
「まぁ、まて、考えようだぜ? 確かに執行部は面倒くさぁい。でも、他の部署みたいにハッキリ決められた仕事も無い。当日は、『特等席』でインカム持って悠々と指示飛ばすだけ。その上、執行部には優秀な連中が揃うはずだ。二人分のお荷物くらい運んでくれちゃうくらいのな……?」
さぼろうぜ、と口を動かす。魅力的な条件をチラつかされて、目が泳ぐ。
「……じゃあお前は何のために実行委員になったんだよ」
「……うるせーな。じゃんけんで負けたんだよ」
お前もか、と思うと力が抜けた。あの3Bの盛り上がりはなんだったんだ、と思いながら佐々木の悪魔の囁きにひれ伏した。
藤堂は、例の笑顔で「喜んで」と言った。彼は小さい手を差し出して薫らに握手を求めてきた。
「宜しくお願いします。真野薫先輩!」
自分の名前を彼が知っていることには、特に疑問を差し挟まなかった。へらりと笑って、彼の手を握り返した。
◇
会が解散した後、佐々木と薫はともに帰路につく。佐々木はぼそりと呟いた。
「あの藤堂って奴、気にくわねえな。生意気」
まったく同じ印象を抱えていた。佐々木と同じ思考回路だったのが不本意なので、気楽な振りしてさらりとかわすことを選んだ。
「だからって、揉めるなよ」
と、忠告してももめないはずがない。