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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
67/92

67 12月24日

 翌日、12月24日の早朝、サヤカは帰京する。

 薫が駅まで送ると言うのを断り、逆に小さな封筒を押し付けた。茶封筒を更に半分に折ったものだった。中身は手紙ではなさそうだ。

 彼女は玄関先でマフラーをぐるぐるに巻き、キャリーケースの取っ手を伸ばした。


「クリスマスプレゼント。いらないなら捨ててもいいし、売ってもいいよ」

「売る?」薫は首を傾げた。


 サヤカは頷く。短い髪がさらっと動く。薫は不審に思いながらも、外套を掻き分けた内側の、制服のポケットにしまった。

 薫もローファーに足を突っ込む。玄関から忍び込んだ冷気に一晩中あてられた靴は酷く冷たかった。まるで、氷でできた靴に足を突っ込んでいる気分だ。


「荷物、持てるか? 手伝うか?」

「手伝う、ってあんた、自分の自転車押してるでしょうが」 


 サヤカと薫は、別れる道までを一緒に歩くことにした。もちろん、薫は自転車登校だから押して歩いているのだが。


「まあ、そうだよな」


 冬の朝日は、夏に比べて目に厳しいように思う。夜の間中冷やされた水滴に反射して、鋭い光を発しているのだろうか。その一直線な光は、攻め立てるようで好きではなかった。早く春が来て欲しかった。その頃には、自分の進路も決まっていることだろう。

 その瞬間、猛烈に、先が決まっていないことへの不安が押し寄せた。大学が決まることは、きっと想像している以上に心休まることなのかもしれない。


「なあ、サヤカは受験で不安になったりした?」


 サヤカのキャスターが控えめな音を立てる。上質な素材のタイヤは、衝撃を吸収し、下品な音を立てない。全体が革で作られたそれは、モッズコートと妙に似合った。


「私は指定校推薦だったから。そういう意味では、三年間、普通に頑張り続けた」

「……参るよなあ」

 

 薫の周りでも、指定校推薦を得るような人間は、得てして出来上がった人格を持っていた。生活態度も、普段の勉強も文句の付けようが無い。一般試験でも受かりそうなところを、あえて志願するのが彼らだ。


「波風立たせないで毎日を過ごす、それが出来ないなんて格好悪いもの。ガキほど暴れたがる学校だったから。意地でもまともでいてやる、って思った」


 彼女の高校は、就職する者と進学する者が半々くらいの中程度の高校だった。その中で、サヤカは優等生でい続けた。態度もさることながら、それを強調したのは整った外見だ。自分が最も善く(良く)見える振る舞いと装いの技術は、当時から身に付けていたらしい。


「……よく言うよ」


 その陰で、どんなに男癖の悪い人間だったかは薫と一部の男たちだけが知る。

 

 すぐに分かれ道に差しかかる。サヤカはキャリーケースの方向を転換させ、薫の肩を叩く。

 

「じゃ。私はこれで。何か困ったことがあったら連絡して。勉強のことでもいいよ。もう追い抜かれちゃったと思うけどね」とサヤカは笑った。 

 

 解った、と薫は頷く。躊躇うことなく、彼女の腕を掴んだ。


「……なあ、サヤカ。お前には好きな人間がいるよな? どんな風に好きなんだ?」


 サヤカはいささか面食らったように目を丸くした。しかし、すぐに優しい笑みになる。


「そんなこと聞いてどうするの。例えば、あんたの『好き』と私の『好き』の性質は違う。比べることなんて出来ないよ」

「解ってるよ。俺はこれでも戸惑ってるんだ。正しいかどうか、自信が無いんだ」

「迷うくらいなら、進め。……逃して泣くのも、悪くないと思うけど」


 答えになっていない。薫は軽く失望するが、他人に頼る問題ではないのも解ってる。


「じゃあ、よいお年を!」


 最後は、年末の挨拶をしてこの街を去るサヤカ。そうは言っても、彼女は新年を迎えれば再び真野家に姿を現すのだ。


「……よいお年を」薫は、去り行くサヤカにポツリと呟いた。

 冷たい自転車のサドルとハンドルは、薫の体を冷やした。




 チャイムの鳴る十分前には、教室に着いた。

 窓際の薫の席には、先客が居た。鞄を机の上に置きながら、おはよう、と言う。外套のボタンを外しながら彼女を見下ろした。


「大崎、邪魔なんですけど」


 彼女、大崎涼は緩慢な様子で薫を見上げた。とぼけた調子で「おはよう」と返す。


「今朝は早いんだね、真野」

「ちょっと訳アリなんだよ」


 へえ、と、いつもの無関心そうな相槌。


「大崎っていつも俺が来る前はココに座ってるの?」

 

 自分の席を指差しながら、微妙な表情を見せる薫。しかし、彼は大崎を好意的に受け取っている。

 大崎は椅子を引いて立ち上がり、薫に席を譲った。呆れた様子で彼女は首を傾げる。長い髪がさらりと、ブレザーの上を走る。


「違うよ。今日は用があるの」

「何」

「ねえ、正月は暇?」

「勉強以外は、暇だけど」

「じゃあよし。合格祈願に小野山神社行こうよ。一月三日ね」


 やけに具体的な誘いだ。しかし、適当なものよりは大分良い。


「あれ、大崎って受験するの? そして、俺たち二人で行くの?」


 大崎と自分の間、人差し指を往復させる。彼女は首を横に振る。


「私は福祉系の短大。真野と二人なんてコッチから願い下げだよ。そうそう、佐々木も誘ってやんなよ」

「なんで、アイツまで」

「仲いいからさ。私と二人っきりがいいなら誘わなくてもいいけどね?」

「二人っきりがいい」


 大崎が睨むと、薫は「冗談だよ」と言って笑う。


「佐々木なら、さっき職員室で見かけたから、今日は学校に来てるよ」

「職員室ぅ?」

「うん。似合わない問題集抱えてね。あいつ、どこ受けるの?」


 薫は顔をしかめた。


「俺は何も聞いてない!」

「……何怒ってんのよ」大崎は驚いたように身を反らせる。


 怒ってない、と返事しつつ、実際には少し怒っていた。

 佐々木の進路を知ってから二日が経って、今は淋しさよりも自分に何も話してくれなかったことに不満を覚え始めていた。

 むすっとした薫の肩を、大崎は軽快に叩いた。


「真野。ポケットから何かはみ出てるよ?」


 サヤカがくれた封筒だった。中には小さな紙片が入っていた。手の平に収まるほどだった。


「乗車券……? 東京行き、だね」大崎は覗き込んで呟いた。


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