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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第三部
75/92

75 センター試験 その2

「で。どーだったよ、試験。感触は?」


 後部座席に並んで座る佐々木と薫は、早速試験の話題に戻っていく。しかし、佐々木の問いに対して、薫は顔を青くして頭を振った。


「それは禁句だろ……」

「えー? いいだろ、もう終わったし。どうせ明日は学校で採点だしな」


 教師たちは、「二日間とも、試験が全て終わるまでは採点するな」と口をすっぱくして言う。中には、一日目の晩のうちにネット上に浮かびだす解答を参考に、その日の分のものを採点してしまう者もいる。第一高校の教師たちがそれを禁止するのも、ミスに落ち込んで二日目の試験にひびかないように、という単純な理由からだ。だが、言われなくとも、センター試験に全てをかけた薫には恐ろしくて出来なかった。

 どのみち、明日には学校に点数を報告しなければならない。最後まで生徒のサポートを果たそうとするのが学校というものだ。


「……いや」薫は向き直って真面目な顔をする。「ホントはどれくらい出来たかはわかってる。あれだけ勉強したもんな、」


 それは、同意を求めるような言い方だった。佐々木は、目尻を緩ませて頷く。

 合格する人間が、既に合格の感触を掴んでいるのと同様、努力しただけの見返りをつかめたような気がする。無論、いくらかのミスも迷いもある。それでも、自分の実力相応のものは出せたと自負していた。

 薫は身を乗り出して、父親の顔の横に右手を伸ばした。


「親父。俊の家は団地の方だから。あの交差点で右な!」

「了解」


 父親は、慣れた手つきでウィンカーに触れる。





 佐々木の家の前で車は静かに止まり、佐々木と薫は、一緒に車を降りた。薫は車に寄りかかって、二階の南側の窓を眺めた。あれは佐々木の部屋だ。

 佐々木家は、田舎では珍しくない普通の庭付きの一軒家で、手入れの行き届いたこぎれいな様子だ。そのせいか、彼が「貧乏」であるとは微塵も想像しなかった。

 

「俺は、一人部屋。でも、弟たちは違うんだよな」


 薫の視線に気付いた佐々木が、ぼそりと呟く。


「まあ、俊は長男だしな、」

「俺が『東京さ行ぐだ』って言ったら、手ェ叩いて喜んでやがんの。兄貴の部屋が使える、ってな。憎たらしいだろ!?」

「でも、ここに残るんだろ?」

「ああ。そう言ったら、大喧嘩だ。『兄貴なんて出てけ』って言われたからぶん殴った」

「カワイソ」

「俺が殴らなかったら、他に殴るやつがいねえし」

「……別に暴力じゃなくてもいいだろ」

「兄弟ってのは殴り合ってわかりあうもんなんだよ!」

「……そういうもんか?」


 何と言っていいかわからない。さしたる苦悩もなく、兄弟との「生存競争」もなく過ごしてきた自分には、佐々木や横田に対する共感や賞賛の言葉を持たない。(横田の環境はほとんど知らないが。兄弟がいることを知ったのもつい最近だ)

 彼らのいる場所が、苦しい環境だとも限らない。考えすぎなのかもしれない。考えナシなのかもしれない。結局、上手い言葉を返せずじまいだ。

 佐々木は鞄をしょいなおすと、靴の爪先を地面にこすり付けている。


「……もう学校もねえな」

「センターも終わったし」

 

 彼は夜空を見上げて白い息を吐く。寒さで鼻の頭がキリキリと痛んでくる。


「あーあ。卒業って厭だ。……俺はずっと高校生でいてえな」

 

 この言葉には、彼なりに深い意味があってのことだ。しかし、時間はそれを許さない。


「女々しいこと言うなよ」


 薫は佐々木の靴を蹴りつける。珍しく、彼はローファーだった。思えば、鞄もスポーツバックでなくて学生鞄だ。制服の着こなしも心なしか、大人しい。何より、胸元から覘く紺のセーターが生真面目で可笑しかった。いつものキャメル色のセーターはクリーニング中だろうか?

 

「薫ちゃんのさ、そういう気ィ強いところが好きだぜ?」


 一転、佐々木はニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべると薫の肩に手を回した。指先がパタパタと外套の上を走る。


「お前はイヤラシイんだよ! 触り方が鴨川とか皆川のときと違う!」

「だってあいつらは『女』じゃねーもん」

「俺だって女じゃねーよ!」


 何の了解もなしに、佐々木は薫の耳に舌を走らせたので反射的に体が縮み上がる。


「やめろよバカ! 男にこんなことされてる様を親父に見られたら恥ずかしい!」咄嗟に、小声で叱り付ける。

「ダイジョウブだよ。光一さん、テレビに夢中だし」


 佐々木の親指の先には、車内でテレビを観賞している父がいる。冷静でせっかちでないところが父親の長所だが、能天気が過ぎる。

 薫の顎をとらえ、向きをかえさせる。佐々木の意図が読み取れる。なので、咄嗟に自分の口を手で覆った。


「……なんだよ、その手。邪魔だ」

「キス『も』駄目だ」

「何でだよ。光一さんからは見えないって、」


 佐々木は睨む。彼のこの傍若無人そうな目つきはいつ振りだろうか。最近は妙に優しいものしか見ていなかったから、酷く懐かしい。


「そうじゃない。俺には、恋人がいるから駄目だッて言ってるんだ」

「こ……恋人ぉ!?」


 今度はいきなり大きな声だ。耳を塞ぎ損ねた。それに呼応するように、佐々木の部屋の窓が開いて、黒い頭がにゅっと突き出された。


「おい! うるっせーよクソ俊! 近所メーワクだからさっさと入って来い、このタコ!」


 ピシャン! と音がしそうなほど乱暴に窓は閉じられた。弾みでガラスが落ちてきても驚かなかっただろう。


「あんのガキ……! 勝手に俺の部屋に……!」

 

 佐々木は、困った顔で上方と薫とを交互に見比べ、どちらを追求すべきか迷って焦っている。この場には相応しくないが、薫は大笑いしたいほどの和やかな気分に包まれた。


「……弟?」

「あ、ああ。小野山商業高校の一年だよ。……次男……」

「……似てる。ソックリ……」とうとう笑い出してしまった。

「薫ちゃん! 笑うってどういうこと!? なあ、それよりどういうことだよ、恋人って!」

「わ……悪い。俺……帰るな。二次試験、頑張れよ!」


 薫は転がり込むように後部座席に飛び込んだ。光一はテレビを消して、窓から佐々木に手を振った。佐々木は呆然とした表情のまま、惰性で首を動かした。

 光一は頭を引っ込めると、車を発進させ、バックミラー越しに薫をとらえた。 


「……どうしたんだ、佐々木くん。変な顔になってたけど」


 薫は体を後部座席に沈みこませた。もう笑みはない。 


「……知らない」

 

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