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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
55/92

55 それぞれ

昼休みは返答のために奔走することとなった。

 恋文の主、敷島絵美の所在を捜索するのだ。その際、薫が頼りにするのは生徒録ではなく、藤堂の人脈ネットワークだ。薫は迷わず2Fの藤堂の元へ走る。


 昼休みだからか、暖房がかかっていながらも、換気のために廊下側の窓は開け放たれていた。


「ねえ、藤堂昌平いる? いたら呼んでくれるかな」


 薫は、窓の傍の席の女生徒に声を掛けた。戸ではなく窓から顔を出した上級生に彼女は驚いたが、快く依頼を請け負った。

 薫は、2Fを見渡す。理系クラスらしく、元素周期表やら、物理公式の一覧表などが壁に貼ってある。薫のクラス、3Aのように、グラビアアイドルのカレンダーが貼られていることがない。それは女子には不評だ。ちなみに、3Bはサッカー選手のカレンダーだ。鴨川が反論を許さずに設置したらしい。


「真野先輩!」


 藤堂は例の如く軽薄そうな格好で現れた。ブレザーは開けっ放し、指定外のセーターに立ち襟、来賓用スリッパ、銀色のピアスとパーマの黒髪。ただし、顔には人懐っこそうな笑みが浮かび、体は喜びで弾んでいる。教室の男の集団から抜け出し、パタパタとスリッパを鳴らして走ってくる。それが、彼を憎めなくさせてしまう。


「こんにちは! お久しぶりです!」


 最後に会った時の沈みようはどこかへ消えうせていた。生き生きとして、学校生活が楽しくて堪らない、といった様子だ。そのせいだろうか。今の笑みは、作られたもの、と言うよりかは自然だった。

 勉強に身をやつしている受験生には、鮮やか過ぎる健康さだ。


「……なんか藤堂、楽しそうだな」

「はい! おかげさまで!」


 何のおかげかは知らないが、心から元気なのはいいことだ。 


「勉強、調子はいかがですか。お体参ったりしていませんか? ……少し痩せましたよね?」 


 下から猫のようにきょろきょろと見上げてくる。女子が、彼を「可愛い」と評するのも解らないでもない。


「みんな、こんなもんだよ」薫は笑って応じる。「あのさ、敷島絵美って子、知ってる」


 藤堂は少しだけ顔を曇らせた。知ってますよ、と短く言った。「なぜ?」と聞いてこないのが有難かった。


「隣のクラスの子です」と2Eを指す。

「ありがと。助かったよ」薫は手を振って、彼の元を去る。


 藤堂は少し淋しそうに、「もう行かれるんですか、」と言って手を振った。今までの藤堂なら言わないような冗談だな、と薫は思った。ただし、今のは藤堂の冗談ではない。素直な感情だ。


「お疲れの出ませんように!」藤堂は最後にそう言ってくれた。



 やがて薫は、密やかに敷島絵美に返事をする。

 彼女は酷く気落ちし、数日は涙で枕をぬらしたことだろう。



 その日、佐々木に学校で会うことはなかった。二日続けての欠席だ。


 自転車に跨りながら、薫は携帯電話を操作する。

 ただし、今は信号待ちだ。彼がもたもたと文面を製作するうちに、歩行者用の信号は赤から青に変わる。薫と同じく帰宅中の多種多様な制服姿の高校生が散ばる。


「……明日で良いか、」


 そう思って、佐々木に送ろうと思ったメールを削除する。双子の非礼を詫びる文面だ。普段喋りあっている佐々木に文章を送るのは照れくさい気がした。そもそも、薫はメール機能よりかは電話を使用する。

 閉じかけた携帯電話に、二通のメールが舞い込む。機械は小さく震えて受信を報告する。

 一通は、クラスメートの友人からだ。


『終業式って二十五日? やべー俺全然学校いってねえww』だそうだ。

 薫は、この「W」の記号を見るたびにうんざりする。一部の人間は、多様な笑いを表現するためにこの記号を愛用する。

 薫はそそくさと簡素な文面を作って送りつける。『二十五日であってるよ。学校来い』

 さて、もう一通は。


「サヤカか。珍しいな」


 それは「訪問するよ」という挨拶だった。


『こんにちは。

 22日の夜から24日の朝まで、真野家にお邪魔したいと思います。お世話になります。

 柏くんと葵ちゃんが来てるらしいね。ルコにはお土産があるから楽しみにしていてね。

 藤子ちゃんと光一(こういち)伯父さんにご挨拶できなくて御免なさい。』


 サヤカは薫に対して軽薄な文面を作らない。(大学の友人同士ではどうだか知れないが。)それが好ましかった。

 信号はやがて点滅し、赤に変わった。渡り損ねた。


「……なんだ。来るのは今日じゃないのか」


 少しだけ、落胆した。



 他方、市立図書館の自習机。


 赤茶けた髪の目つきの悪い少年は、一心不乱にシャープペンシルを走らせていた。彼こそ、「青春の熱っぽい悩み」を棚上げして踏ん張っている一人だ。

 彼が解いているのは、センター試験問題集の、数学。その下には、生物。彼は予備校へ行かない。家庭教師もつけない。頼りにするのは自分自身だ。

 彼は解っている。「自分を作る何もかもを放っても構わない程好きな人間」を生涯見ていたくとも、傍に居たくとも、叶わないことを。自立していない子供の自分にはまだ、愛に生きる権利も能力も無いことも解っていた。別れは確実にそこに在った。

 しかし、もっと早くに気付くべきだった。想像を絶する焦燥が、彼を苛む。


 だったらせめて、同じ世界を見続けようと思った。それゆえの、努力だ。

 

 恋の悩みは棚上げしても、愛しさは抱いたままだ。恋はそうして、少年を突き動かす。


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