61 繋がる回路
双子は一気にジョッキの三分の一を飲み干すと、豪快に机に打ち付けた。
「……っかぁー! 汗かいた後のビールは最高だな!」「マジでマジで! 生きてて良かった!」
サヤカは微笑ましい二人の感想を聞いている。
聞いていたかと思いきや、ぐるりと薫に向き直る。
「ねえ! ルコちゃん、話を聞かせてよ!」
「えっ、何の」
薫は困惑する。何のことか解らない。
「だから、」と言って、サヤカは携帯電話を取り出し、双子が送ったメールを見せ付ける。薫は怪訝な顔をして液晶画面を見つめていたが、段々と恥が含まれる表情に変わっていった。
「おい、柏! 葵! これ、どういう事だよ」薫は赤くなって唸った。
「どういうことって、」「そういうことだろ」「うん、文字通り」
二人は、腕をクロスさせ、相手方のジョッキに口をつけようとしているところだった。そんなふざけたことをしていて、こぼしでもしたら大惨事だ。しかし、彼らは器用にジョッキを傾けて互いの口にビールを流し込んだ。
「何でサヤカにばらしてるんだよ!」
取り合おうとしない双子に、薫は身を乗り出して不平をぶちまける。その必死の形相が愉快だったのか、横目で薫を見た柏は派手にビールを噴出した。
「うわ! クソ柏! きたねえ!」
葵は顔面と髪に、まともにビールの被害を受けた。細い前髪からは、雫が垂れている。
「わ、……わりい! 薫の顔が面白くて……吹いた!」
柏は、反省の色無く口元を布きんで拭う。そのままの布きんで、柏の顔面と髪のビールをぐしゃぐしゃとふき取る。その手を払いながら、葵は柏の腹を蹴る。
「我慢しろよ! 小学生の牛乳飲みじゃねえんだよ!」
「おい! お前ら聞いてンのかよ!」
激昂する薫の肩に、サヤカが静かに手を置いた。
「ルコちゃん、」
「なんだよ!」勢いのまま振り向く。
「私、知ってたよ、ずうっと前から、」
薫は眉間に皺を寄せて、そろそろと腰を下ろす。
「ずっと前からって?」
「昔話は後で話してあげるよ。いいから、私の知らないことを教えて。場合によっては、『お土産』は破棄するから」
サヤカの言い分はさっぱり解らなかったが、彼女は双子のように自分をからかっている調子ではない。むしろ、パズルのピースを埋めたい、とでも言った方が適当な純粋な気持ちが見えた。
薫は、二人で盛り上がり始めた双子を横目で確認してから、小さな声でサヤカに言った。
「なあ、俺が情けないこと言っても笑わないか?」
「笑わない」
ここで軽口を叩かずに、言い切ってくれたことが薫を勇気付ける。しかし。
「……俺、横田が……、」
好きだ。
一昨日のように、好きだ、と言い切りたかった。
だが、言葉が続かない。喉に骨が刺さったように、心地悪い。小さな罪悪感が身を刺す。
サヤカは心得顔で頷いた。薫が恥のために言いよどんでいると受け取ったようだ。
「そうなの」サヤカは動じない。「それで? 付き合ってるの?」と、促す。薫は首を振る。
「好きだ、と言われただけだ。でも、俺は何も言わないで帰ってきたんだ。……解らなかったから」
「そう」
「でも、今、会いたい、」
俯いてしまう。
「でも、アイツは俺に、何の連絡も寄越さない。俺は俺で、勝手にしろ、とも言った。あいつは、……一成は、俺のことを忘れたかな、」
サヤカはジンジャーエールに手を伸ばして、一口飲み込んだ。顔を顰め、喉に手を当てて「痛い」、と言った。冷たい炭酸飲料が喉に刺さるのだ。
「……馬鹿だねえ……」
サヤカは息を吐く。薫は反射的に顔を上げた。
「え?」
「だって、告白したのはイッセーの方でしょ?」
薫は頷く。サヤカが薫の頬を抓った。
「ホント、馬鹿だね。告白した人間が、返事の催促なんて出来る訳ない。それにあんたは受験生。余計なちょっかいは出せないよ」
「……あ、」
「もう一回言うけど、馬鹿だよ。薫から何の連絡も無いイッセーの方が何倍心細かったと思う。何倍不安だったと思う」
薫は、今まさにその点について考えが至った。サヤカが「薫」と呼んだことからも、彼女が心底呆れていることが解る。薫も、自分自身に呆れた。
「俺、バカだ……」
ふ、っとサヤカは肩の力を抜いて笑った。携帯電話をぱちぱちと操作して、ある画面を呼び出す。
「ホラ。バカな薫に『お土産』だよ。落ち着いたら、返事してやんなよ」
それは携帯アドレスの一ページだ。
勿論、冒頭にある名は。「横田一成」その人だ。
今、彼は混乱していた。縋りたいのか、恋しいのか、愛しいのか、逃げたいのか。
判然としない気配が、心中に渦巻く。しかし、どの領域の気持ちかなど実際は関係無い。感じたまま、混在なのだ。
重要なのは、会いたいということ。話したいということ。
薫から彼へ届く一本の糸が、今夜生じた。