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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第三部
73/92

73 義兄弟

 結局、鍋は三人で囲む運びとなった。その後も宣言通り、男が帰宅する気配は無い。

 薫が風呂に向かったので、居間は男と横田だけになる。


「あの子が、前言ってた片思いの相手か」

「あ・た・り」一文字一文字を区切って発音した横田は、みかんに手を伸ばす。「でも、片思い『だった』子な。今は恋人同士だ。つまり、今晩は『初夜』だ。頼むから、無粋な真似すんなよ」


 要するに、「さっさと帰れ」ということらしい。


「ヤダ。寒いし、帰るの面倒くさい」


 炬燵の台に顎を乗せて男は文句を垂れる。白い目で見下ろす横田は、諦めたように息をついた。


「勝手にすれば? 喘ぎ声が聞こえてきても、文句言うなよ」

「あの子は、俺が居たらヤらないって。そういう子だよ。つまんねえな。三人で出来そうもねえし」

 

 炬燵の中で横田は男の足を蹴る。


「お前、最悪。昔ッからそうだ。俺の邪魔ばっかりする」

「イッセーに言われたくねえよ。強引で、自分勝手。他人をどうこう出来ると思っているところとか、頭くる。あの子だって、無理矢理モノにしたに決まってる」


 横田は確かに顔を曇らせた。しかし、その表情は一瞬で消える。


「『自分勝手』って言われてもさあ、京がだらしねーから俺が面倒見てやってるだけ。この前のプレゼンも結局、俺が仕上げたようなもんだ」


 彼は手の内のみかんを食べるでもなく、その肌を撫でていた。

 しばらく、二人は沈黙していた。小さな流水音が時たま聞こえてきて、その空間を埋めていった。

 男はライターを取り出すと、煙草を吸い始めた。本の山で狭くなった八畳間は、煙草の匂いに埋め尽くされる。微かなインド香の香りは、一瞬で殺される。


「……仕方ないねー、京ちゃんは! 俺は此処で寝るから。薫は客間で、京は俺のベッド。よろしい?」

「ああ」男は全く悪びれないし、遠慮もしない。

「ただし、薫を襲ったら殺すよ? お前リバだから心配なんですけど、」

「あ、釘刺しちゃう? お前が寝てる間に、あの子のを搾り取ってやろうと思ってたんだけどなあ、」


 ニヤニヤと笑う男に対して、横田は高踏的にくすりと笑う。それを見た男は途端にむっとした表情になる。素早い変化だった。


「だから京ちゃんは憎めないんだよ。本当に俺を苦しませたかったら、黙って薫をつまみ食いするのが筋だろ。……おわかり?」


 男は憤然とした面持ちで横田の握っていたみかんを奪取する。思い切りその皮をめくり、飛まつを横田の顔に浴びせかけた。

 その一滴は、まともに彼の目に飛び込んだようだ。横田は七転八倒して床でのたうつ。


「何すんだよこの、バカ宮!」

「バカ宮じゃねえ。三宮(さんのみや)だ」奪取したみかんを食べ始めた「……自分の昔の苗字も忘れたのかよ」

「まさか。……今は『横田』だろ、その前は『三宮』、そのまた前は『雨谷(あまがい)』。生まれた時は多分、『石川』。母ちゃん、婚姻と離婚の度に俺の戸籍もどうにかしてたから、全部揃えようと思ったらきっとエライことになるぜ。……まあ、とにかく、ホラな、忘れてないだろ?」と、指折り挙げる。

「そういう話じゃねえだろ……」

「そういう話だろ?」横田は目を擦りながら炬燵から這い出る。「さて、と。ワガママ王子、『三の宮』のお着替えを用意しますねェ」


 ふん、と鼻息を漏らし、男はそっぽを向いた。彼にとっては、どこと無くうきうきしている横田の背中が憎たらしかった。




 入れ違いで、タオルを頭から被った薫が風呂から戻ってきた。頬が上気してピンクに染まっている。タオルから覘く髪も濡れたままで、酷く艶々している。浴衣は、内に在る薫の体を逆に生々しく現前させる。


「あ、お先いただきました」


 こちらを窺うような目で、薫は頭を下げた。男は、薫が自分を不審に思っているのをひしひしと感じる。それが面白くて仕方ない。入り口に突っ立ったままの薫に、男はにっこり笑って受け答える。


「あ、どうもどうも。次、俺も入るわ」

「はあ……、」


 よっこらせ、と席を立つ。


「邪魔者が一瞬消えるからって、するなよ?」


 すれ違いざまに、男は薫の胸を親指でぐりっと押していく。まるで廊下の電気のスイッチを押すようなような気軽さで。「う、わ!」と、薫は短く驚嘆の声をあげる。電流が走ったかのような勢いで肩を縮めた。


「……何なんだよ、あんた」

「俺?」振り向くと、浴衣の胸元を掴んで頬を赤くして睨んでいた。その純な反応は上々の収穫だ。「俺はイッセーの義弟(オトウト)の、(けい)

「弟……」


「義弟」も「弟」も、「おとうと」としか聞こえない。「元」義弟で血もつながらない赤の他人だ、という説明を省いている。しかし、そこで薫は納得した安心顔を曝し始める。京は踵を返し、薫に向かう。


「何、」――突然だった。

 薫の口を手で塞ぎ、勢いのまま壁に押し付けた。頭が壁にぶつかる鈍い音がした。

 

「なんだよ、今の緩みきった顔は。俺は注意不要ってか?」


 下半身は大腿で押さえつける。押さえ込んだ男の手の中で、くぐもった呻きをあげる。男は空いている方の手を、無防備な下半身に伸ばす。薄い布越しに的確に刺激したらどうなるか。オマケに、ここまできたら直接触れるのも容易なことだ。浴衣を屈辱的なまでにゆっくりと割り開く。火照った内腿に、冷酷な手が走る。


「…………駄目?」


 しかし、冷え冷えとした手はゴムに手を掛ける。薫の肌は冷たさに粟立つ。危機に際した薫は、怒りの形相で呻きのボリュームを上げる。

 

「なんちゃって、」


 一転、コロッとした笑みを浮かべて男は「降参」のポーズで体を離す。薫は解放されたのだ。

 薫は怒りを通り越して恐怖の表情を浮かべる。震える腕で垂れた唾液を拭うと、緊張からか、喉がこくりと上下した。男は意地悪そうに目を細める。


「あっれー? 怖かった?」

「……殴っていいか? て言うか、殴られて当然だよな?」

「ヤだよ。ほんの遊びだろ」大げさに顔を顰めて首を振る。

「……お前ら、本当に兄弟だ。話し方も性格も、そっくりだ。変態なところまで、全部同じだ」

「それって嬉しくねえな」

「だって、褒めてないし」


 薫の反応に満足した京は再び体の向きを変えると、上機嫌に風呂場に向かう。

 

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