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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
58/92

58 落涙

 チャイムが鳴ると、生徒らはバタバタと席に着き始め、現代文の問題集を引っ張り出す。

 

 そんな中薫は、ひやひやとした心持が落ち着かない。咥内が乾いていた。


(俺は、俊について何も知らなかったんだな)


 それが頭を占めていた。友達としても、彼のことを知らなすぎた。


(俺は、多分、こう思ってた)


 淡々と、心地悪い気持ちの源泉を掘り起こそうとしている。


(俊は俺の後を追うために勉強しているんだ、って勝手に思ってたんだ。俊は当然、俺を追うものだと思ってたんだ)


 自分の不遜さと、そこはかとない依存心を発見した。

 佐々木はこの先も、自分の傍で「呆れるほど」明るく笑ってくれるのだと、「呆れるほど」愚直に信じきっていた。

 気付いた途端、泣き出したいほどに心細くなった。当然だが、佐々木は佐々木で彼の進路と状況がある。


 もし佐々木がただの友人だとしたら、大した動揺も無かっただろう。佐々木の薫に対する想いが特質であるため、薫の佐々木に対する感情も特別だった。自分で意識しているよりも、薫は佐々木の存在と気持ちを「ありがたく」思っていたらしい。

 理屈でも道理でもなく、捧げて薫を包むもの。溢れて零れて、薫を溺れさせるもの。佐々木の想いは、そういう性質だった。

 

 更には、独り立ちできている人間だと思っていた自分への疑念。これっぽっちの別れで、心は酷く痛んだ。

 処理能力のキャパシティを超えて、感情がどっと溢れる。割り切ることが不可能な気持ち。 

 シャープペンシルも、問題集も、教室も、全部が全部、居心地悪く感じる。


(あ……なんだよ、これ。全部、全部、全部、全ッ部、厭になった)

(俺は、一体どうしたかったんだよ)


 普段だったら、絶対に思い悩まないことだった。

 無意識に募った受験勉強へのストレス。自分へのショック。佐々木への淋しさ。双子への苛立ち。恋しさ。芋づる式だった。沈殿していたものが、ぐしゃぐしゃと音を立てて姿を現してくる。

 

 この心細さはどこに向かっているのか。誰に向かって開放すればいいのか。と言うより、誰に縋りつきたいか。


 ――横田。


 その胸に飛び込めたらどんなに良いかと思った。

 飛び込んで、「俺は友達(しゅん)と離れたくない!」と叫べたらどんなに良いか。その背中をきつく暖めてくれたらどれほど安堵するか。

 彼の声で「大丈夫だ」と言ってくれたら、どれほど救われるか。

 

 一本の電話でも繋がれば少しは楽になるかもしれない。しかし、薫が今まで信用してきた自分(かおる)は、その甘えた行動を許さないだろう。だから今まで、その気になれば手に入れられるはずだった連絡先も、求めずに今日まで時が経った。

 弱くて格好悪い自分を、もう認めたくない。誰かに縋るような真似は、出来なかった。

 そこまで考えたとき。


(……あ、ヤバ……)


 解いている最中の現代文の問題用紙に、パタタと二滴、透明な液体が音を立てて落ちた。


(うわ……)


 止らなかった。

 これほどまでに押し出すような涙を流したのは初めてだった。ぼろぼろと、まさにうろこが落ちるように溢れてきた。同時に、感情も溢れる。嗚咽も込み上げる。


「……ッ!」


 がたん、と彼は目を押さえて席を立つ。

 必死に問題と向き合っているクラスメートの大半は、薫の動きに無反応だ。


「どうした、真野。もう終わったのか?」


 教師の声は暢気だ。それに妙に腹が立つ。更に、今薫を苛むような葛藤や苦しみ、淋しさを乗り越えて教卓に立ち、「経験した者」としての顔をさらしている教師に無性に腹が立った。


「……鼻血が出ました。保健室に行ってきます」


 震える声で、それだけを言う。それを聞いたクラスメートが茶化す。


「薫ちゃん、佐々木のことでも考えてたのか?」


 勿論、何も知らない者の冗談だ。その冗談に乗るほど、今の薫は余裕が無かった。そして今一番気に障る分野の冗談だ。それを無視して薫は教室を抜け出す。

 その無視は彼の記憶には残らないだろう。彼にとっては、鼻血に焦るクラスメートにしか見えなかったのだから。

 

 今のクラスメートも、教師も、佐々木でさえも、この程度の事では泣かないに違い無い。にも拘らず、心細くなって、恋しくなって少女のように涙を零す自分が不甲斐なかった。

 なぜこれしきで涙が溢れるのか皆目見当もつかない。どんなに悲しかろうと、泣くつもりなど無かった。誤爆のようなアクシデントだ。

 惨めだった。格好悪かった。


「……なんで、」


 戸を出て直ぐに、我慢しきれず、しゃがみ込んで膝を抱えた。

 涙が、スラックスに染み込んでいく。


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