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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
63/92

63 午前三時の電話

 

 双子やサヤカが寝静まった後も、薫は密やかに勉強を続けた。調子が良いからといって勉強をサボると、勘は鈍る。特にここ数日は邪魔が入りがちなので、睡眠時間を削るしかない。

 勉強時間を朝方に移行すべき時期に、致命的なハンディだ。


「疲れた……」


 痛む瞼を押さえながら、卓上の時計を見る。時刻は午前三時を回っていた。必死な人間は、まだ机に向かっているかもしれない。しかし、薫のいつもの就寝時間は遅くて一時だ。

 勉強用具を片して、洗面所に向かう。


 ついでに、客間を覗き込む。三人は大人しく寝息を立てていた。面倒がって、双子と同じ部屋にサヤカの布団も敷いてしまったことを申し訳なく思う。朝方には、この平穏も崩れていることだろう。




 布団に潜り込んでも、寝付けない。今日は色々なことがありすぎた。それに、したいことがある。

 彼らの部屋を検めたのは、無意味ではない。起きていないかどうか、確かめたのだ。

 

 時刻は午前三時。今しかなかった。サヤカも双子も寝静まり、真野家で瞼を開けているのは薫のみ。朝になって、いつもの冷静が戻ってこないうちに。

 

 枕元の携帯電話に手を伸ばす。震える指で、薫は発信ボタンを押す。


 呼び出し音はとてつもなく大きく感じた。家全体を震わすように思えた。それはただ、薫の内部を強く揺すっているに過ぎない。


 電話の相手は、横田だ。彼が寝ているか、起きているか。そんなことはどうでもいい。彼にとって、今しか出来ないことだった。


 横田の声を聞いて、甘えてしまわないだろうか。弱いところを見せやしないだろうか。感情に押し流されやしないだろうか。

 ――いや。切ってしまおうか。

 ――いや。今話さないで、どうするんだ。


 数秒の逡巡に割り込む声。 

 

『……あい、……横田……』


 眠たげで、掠れた横田の声が飛び込んでくる。


「……あ、」


 思わず、薫は言葉に詰まる。まだ二ヶ月ほどしか離れていないのに、久しい気がした。

 

 薫がいたずら電話のように黙っているのに、横田は切らなかった。「もしもし」も「誰だ」も言わなかった。ただ、低くて小さな笑い声をもらした。


『……薫だろ?』


 薫は息をのむ。


(なんで……)


「……なんで、……何で解るんだよ」


『……薫、』


 自分を呼ぶ声が酷く懐かしくて、苦しくなる。自分にこのような感覚があったとは、と苦笑する思いだ。


『すぐ聞かないで考えろ』横田はそう言って、また笑う。『アホか。ケータイの画面に出てるんだよ。真野薫、ってな』


「あ……」間抜けな声がでる。


(そうだよ、コイツは俺の番号知ってるんだった)


 それにしても、相変わらず横田は余裕だった。焦ったり、緊張しているのは薫の方だけらしい。この関係は変わらないのだろうか、と薫は情けなく思う。


『間抜けなのは変わってねーなぁ。何時だと思ってンだよ。……あ、怖い夢でも見たの?』


 茶化すところも変わっていない。友人のように気軽な言葉だ。気分が軽くなる。かなわない、とも思う。


「ふざけてんなって。……そうじゃなくて、あのさ……、」


 何、と返事が返ってくる。


「お前に会いたい」


 へ! と、間抜けで素っ頓狂な声が飛び込む。


『え! もしかして、……したいの?』

「バカ野郎! 勝手に言ってろ!」


 こんな時もふざけるのだから、呆れる。しかし、急に声色を変えて自分の名を呼ぶ。


『なあ、薫。期待していいのか?』


 息が止まるほどに艶かしい声だった。卑怯だと思った。


「……すれば?」

『ずるい言い方だな』

「最初にずるいことしたのはどっちだよ」

『んー? 俺だねえ?』


 薫は笑い声を漏らす。


「……なあ。いい子にしてると、クリスマスにはプレゼントが届くらしいぜ?」

『へえ? 楽しみだね』


 横田も笑った。


 25日。

 薫は再び東京へ向かうことを決めた。

 

 ただ、水面を揺らすような小さな違和感が消えない。火照った感情では、冷静な分析など出来なかった。


 約束を取り付けた薫は、ようやく目を閉じることが出来た。

 明日は、学校をサボろうと思った。

 

 時刻は、三時半。


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