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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第三部
85/92

85 終幕の序章

 

 世界は時に、あつらえたように物語の舞台を作る。短い間に世界は色を変える。

 いい方になのか、あるいは、間違いなのか。それは、死ぬ時にしか解らないだろう。

「彼」の母親は息を引き取る時、自分の歩んできた道を「間違いだ」と判定した。

 間違いだったと彼に語った。

 だからお前は間違えるなと教授した。

 その苦しみを、彼は拭えないでいる。

 判断基準がなんなのか、教えてもらうことは叶わなかった。

 だから彼は常に、楽しいことを選ぶ。

 楽な方、ではない。楽しい方、だ。







「あー! 着いた! 帰って来た!」


 川沿いの宇治駅に降り立ち、三宮京は伸びをした。故郷に着いた三宮は落ち着くのだろうが、横田にとっては宇治も京都もアウェイには違いない。


「茶ァ買ってくる!」

「もうすぐ家だろ。我慢しろよ、」


 駅には三宮の父親が迎えに来る予定だった。

 横田は昨日から、ぶっきらぼうな口調をあらためようとしない。いつも通りに喋ると三宮の喋り口と揃ってしまい、影法師がいるようで気に食わないからだ。


「ヤダ! 今飲みたいの!」


 聞き分けの無い駄々っ子のようにふくれっ面を見せる。色男がやってのけるのだから、思わず目を背けたくなる。小さめのスーツケースを傍においたまま、売店に駆け寄っていく。

 横田はそのはしゃぎ様を、ため息をつきながら見やる。三宮と違って、横田は日をまたぐ外出だろうと身軽だった。彼の荷物は鞄一つだ。ほんとうなら泊まらずに帰りたかったのだが、三宮の祖母の好子(よしこ)に「泊まれ」と命令された。


「これこれ、この茶がええねん」


 見慣れない銘柄の茶を頬に摺り寄せるようにして戻ってくる、元おとうと。


「京ちゃんさあ、いつも出先で飲み物買ってばかりだから金がないって騒ぐんだよ。そういう細かいところから締めろよな」

「ムリムリ。長年染み付いたくせはなおんねーの」

「……はは。反省の色なくて腹立つ」


 乾いた笑い声を上げたところで、ロータリーに紺色の車が入ってくる。三宮は、まさに子供らしい様子で走り出す。三宮家はたいがい親馬鹿だったが、こどものほうでも甘えたがりだ。その「子ども」はスーツケースは置きっ放にしてしまっている。運ぶのは横田の役目らしい。

 面倒なのと腹立たしさで、わざとゆっくり進んでいく。

 運転席から人が降りる。もう白髪の混じる初老の男だ。それが三宮京の父、横田の元義父でもある、三宮義治だ。彼は後部タイヤの脇に立ち、トランクを全開にする。(京はとうに助手席に収まって携帯電話に夢中だ。)


「……久しぶりですね、かずくん」


 義治は柔和な笑みで横田に声を掛ける。敬語。忌々しくて歯軋りがしたくなる。


「お久しぶりです、……義治さん」


 彼はチラと、三宮のスーツケースを見下ろして苦笑する。


「それは京のでしょう? ……相変わらず、荷物が多い男ですね。そういうところこそ、かずくんを見習って欲しいものですね」


 早速飛び出た嫌味だ。でも、気にするほどでもない。


「京は身だしなみに気を払いますからね、きちんと。だから荷物が多いんでしょう」

「あの子はそういう余計なことばかりに気を使うから、いけないんですよ」


 全くですよ。と言う代わりに、適当に微笑んでおいた。


「乗ってください」


 彼はスーツケースを奪うように手にすると、横田の背中を押す。

 スーツケースは今、京の在りようそのものだ。

 横田自身は彼に執着はないし、持たされたくもない。持たないような生き方をしてきたつもりだ。一方的に懐かれているだけだ。それを説明したところで義治は理解しないし、京も自分を追うことをやめない。

 それでも、恐らくこの男と顔を合わせるのは最後だ。

 もう二度と戻って来ないと決めて、彼はここに立っていた。





 一方薫たちは、横田らに一足遅れて京都市内に着いた。

 チェック・インまでを適当に団体行動で過ごし、その後は男子揃って夕食に出かける。薫の危惧したとおり、大仰な観光地まで足を向けたものの、さして見たいものなど無かった。

 夕飯も小野山市にもあるチェーン店で済ませてしまう。飯に金はかけていられない、それが多数派だ。薫自身もそうだ。明日になってから、ようやく自由行動になりそうだ。

 こんな時まで個人行動を取ろうとする自分に呆れたものの、見たいのは、あの宇治川の風景だった。




「薫、」


 食後、彼らは鴨川のほとりで涼んでいた。涼む、というにはいささかやんちゃすぎる光景が広がっていたのだが。それを静かに見つめていた薫に話しかけたのは、おせっかい男の皆川だった。

 薫は頬を赤くして「なんだよ」とつっぱねると、地面に目を落とす。


「そう邪険にするなよ」


 皆川は苦笑する。


「邪険にしてるんじゃない。照れてるんだよ」

「気にするなよ。第一、俺が気にしてないんだから」


 意味が解らなくなって、隣に腰を下ろした皆川を見る。


「……まあ、確かに、俺、出すぎたみたいだな。好きにしろよ。何選んでも結局は後悔するし、その一方で正しかったって思うんだよ」

「矛盾してないか」

「矛盾してないことなんて、この世にあるもんか」

「そりゃ、あるだろ……。詩的な言い方をするのはやめろよ。俺は抽象的に考えるのは苦手なんだよ」

「そうだな」


 皆川はうすぼんやりと笑っている。橋のすぐ下にいるせいか、頭上の照明のライトが降り注ぐ。


「……ようは、その後の心の持ちようだ。俺だって本当は、行きたい大学は他にあった。でも、今選んだ先で出来ることは何かって考えてるんだ。同じことだろう?」

「……ああ、同じだ、同じだよ」


 川べりは賑やかだった。賑やかなのに、いまひとつ自分は馴染んでいない。この感じは、常々抱いている。どんなに馬鹿騒ぎをしようと、自分の外部を「だから何?」と見つめている冷たい視線が存在する。半ば熱病に近かった勉強が終わってしまったこともあり、その感覚は鮮明になる。空しいのだ。

 

 その冷たい視線が途切れる時がある。

「彼」は言った。楽しむことがモットーだと。 

 違うだろう、楽しませることがモットーなのだろう? そう言ってやりたいほど、彼の傍は心地良い。いや、おそらく彼は他人を楽しませようとなど思っていない。生きることを楽しもうとする彼自身の発する正の雰囲気が、こちらの気分よくさせてくれるのだ。

 彼によって。そう、彼によって。





 薫は先日、国公立大学の後期日程試験を受けてきた。というのも、三者面談の翌日、彼は意見をひっくり返したのだ。後期日程試験は、小野山大学で受けると教師に伝えた。担任の福本は、ほっとした笑顔と共に薫の肩を叩いた。


「きっと、受かるぞ」


 選択肢は、実に二つあった。

 東京か、小野山か。

 横田か、佐々木か。


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