60 サヤカの到着
今晩こそサヤカがやってくる。
気分を奮い立たせて、まともな顔で彼女を迎えようと思った。
双子と連絡を取り、第一高校の最寄り駅「小野山駅」で落ち合う。
薫は本の続きを読みながら双子とサヤカを待った。薄い本なので、間も無く読み終わるだろう。
さて、場合によっては、サヤカと薫が双子を待つ事態にもなりかねない。彼らは時間を守るのかどうか疑わしい。
しかし、薫の心配をよそに二人は時間通り現われた。
遠くからでも、眩い金髪と銀髪は非常に目立った。
ただし、この街でその髪の色を見せるのは「お洒落」ではなくて「威嚇」の場合が多い。無頓着なファッションからして、彼らは威嚇する者に見えなくもない。
薫は少しだけ恥ずかしくなる。学校の知り合いも利用する駅で、けったいな格好の人間と一緒にいるところはなるべく見られたくない。
二人は、悠々と薫に声をかけた。
「よう、チビ助」「待たせたな」
「……時間通り。珍しいな」
薫は文庫本を閉じて改札の上の時計を検める。午後八時きっかりだ。
「珍しいもクソも、お前と待ち合わせなんてしたことねえよ」
「……今日は何してた」
葵の挑発的な言葉を無視して話題を振った。それがきっと、薫がとるべき行動なのだ。両親は、薫が双子と話すことを望んでいた。薫の方で歩み寄る努力が必要だ。
「ん?」と顔を突き出す葵は、毒気が抜かれたように綺麗な表情を見せた。悪巧みの顔やニヤニヤ笑いよりは、よっぽど彼女にふさわしい表情だ。
「ああ、……今日はさっきまで高校生のライブを聞きに行ってたぜ」
「ライブ……」
この街には一箇所だけ、ライブハウスがある。薫の高校も軽音楽が盛んだ。クラスメートの中にも、バンドを組んで幾度もライブを行っている者がある。彼も大地と一緒に、ライブハウスへ数回顔を出したことがある。
ただし、高校生のバンドなのでコピーバンドが多く、来客の性質からして内輪向けのものだ。と言うのも、音楽のある場を楽しむ姿勢よりも、他校の友人作りか出演者への義理が客の主たる目的だった。(勿論、全ての出場者・鑑賞者がそうとは言えない)
そこに、この双子が顔を出す意味が解らない。ひやかしだろうか。
「なんでまた、そんなもんに?」
柏が気軽に薫の肩を抱く。
「俺たちは旅を愛するのと同じく、音楽を愛する!」「音楽を愛するのと同じく、音楽を愛する者を愛する!」
「……へえ、」薫は僅かに笑う。
「だから、適当に高校生を捕まえて喋ってきた」「面白いんだぜ、突っ立って聞いてた連中をモッシュの渦に変えてやるのはな!」
「モッシュできるほど人が入ってないだろ。……はは、迷惑な大人」
軽く笑った薫を、葵は小突く。
「バカ言え。ライブは騒ぐから面白いんだよ。高校生の癖に弔問客みたいな顔して聞いてるから盛り上げてきてやった! なあ、参?」
「おうよ。俺たちのライブハウスはあんなしみったれちゃいないしな」
薫は首を傾げる。
「『俺たちの』ライブハウス?」
双子は揃って頷いた。
「俺たちはライブハウス……ってか、イベントスペースでバイトしてるんだよ」「まあ、他にもやってるけど」
知らなかった。でも、今知った。なんだか彼らに似合いで可笑しかった。自然に笑みが零れてきた。
改札からは、到着の列車からの乗客がどっと溢れてきた。周辺が声の洪水で満ちる。
「お待たせ!」
そこに、ダイレクトに飛び込んでくる澄んだ声。従うように、カラカラとキャリーケースの音が続く。双子と薫は、同時に振り返る。
「「「サヤカ!」」」
サヤカだった。
「よいしょ、」と素朴な掛け声を発し、キャリーケースの取っ手に肘を掛けた。彼女は三人を順番に眺め、にっこり笑った。とても明るくて幸せになる笑顔だった。
「久しぶり!」
◇
四人はまっすぐ家には帰らず、駅南口の居酒屋へ向かった。歓楽街には掃いて捨てるほどの飲食店がある。そんな中、サヤカが指定したのは「仮面の告白」だった。
座敷に通され、双子は上機嫌で胡坐をかいた。飲み物の注文を受けに来た店員ににこやかに話しかけている。彼らは赤の他人には調子がいい。
「俺、ジンジャーエールね」と薫。
「私も」とサヤカ。
「なんだよ、酒飲まねえの」
メニュー表をパタンと閉じ、不満そうに柏が言う。
「何言ってんだよ。俺もサヤカも未成年だ」
「つまらねえ奴。じゃあ、生二つ」
酔っ払いが大嫌いな薫だが、この双子はちょっとやそっとの量じゃ酔わないことを知っている。居酒屋の薄いアルコールでは尚更だろう。
「はあー……久しぶりな気がする」
サヤカは感慨深げに薫を見た。その後に、双子を眺めてふきだした。
「柏木も葵の上も……何、その頭!」
サヤカは二人をたまにそう呼んだ。敬称らしい。
双子は嬉しそうに身を乗り出した。「これ? これはなあ……!」その髪色に染めた理由を嬉々として語りだす。「北欧へ行った際に見たブロンドが綺麗だと思った」ぐらいの理由だった。それは彼らが変身するのに充分な理由だ。
久しぶりに会ったサヤカは、相変わらず綺麗でいい女だった。今晩は一際ボーイッシュだった。緑の強いカーキのモッズコートは彼女を颯爽と見せた。遠目に見たら、この四人組は男四人衆に見えるかもしれない。
薫は以前のような落ち着きの無い気持ちでは彼女を見ていなかった。一人の人間として対峙できるようになった。そんな薫を、今はサヤカは姉のような瞳で見つめて微笑むのだ。