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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
69/92

69 12月25日

12月25日の早朝。


 騒々しい音と共に、玄関が開かれた。二人の男女が声を落としもせずに話しながら入ってきた。足音はどたどたと廊下に響き、薫の部屋の前を通過し、客間の前を越え、両親の寝室でようやく止った。


「あ……何事……?」


 薫は寝ぼけ眼を擦って携帯電話の画面を確認する。人工的な白い光が目をさす。


「……五時……?」


 頭はゆっくりと起動し始める。九十年代のコンピューターなみの起動速度だ。部屋の空気は冷たく、手を布団から出しただけでも限界だ。叱咤して体を這わせる。寝巻きの上から半纏を羽織り、部屋を出る。

 間違いない。両親が帰宅したのだ。今日に限っては、暢気に寝ている姿を見られてはかなわなかった。

 居間に向かい、暖房と炬燵の電源を付ける。

 

「あら、薫。起きてたの?」「早いんだな」


 間抜けな声と顔の両親が、揃って居間に現れた。


「双子ちゃんは?」

「まだ寝てるに決まってんだろ。何時だと思ってるんだよ」


 五時ね? と藤子は壁掛け時計をそのまま読んで、口をすぼませる。


「解ってるならデカイ音立てて起こすなよー……」大あくびに襲われる。

「まだ寝ていても良かったんだぞ?」と、光一。

「……暢気なこったな。この忙しい時期に旅行なんて、」

 

 母親に対する嫌味だ。彼女は決まり悪そうに肩をすくめ、茶の準備をしに居間を去った。

 何も知らない父親は、どっかとソファに腰を下ろした。

「ほら、土産だ」そう言って手渡すのは、小野山市土産だ。「ふざけてんのか」と叫びたいのを堪える。実際にふざけてるのだ。相手にしても始まらない。


「あのさぁ、」

「何だ」父親はニヤニヤと笑っている。

「……何でもねーよ。……あ、土産。土産ありがとう」

「へいへい」父親は大あくびしてソファに身を倒した。

「あともう一つ」

「んん?」

「学校終わってから東京行くから。今日、午前中までだし」

「お! サヤちゃんちに行くのか?」何故か光一は嬉しそうだ。

「……さすがにクリスマスだし行けねえよ。友達の所に泊まる」


 光一は薫の頭をぐりぐりと撫でた。 


「さすが俺の息子だな。何人か『コレ』を抱えてるって訳か!」


 指を立てて顔を近づけてきた。今時、「恋人」をそのサインで表す人間はいないだろう。


「違……」

「まるで自分が抱えてるような言い方ね」


 刺々しい様子で藤子が戻ってきた。コン、と音を立てて急須や湯のみを机上に並べる。双子の分まであった。光一は豪快に笑った。


「昔の話だ! 若い時は遊べるだけ遊べ! そのうち、大切な一人にブチ当たるから!」


 言いながら、藤子の肩を抱く。「邪魔よぉ」と、藤子は光一の手を叩き落として茶を淹れる。


(……なんだかなぁ。俺は道理に外れてるような気がしてきた)

 軽く脱力した。

 いや。この際、性別は関係無い。「病めるときも」、「死が二人を別つまで」誰かを愛することができるのだろうか。

 若すぎて、それは幻のように遠い話だ。

 藤子と光一は、愛の名の下に自分を此処まで育てた。十八年、それは自分にとって途方も無い年月に感じる。二人に聞こえないように、「ありがとう」を小さく言った。親に感謝できる程度には、薫も大人になったのだ。

 

 



 午前八時。

 薫と双子は揃って玄関に立った。


「藤子ちゃん、伯父さん、また新年に!」「良いお年を!」と双子。


 双子の荷物は、ほんとうに財布と携帯電話だけだ。「拉致された」という表現は正しかったようだ。藤子は、こっそり二人に追加のバイト代と交通費を渡した。一万円は手付金だったらしい。


「おう! 今度来た時はゆっくりラオスの話を聞かせてくれ!」光一は声が大きい。藤子は傍でにこにこ笑っている。

「「任せて!」」


 双子の猫かぶりには、いつも舌を巻く。

 双子は深々とお辞儀をして敷居を越える。薫も後に続こうとした時。


「薫」


 父親が自分を呼ぶ。


「……何、」


 薫はぞんざいな口ぶりとともに振り向いた。


「もう大丈夫か」


 払う間も無く光一は薫の頭を撫でた。本来、邪険にしたくなる接触だが、抵抗し損ねた。恥ずかしいことに、「うん」と頷いてさえ見せた。


「親父、」

「何だ」

「……頭。崩れるからやめろ……って、うわ、」


 彼は、力任せに薫の頭をかき混ぜた。整髪料の力も借りて、薫の頭は見事にぐしゃぐしゃになった。雨上がりの野良猫のようだ。光一は、バン、と薫の肩を叩いた。


「何すんだよ」

「男前はどんな髪でも男前なんだよ!」

「……クソ親父」

「ははは、色ボケ息子」


 薫は父親の手を払って家を飛び出した。光一と藤子は、顔を見合わせて笑った。実のところ、見送ってる場合ではないのだが。今日は、特別だ。

  



 曾祖母らに挨拶を済ませた双子は、庭先で待っていた。薫が自転車に跨ると、歩き出した。ただし、体はこちらに向けてバックするように進んでいる。金髪と銀髪がクリスマスツリーのオーナメントのように美しかった。


(いっそのこと、あいつらツリーにぶら下がっていればいいのに……)


「チビ助、おせーぞ!」「早くしろ。田舎は電車の本数が少ねーんだから」

「解ってるよ……」


 薫が追いつくと、二人は踵に重心を置き、くるりと前を向いた。


「「いいこと考えた!」」双子は顔を見合わせる。こんな時は大抵ろくでもない考えだ。「お前、自転車降りてみろよ」

「なんで、」

「いいから」


 半ば奪うようにして、薫の自転車を柏が乗っ取った。


「何すんだよ。まさか、こんなところで自転車でアクロバットなんてしないよな……」

「衆! 乗れ!」柏は薫のぶつくさを遮って叫んだ。

「合点!」葵は、薫が反応するよりも早く、荷台に飛び乗った。


 薫は二人の意図に気が付く。しかし遅かった。

 葵が地面を蹴って助力する。二人は絶妙なコンビネーションで自転車を発進させていた。

 荷台に手を伸ばす。しかし、振り切った指先は数センチ足らず、車体は走り去る。


「ふざけんな! 返せ!」


 薫は自転車を乗っ取った双子を追いかけ走り出した。学校とは反対側だ。それもそのはず、双子は小野山駅に向かっているのだ。

 葵が振り向く。憎たらしいほど赤い舌を出して笑った。「バーカ!」

 柏も大声でそれに被せる。「バーカ!」

 葵の突き上げた中指と、柏の地面に向かった親指が揺れる。


「転んじまえ! この無職ども!」


 しかし、三人の罵倒は徐々に爆笑に変わった。あれで二十六歳のいい大人なのだ。間抜けで仕方ない。 そしてほんの少し、楽しかった。

 


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