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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
57/92

57 矢

 

 翌日の休み時間も、佐々木の姿を探した。今日こそ双子の非礼を代わって詫びたかった。

 

 3Bの教室に顔を出す。

 ぐるり、と見渡しても佐々木の姿は無かった。ここ数日彼の喧しい姿を見ていないのは、彼が教室に篭っているからではないらしい。

 

 部活動をしていた人間は、だいたい出席率が良かった。放課後に練習があるため、よっぽどのことでないと休まない。だから、彼らはすでに出席日数は問題が無く、この時期を休む。

 佐々木も例に漏れない。その証拠に、同じサッカー部の鴨川も居なかった。彼らがいない3Bは静かで平和だ。と同時に、間が抜けてもいる。

 

 薫は、戸の近くに居た女生徒に声を掛ける。


「ねえ、俊は今日は来てないの」

「うん。ここ最近休んでるよ。どうしたんだろうね。真野くん、俊くんと仲いいけど何か聞いてないの?」


 佐々木は女子に気軽に名前で呼ばれている。苗字の呼び捨ても少なくない。親しまれやすいのだ。


「あ、いや。まあ、篭って勉強でもしてるんだろうけどな」


 すると彼女はくすっと笑った。


「俊くん、本当に真野くんに懐いてるよね」

「アレは懐いてるんじゃないよ」


 女子にも、二人の仲良し具合は当然知れている。


「でも、仲良しの二人がもう見られないと思うと淋しいね」

「そりゃあ、卒業だもん」

「あ、違くて。真野君は東京の私立でしょう? でも、俊くんは地元の国立大だって聞いたよ」


「…………え?」


 薫は、にわかには二の句が継げなかった。驚きからだ。そんな彼の傍で、彼女は言葉を続けた。


「大学も同じ地域なら、また一緒にいる、って思えたんだけどなあ」


 数秒たっても何も答えない薫を、彼女が不思議そうに覗き込む。


「……そんなの、聞いてない」


 ようやく出てきたのは、情けない声だった。しかも、今のは心の内の感想だったはずだ。しかし、しっかりと言葉になっていた。

 彼女は、哀れみの表情を浮かべる。


「そっか。二人仲良かったもんね。教えてもらえないのはショックだよね」


(……それもあるけど、)


「あいつ、私立志望じゃなかった?」


 皆川に「佐々木は東京の私立を受験する」と伝えたくらいには当然に、佐々木も上京するものだと薫は思っていた。地元の私立大学へ進学する者は殆どいないからだ。すると妥当な線は東京か関西圏だ。


(……それもあるけど、)


「うん、そうだけど、家計が苦しいとかで」


 女生徒はさらっと伝える。


(それも、俺は知らなかったけど、)


「……就職はしないの、」

「ほら、俊くんは佐々木家の希望の星なんだよ、長男だしね。せっかく第一高校来たからには……ってね?」

「……そうだったんだ。だから、勉強頑張ってるのか」

「そうみたいだよ。意外だね、俊くんってお調子者に見えて、結構健気なんだ」


 彼女は悪意無く微笑む。

 佐々木の健気さは、誰よりも薫が知っている。


(健気だよ。俊は誰より健気だよ。それを俺は知ってるけど、)


「そっか。……ありがと、メールで済ませるわ」


 ふらふらと、薫は手を振って教室に戻る。彼女は、心配そうに薫の後姿を見送った。

 

 こころに矢が深く食い込んでいた。その刺さった矢を引き抜くと、刃物を抜き取った後の肉体のように、他の思いも血潮の如く溢れてきそうだ。本来なら、矢を刺したまま忘れるのが薫だ。矢自体が朽ちるまで、放っておくのが薫だった。

 しかし、今回はそうもいかなかった。刺さったままであるのが、酷く痛かったから。無視しがたい、痛みだった。


(――けど。)

 

「佐々木は、薫と一緒に東京へ行かない」という単純な(じじつ)が心に突き刺さったことが、ショックだっだ。


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