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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第三部
87/92

87 邂逅

「また乗換えかよ!」


 列車を降りることを伝えると、不機嫌面の佐々木は文句をこぼす。勝手についてきて文句を言うのだから、手に負えない。

 無視しても良かったのだが、どうにか抑えて返事をする。


「違うって。着いたんだよ」


 結局、今日は一人にはならなかったのだ。

 宇治に行くと宣言した薫に、佐々木がついてくると言ってきかないのでしぶしぶ承知した。彼のことだ、このままでは川原でぼうっと数時間過ごしたいという薫の希望を叶えさせてくれるはずがない。先手を打たねばならない。


「あとは勝手にしろよ。俺は行きたいところがあるんだから、」


 そう言い捨ててみても、佐々木が平等院や源氏物語の舞台に興味があるはずがないことは解りきっている。


「つめてーなー」


 案の定、佐々木はぶつぶつ言いながらついてきている。

 駅から一歩出た途端、強烈な茶の香りが広がった。香ばしくて、切ない香りだ。しばし二人は、新鮮な衝撃に身を任せていた。


 先に我に返ったのは薫のほうだ。三千円を乱暴に彼のポケットにねじ込んだ。


「これで平等院のパンフレット的なもの買ってこい。それから、ベストポジションで十円ショットを撮って来い。更に余裕があれば、適当に茶葉を買って来い」


 胸元に指を突きつけて、まくし立てた。別段買う必要も無かったのだが、厄介払いをするためには仕事を与えねばならない。

 佐々木はあからさまに顔を顰めた。


「面倒くせ……」

「目的も無いのに勝手についてきたのはお前だろ。ちょっとは言う事きけよ」

「って、これパシリじゃねーか。なんで自分でいかねーんだよ。その間、薫ちゃんは何してるんだよ」


“きみを厄介払いしている間、ぼうーっと川を見てます。飽きたら団子でも食って茶でも飲みます。”とは言えそうにもなかった。


「……何でもいいだろ! とにかく、昼までには戻れよ。午後は皆川たちと合流して帰るからな。つか、迷うなよ!? 地図くらい読めるんだろうな?」


 彼の背中をぐいぐいと押しつつ、駅のロータリーから遠ざかる。ようやく諦めたように、佐々木は自分で歩き始めた。ガシガシと赤茶色の髪を揉む姿には、不満が燻っている。


「……解ったよ。薫ちゃんて、そうだよな。自分のことはまるではなさねーの」

「別に言う必要ないことだし、」

「俺が知りたいんだよ」


 佐々木はずんずんと歩き始めていた。薫との距離は広がっていく。

 薫は踵を返した。坂本竜馬がごとくずかずかと橋を渡っていく佐々木に背を向け、川のほとりの道へと降りていく。


 



 サヤカのアドバイスを思い出す。「迷うくらいなら、進め」だったか。


 その格言は、オールマイティーではないと気がついた。それは、あるものごとをやるべきかやらぬべきかで迷ったらやってみろ、という意味だったのだろう。あの時サヤカはきっと、「横田に飛び込むべきか否か」で迷っていた薫を押し出す意味で言ったのだ。しかし、多岐の場合、進もうにもまずは「選ぶ」と言う過程が入り込む。迷っているだけではダメなのは確かだ。選ばなければいけない。

 その、選ぶ過程から逃げるな、と言ったのが皆川だ。

 思えば、今まで自分は悩むことから逃げてきたように思う。自分の心を深く見つめることもせずに、割り切ることが出来る、冷静な判断が出来ると思い込んでたのだ。それは、全神経をかけて選び、それが失敗した際の落胆を恐れていたに過ぎない。

 例えこの先、大人になるにしたがって、合理的・効率的な判断をすべきだとしても、少なくとも今は違う気がした。

 熱っぽい悩みを抱えて、悪いことなど一つもない。大げさになろうが、深刻になろうが、構わない。

 




 薫は場所を移動しつつ駅に戻ってきた。駅のすぐ脇も座り込めるような土手になっていて、川の流れを見ていることができる。

 ロータリーに、一台の車が入ってくる。紺色の普通車だ。黒髪の男が後部座席から降り、白髪交じりの男が次いで運転席から出てきた。親子かな、と思う。はたまた助手席から、マットな金に似た髪色の男が滑り出した。その奇妙な明るい髪には見覚えがあった。そうして関連付けられると、黒髪の男が、俄然、横田に見えてくる。(事実、現れたのは横田と三宮、その父だった)

 こっそり、耳をそばだてた。


「……ほな、また」

「ええ。お世話になりました」

 

 やはり、横田の声だ。

 驚きと混乱で声をあげて振り返りそうになったが、辛うじて留めていた。

 父親らしき人物が、何か細々と話している。


「親父ええからはよ戻りぃや! 今生の別れやないし、」

 

 これは、三宮京の声らしい。実家に帰ったせいで、訛りが戻っているようだ。


「そう邪険にすんなって……」


 横田の宥める声が聞こえてくる。こうして聞いていると、彼らは本当に兄弟のようだ。にもかかわらず、同じ屋根の下にいたころは、あってはならない交わりがあったのだろう。横田の複雑な事情を垣間見る気がした。

 やがて車が走り去る音が聞こえ、二人きりになったようだ。


「……帰りよったわ。ほんまうっといねん、親父」

「それはお前が可愛いからだろ。もうちょい色いい返事できねーのかよ」


 三宮は何も言わない。


「……京ちゃんまで俺と一緒に帰ることないのに。お前はもう少しゆっくりしていけよ」

「いやや。イッセーと一緒にかえんねん」


 カラカラと軽いカートの音が聞こえる。歩き始めたのだろう。

 男のクセにキャリーケースなんて、と妙に興ざめしながら、薫は立ち上がった。ずっと隠れている法はない。


「よお、」


 二人は立ち止まり、声のした川原の方を向いた。そこには、しりの汚れをパンパンと叩き落とす薫がいるのだ。

 三宮の顔が歪み、人差し指を向けてきた。横田が驚きに目を見開いた。


「薫!? なんで!?」

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