7 幼馴染の部屋
今でこそ佐々木が付きまとうが、薫は大概、学校では一人でいることが多い。友達がいないのではないが「親友」と呼べるほどの仲のよい友人は学校にいない。かつてはいた。
その彼の名は「浅野大地」、幼馴染だ。高校三年になる手前から彼は休みがちになってしまった。成績優秀な生徒だったが、不幸にも他人を蹴り落とすことをなんとも思わない人間たちに揉まれ、ついに限界を迎えたらしい。おまけに、高校生活では、薫にしか笑顔を見せないほどに人に慣れないのだった。
ひどく繊細であるが、それでも薫は穏やかな大地が好きだった。そんな大地に面会することは薫にとって、数少ない日々の癒しの一つだ。
「あら! カオちゃん! まぁまぁ、寒かったでしょ? ご飯食べていきなさいよ」
浅野大地の母は若い、という訳ではないが闊達で瑞々しい。高校の養護教諭を思い起こさせる。玄関で賑やかな笑顔とともに出迎える。
薫は丁寧に脱いだ靴をそろえて上がりこんだ。居間を勧められたが、まずは大地の部屋に行くのがいつもの流れだ。階段を登って二階の突き当たりの彼の部屋に向かう。
大概、ぼおっとしている大地はノックをしても返事をしない。故に勝手に入る。扉を開いた途端、体が固まった。低い位置にある大地と目が合う。
……沈黙。ののちに空気は再び動き出す。
「わぁっ! ば、……ばか!」
大地は慌てふためきながら走ってきて中途半端に開いた戸を閉めて薫を締め出した。薫は、言葉無く閉じたドアを穴が開くほど見つめた。
「…………ごめん」
数秒後、大地が真っ赤な顔をしてドアの隙間から顔を覗かせた。薫とは目線を合わせないで消え入るような声で言った。
「入ってて……」
入れ替わりに、彼は洗面所に向かった。
◇
直ぐに大地は帰ってくる。
「あの、悪かった。ノックしないで」
「ほんとだよ……カオはたまにデリカシー無いよね」
「ごめん……」
気まずい空気が流れる。
泳いだ目線は、電源の落とされているパソコンの大きなディスプレイに向かう。大地の部屋は常に綺麗に片付けられていて、他の友人らの部屋とは決定的に違う独特の雰囲気がある。それが何なのかいまいち解らないが、少なくともゲームや漫画本の類は無かった。休んでいる間は一体何をしているのか気になる。
隣で膝を折り畳んでクッションを抱いている幼馴染を盗み見た。そんな座り方をしていても、軽い体のせいでソファの沈みは小さい。すうっと伸びた目の縁は涼しくて、薫以上に長くて濃い睫毛は女のようだ。黒々とした髪が、いつも青白い彼の肌に良くあっていた。全体的にあっさりしているのに可愛らしい。
彼ら二人が校内で一緒にいると非常に目立った。そんな目線に大地が脅えていたのを薫は知っている。注目されることが大の苦手なのだ。
Tシャツから伸びる白い腕は飴細工のような脆さが感じられる。まるで、性の感じられない人形のようだった。
だから、そんな彼が慰めている場に出くわしたことは、少なからず薫にショックを与えた。
「あー……死にたい。恥ずかしい……、」
クッションに顔を埋めて呻いた。頭をぶんぶんと左右に振る。
「……生理現象だろ」
さすがに、「お前でもするんだな」なんてことは言えない。
「おれ、厭なんだよ、こういうコト」
「……誰だって好き好んでやってるわけじゃねーって、」
「違うんだよ、おれ、普段、しなくても平気なんだ」
「まぁ……納得だけど」
「こういう気分、気持ち悪くて。でも、今は、なんか変な感じなんだ。……カオは昔ッからサヤカさんと……その……あれだったけどさ、それが悪いって思ってるわけじゃないよ? 先週会ってきたんでしょ?」
「うん。振られた」
大地は弾かれたようにクッションから顔を上げた。
「何で!?」
「好きな奴できたんだって。……って、何でお前がそんな情けない顔するんだよ」
思わず吹き出した。大地は、ずず、と腰を滑らせてソファからずり下がる。
「そっかぁ……」
「二度と会えないわけじゃあるまいし。従姉だし、いくらでもまたココに来るぜ」
「いや、カオが可哀想だなぁ、と思って」
「まさか。何で」
「だって。世話してくれる人いないんでしょ、もう」
大地がずいと薫に近寄る。妙に色めいていて、薫の体をこわばらせる。
「別に、普通だろ、そんなの」
「いいや。カオにとっては普通じゃないよ。いつもサヤカさんに世話してもらってたんだから」
「放っておけよ、俺の事情なんて。……今日の大地はガラにも無く下品なこと言うなぁ」
「だから言ってるでしょ、……変なんだってば」
彼は、するするとソファを這って薫の膝元にまたがってしまう。
「……どういうつもりだよ。言っとくけど、俺、ヘテロだからな」
「うん、知ってる。おれもそうだよ、多分。……ね、昔やったみたいにしようよ」
「いつの話だよ! 蒸し返すなよ! あれはガキだったから何も解らないで、」
「お願い。おれ、今おかしいんだ。滅多なことしたから……、」
確かに、今更わたわたと慌てることでもない。大地は、薫にとって同性である以前に幼馴染で、幼い頃の様々な恥もともに経験している。
今の状況に嫌悪感を抱かない自分自身に呆れそうだった。大地の女のような容姿も原因の一つだが、根本的な責任は横田にある可能性も否定できない。
「……出してあげるよ」
「……そう言うお前こそ、して欲しいんだろーが。途中だったんだろ」
意外なほど固くなった大地を、薫の脚が感じ取っていた。目を細めて彼は可憐に微笑む。
「じゃぁ、一緒に。ね」
答えるより早く、薫は大地の細身のパンツに手を伸ばす。大地も負けじと薫の制服のスラックスを開放する。
普段は大人しい幼馴染の大胆さに、感動すら覚えそうだ。
幼馴染とこんな展開になったのは久々で驚いているのと同時に、当然の成り行きのような気もする。ハッキリしているのは、今後も二人の仲は変わらないということ。