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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
56/92

56 心配


 帰宅すると、双子は居なかった。代わりに、あわただしく脱ぎ捨てられた黒いパンプスがある。見慣れた靴、母親のものだ。


「……尻尾出しやがって。一体どこに寝泊りしてるんだ?」


 書斎の方でごそごそと物音がする。何らかの資料を取りに戻ってきたのだろう。薫は迷わず書斎まで行き、戸を開けた。矢張りそこには、スーツを着込んだ母親が居た。本棚に夢中で向かっている。書斎は、大きな本棚が並ぶため、フローリングだった。


「……何してんだよ。旅行はどうしたよ」


 藤子は、突然掛けられた声に心底驚いた様子だ。抱え込んだファイルを丸ごと床にぶちまけた。ばつが悪そうに、彼女は薫を振り返る。

 

「……あんた、いつもこんなに早く帰ってきてた?」


 薫はため息をつく。藤子はしゃがんでファイルを回収し始めた。


「……おかしいと思ったんだよな。こんな時期に旅行とか」

「薫こそ、放課後一緒に過ごす彼女も居ないのね」


 自分の嘘の件には触れずに、憎まれ口を叩く藤子。


「……何言ってんだよ。俺は受験生だ」

「最近はそればっかり。ちょっと前まではさやちゃんのところ行ったりしてたのに」

「もう12月だろ。受験生を持つ親の言葉とは思えねー」

「……あんた根詰めすぎ。お兄さんたちに遊んでもらいなさい。面白い話も一杯聞けるでしょう」


 颯爽と言い、薫の背中を押して書斎を後にする。薫が苛立って強く音を立てて戸を締めると、「静かに!」と怒鳴る。こういうところだけ、五月蝿い。


「だって、勉強以外にすることねーし」

「いいから、ゆっくりしなさい」

「……はあ?」

「ほら、この前の模試は全国でもいい順位だったじゃない。問題ないわよ」


 母親はあくまで気軽だった。

 

「あれはセンター模試だから……、ってそんなことどうでもいい!」


 薫は、一般入試の勉強を捨ててセンター試験に特化した勉強をした。邪道だ。しかし、センター試験で満点近くを取るには、確実で広範な理解と技術がいる。決して怠けているわけではない。


 あっそ、と彼女は言って、玄関から出ようとする。ついでに、掛幅の調子を見て満足そうに頷く。


「双子ちゃんには内緒ね! 無理やり連れて来たんだから!」

「待てよ! どういうことか説明しろよ!」


 変人の母親は、パンプスを突っかけてドアに手を掛けた。心なしか、表情は曇っている。


「……心配だったのよ」

「いや、意味わかんない。双子が? ダメだよ、あいつらには何言ったって変わんないって」


 薫の言葉に、藤子は首を振って否定する。

 

「違う。あんたが心配だったの」

「……は……、俺……?」


 薫はそれしか返せなかった。

 サヤカとの関係を是認してきたような親だ、心配の掛け方も一筋縄ではないとは思っていたが、これでは余りに漫然としすぎている。第一、心配されるような謂れは無い。成績も充分だったし、三者面談でも良好だと言われた。余計な遊びもしていない。


「……何でもないならいいけど。でも、乗りかかった船だし、予定通り25日の朝に戻ってくる」


 薫に質問の隙を与えずに、藤子は家を去っていた。薫は玄関に残されて一人頭を抱えることとなる。





 双子は、午後七時くらいに帰ってきた。

 薫は夕食の準備を済ませていた。そのまま部屋に篭らず、居間で本に目を通していた。『異邦人』だ。

 薫の両親がたまたま裁判所の職員であることも重なり、薫の関心はじわじわと「司法」へ向いていく。そして何より、横田の示した『異邦人』と、自分が手を出した『カラマーゾフの兄弟』

。いずれも大団円は裁判風景だ。

 だが、彼は本の影響を認めないだろう。あくまで、「現実的な判断があった」と主張するだろう。


 双子はいつものようにニヤニヤしてして薫を挟むように座った。炬燵用の低いソファは、三人でぎゅうぎゅうになった。


「……お前ら、空いてるところに座れよ」

「ここが俺らの特等席だもん」「客人を敬えよ」

「お前らなんて招かれざる客だ」


 いや、確かに藤子が招いたらしいのだが。

 薫は仕方なく二人に席を譲って立ち上がった。その際に尻を撫でる柏と叩く葵。


「……お前らホント、何でここに来たの?」

「それを俺らに聞くか?」「お前の世話しろって言われてきたんだぞ?」

「じゃあ依頼どおり世話しろよ。何で俺がお前らの世話してんだよ」

「それは、」「なあ?」「「薫が勝手にするから」」


(……俺が自ら世話してる、ってか)


「……じゃあ、頼むわ。俺の世話して?」


 双子は、顔を見合わせて渋面を作った。


「それはちょっと……なあ?」「ああ。それはちょっと……面倒だな」

「もうお前ら帰れ!」


 両親の人選は、確実に不適当だった。どこまでも抜けた人間だ。

 

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