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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第三部
88/92

88 鉢合わせ

 横田よりも先に近寄ってきたのは、三宮の方だ。薫も、川に寄った場所からロータリーに上がる。

 

「あっれー? どっかで見たことあると思ったら。イッセーの子猫ちゃんじゃないの」


 子猫ちゃん、などと、今時誰も使わないような表現をする。おそらく、馬鹿にしているのだ。


「薫! 何でここに?」


 横田は至極まっとうな疑問を投げて寄越した。


「何でって……旅行だろ。アンタこそ何で、」


 三宮は勝ち誇った顔で上半身を倒し、睨みあげてくる。


「帰省という名のデートだよ。デート。妬ける?」

「ああ、気にすんなよ。コイツの実家に顔出してきただけだ」


 横田は真顔でさらりと三宮の冗談を流しながら、一歩踏み込んでくる。


「解ってるよ……。お前らが兄弟じゃないことも、デートでもないことも」

「つまんねーの。せっかく前みたく焦らせたろ思ったのに、」


 三宮は口を尖らせて、不満をこぼす。横田は我が我がとしゃべくる三宮を押しやって、からだを割り込ませた。


「薫、お前いつ帰るんだ?」

「今日の三時」

「今日か」


 三宮は腕時計を確かめた。もまだ十一時だ。まだまだ焦るような時間じゃない。そもそも自由席なので、実のところ、時間は気にしなくても良いのだ。


「なあ。じゃあ丁度いい。その間デートしようぜ、」


 横田の順応の早さには驚かされる。オマケに、けっこう強引だ。薫のほうは、旅先で狙い澄ましたようにかち合わせた事態にいまだひどくたじろいでいるのだが。 

 横田は「いいだろ?」と許可を得るように三宮を振り返る。彼はしぶしぶといった調子で頷いた。

 三宮の許可を得ると、今度は薫に向いた。

 薫は頷く。


「決まり」と、横田は笑った。三宮は不服そうにぶつぶつ呟いていたが、恋人同士に対する配慮は捨てきっていないようだった。意外と、彼は立場をわきまえる種類の人間らしい。

 その点、佐々木は一切の配慮がない。


「おーい! 薫ちゃん!」


 と、こんな調子で大声をあげて、遠くからでも自分を呼ぶのだ。それがどんな状況であろうと。

 ――そう。この呼び声は幻聴ではない。まごうことなき佐々木のものだ。

 振り返ると、大手をふりふり走ってくる彼の姿があった。あああ、なんか厭な予感がする、と思ったときにはもう遅い。数メートル手前から彼は速度を増してきた。急ブレーキをかけるように止まり、薫の肩をムンズを掴む。


「薫ちゃん! 誰だそれ! カツアゲ? ナンパ?」

「違うし……。いいから落ち着けよ、」


 佐々木の手を外しながら、おそるおそる横田と三宮を横目で見ると。横田はニヤニヤと笑っているし、三宮は品定めするように、ゆるい拳を口元に当てている。


「……ふむ。俺の好みですね。生意気そうな面といい体なのがポイント高し。どっちかと言うと、抱かれたいかな、」


 横田はすかさず、小声で「品評」を行う三宮を肘で付く。佐々木は、番犬のように疑い深い目で横田と三宮を睨んだ。


「お前ら、薫ちゃんの何? なにゴニョゴニョ言ってるんだ?」


 三宮は、にこやかに一歩踏み出した。


「初めまして。俺は、そこの薫君とは、一度だけ顔を合わせただけの赤の他人です。彼のことはいいから、君のことが知りたいな、」

「何言ってんの、お前」


 鈍感な佐々木は、自分に向けらた好意が理解できないらしい。眉根を寄せて、胡散臭そうに彼を見据えた。


「つまり、こういうこと」


 三宮は佐々木の腕を胸に抱くと、ぶら下がる要領でぐっと体重をかける。たまらず、佐々木は突っかけるような形で三宮に引き寄せられた。引っ張る、という単純な動きだけでは、自分よりも筋肉のある佐々木を動かせないとふんでのことだ。

 三宮は、思いつきで悪事をはたらく。

 佐々木のからだの傾きを利用して、「あ」と驚く間も無く華麗に佐々木の唇を奪ってみせた。驚いた佐々木は口を開いてしまったのだろう、三宮は、ここぞとばかりに深く彼に侵入する。それがために、三宮が顔の角度を変えたのが、生々しく目に映る。

 腹立たしげに佐々木が呻くのを聞いて、薫は思わず顔を赤くして目を背けた。少しばかりの欲情と、そして、薄ら寒い嫉妬。粘り気のある水音までも聞こえてきそうで、思わず耳を塞ぎたくなる。

 しかし、聞こえてきたのは鈍い、肉が打たれる音だ。少し遅れて、「ったぁー……」という、満足げな三宮の声。

 ぺっとつばをはき捨てる佐々木。ぐいと乱暴に口元を拭うのは、薫にとっては見慣れている仕草だ。


「気色わりいんだよ!」

「マジ? 普通ここで殴るかぁ?」


 彼は唇を舐めながらニヤニヤと笑う。


「この、クソ野郎!」


 佐々木は憤然として三宮に殴りかかった。薫は咄嗟に彼を羽交い絞めてどうにか留まらせた。横田もそれをしぶしぶ手伝う。彼としては、三宮が豪快に殴られる様を見たくもあったのだが。

 

「殴らせろ! 馬鹿にしやがって!」


 佐々木の怒りは収まらない。三宮は、檻の中の猛獣をからかうように、彼の顎の下に指を差し入れた。


「……なあ、坊や。ここは俺についてきたほうが賢明だと思うけど?」

「誰がお前なんかと……!」


 低い声で佐々木は唸る。


「だって、ホラ、なあ、」含み笑いをする。「……そこの二人は恋人同士だぜ? 野暮な騒ぎはおしまいにして、二人にしてやれよ」


 突如、佐々木の力は消えた。薫の腕の中の肉体が弛緩する。


「お前がまっとうな男だとしても、こういう関係があるってのは知ってるだろ? 察しろよ、鈍感」


 心底呆れた、という目元に、面白がっている口元が合わさった、悪魔の表情を浮かべる三宮。


「ああ、そうか……」


 佐々木は小さく呟いた。くるっと、笑顔で薫を振り返る。


「……なんだ、恋人と待ち合わせしてるんなら、そう言ってくれよ。わかってたら、俺、宇治までついてこなかったぜ?」


 佐々木は自嘲気味に頭をかいた。


「みんなには、薫ちゃんは後から帰るって伝えとくから、ゆっくりして来いよ」


 佐々木のしおらしい姿は見たくなかった。

 そうじゃない、偶然会ったんだ。と弁明しようとしたが、先に口を開いて喋ったのは三宮だ。佐々木の肩に腕を絡ませる。


「ふうん。物分りいい子でよかった。キミは大人しく俺と一緒に電車に乗ろうぜ?」


 薫の弁明を頑として受け入れなさそうな確固とした横顔の佐々木は、黙ったまま薫に背を向けた。

 

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