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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第一部
5/92

5 大崎涼

今回と次回、女の子の話が中心になります。

 気が重いさまを体現するかのようにゆっくりとブレザーを羽織り、個室を出た。ため息がひっきりなしに出てきてしまう。

 本当に、彼にとって今日は厄日だった。むしろ、横田と出会ってから厄日続きだと言ってもいい。

 午後の第一課が数学であることを思い出し、さらにげんなりする。

 三年に進級する時点で文系国公立志望コースを選んでしまった薫は、履修済みの数学ⅠAやⅡBを受講し続けなくてはいけない。習熟度別とはいえ、テストでは赤点続きだ。地方の自称進学校の第一高校は、殆どの科目は二学年中に履修を終え、三学年では実践問題を進める仕組みになっている。その履修システムが公になっているかといえば、謎であるが。

 自分の隣の席には、今日は大崎涼が座っている。彼女も似たような境遇で受講していた。彼女は薫よりも更にひどい有様で、授業はまるで聞いていない。髪が長いのをいいことに、イヤホンを潜ませて音楽を聴いている。それでなければ寝ている。完全に自己責任なので、授業の進行の妨げにならない限り、教師は何も注意しない。

 彼女がなぜこのコースを選んだのかはさっぱり解らなかった。

「真野、おい。真野」

 小声で大崎は話しかけてきた。無視してもそれは続く。

「無視するな。どうせ、そうやって真面目ぶって聞いていても、真野は赤点取るんだから」

 神経質な生徒が、迷惑そうに二人を振り返った。気が気じゃない薫が大崎を睨みつけると、悪戯っぽく笑った。すると、四つ折にされた紙片が手渡された。開いてあらためてみると、どうやらメールアドレスと電話番号だとわかる。

 何コレ? といろんな意味を含めて問うと、「女の子の連絡先。渡して、って頼まれた」と返ってくる。

「……ヤダよ、そういうの」

「いいから。本当に可愛い子だから」

「女子の言う可愛いは信用ならん。……って言っても、顔とかどうでもいい」

 上手さだ、といいかけてやめた。こういう冗談はクールじゃない。

 大崎は意外そうに目を瞬かせた。

「ふうん、あの真野がね……。失恋は人を変えるね」

 正しくは『出会い』が変えたんだ、と心の中で訂正する。

「どういう意味だよ」首を完全に彼女に向ける。

「真野、女子に感じ悪いってみんな言ってるよ、『真野くんって可愛い女子としか話さない』とか、『クラスの女子を見下してる』とか」

「……はぁ? あ………、すみません」

 数学教師が二人の前に立ちはだかっている。蔑んだ、冷たい光を湛えた瞳で。

「そんなに話したいなら廊下で話しなさい。ほら、出なさい」指先をぴっと振って出て行くように示している。徹底的に冷淡だった。この教師は、生徒を「更生させる・引き上げる」という努力はしない。自身で努力する者だけを守る。

 それでも、慣れっこの大崎は「は~い」と言って短いスカートをぷりぷりさせながらさっさと出て行ってしまう。自分も従うしかなさそうだ。

「あなたもです、真野さん」

 しおらしく項垂れた薫に、追い討ちをかける数学教師。

「君達みたいな姿勢の者が真っ先に落ちるんです」

 反論する気にもならない。しかし、落ちる気もなかった。

 (……最低な一日だ)



 二人は廊下の個人ロッカーの上に座って、ごく小さい声で会話した。

 廊下を通る教師らも、あの数学教師のやり方を理解しているため、二人がさぼっているように見ても、小さく大崎を小突くだけで、去っていく。大崎は、不真面目なのにどの教師にも可愛がられる不思議さがあった。

「俺の何がまずいの」

 先の話題を再開させた。大崎は足をぶらぶらさせて、そのつま先を見ている。

「『俺に恋愛感情持たないでくれよ』、って雰囲気出してた。……実際モテちゃってるから仕方ないけどさ」

 馬鹿にしたように彼女は言う。

「……軟派より良いだろ」

「まぁ、F組の皆川なんかそうだよね」

「F組の皆川」は第一高校の有名な遊び人だ。

「……どう思われたってあれが俺の普通なんだよ。なんで一々クラスメート一人ひとりを気に掛けなきゃなんねーの? 話しかけてきた奴としか話さないのが普通だろ。影で文句言われる筋合い無いぜ」

「ま、自分が話しかけないくせに、『真野くんが話してくれない』なんてふざけてるわな」

 肩の力が抜けたように薫を肯定した大崎の言葉を聞いて、子どもみたいに反論を連ねた饒舌な自分が急に恥ずかしくなった。

 大崎はくすくす笑って冗談っぽい顔になる。

「真野はいつも一人ぼっちだから話しかければいいんだよね、みんなも」

「……大崎も友達いないよな」薫はむっとして言い返す。

 大崎は、薫の冗談交じりの嫌味も穏やかな横顔で聞いている。

「……私は『男好き』らしいからね。そんなことで、離れていっちゃうもんだ」

「はぁ?」質問の隙すら与えずに、彼女はぴょいと次の話題を持ってくる。説明したくないのかもしれない。

「あれ、でも、真野、去年までは可愛い子とよく一緒にいたよね? えと、……浅野くんだっけ?」

「あ、ああ。あいつ、学校来てないんだ、今。」

 彼女は聞いておきながら、ふうん、と興味なさそうに唸る。

 再び紙片を押し付け、似つかわしくない歪んだ顔で睨む。

「これは一生のお願い。この子と連絡とってみて」

「だから……イヤだって、」

「そんなの話してみないと分からない。そして、何でイヤかは私じゃなくて彼女に直接言って。頭ごなしに拒否するなら、私、真野のこと恨むから」

 小さくため息をつく。何度目だ、との自問自答。

「勉強しろよ受験生」

「私もその子も受験戦争には参戦しないから」

「マジかよ。この学校でそんな異端者がいたとはな」

 大崎はロッカーから飛び降りると、薫を見上げる。そこには、いつもの人懐っこさや笑顔は無かった。ただただ、冷静なかお。

「惰性で大学進学するあんたらと一緒にしないで」

「……なんだよ、それ、」

「やりたいことも解らずに適当に有名大学に進学するような阿呆ではない、って言ってんの。自分に必要なことくらい、私は自分で考える」

 大崎は普段、こんなことを言う人間ではない。場を和やかにすることに気を回す種類の人間だ。彼女が何故こんなに自分に辛辣なのか、全く解らなかった。いや、よく考えたら彼女はいつも厳しかったかもしれない。

「この学校の連中ときたら、男は勘違い野郎の上にプライド高くて、女はしとやかそうに見せかけて陰険で。バカばっかり」

 それだけを吐き捨てるよう言ってのけると、急にいつもの笑みを浮かべた。すっきりした、といわんばかりだ。

 まだ大分授業時間は残っていたが、彼女は廊下に留まることをやめて歩き始めていた。しかし、このまま黙ってはいられなかった。 

「大崎の言うようにちゃんと考えようが、俺みてーに惰性で進もうが、まだまだ俺らは何者でもないだろ! どっちにしたって、バカでガキなんだよ!」

 猫のように気まぐれな足取りだった彼女は、ぴたりとつま先立ちして振り返った。

「大崎は、……自分が馬鹿じゃないって言うんなら、……大人しく勉強するフリくらいしやがれ。そのくらい、賢くやって立ち回ってみせろよ。今の状態は……反感買うだけだろ」

 言っておきながら、大崎はそんな方法を選ぶ人間ではないことを解っていた。彼女はまさに、猫のようにマイペースなのだ。多くのことを、どうでもいい、と打ちやっているに違いない。違いない、と思いながらわかっていないからこその、この問答なのだけど。

「……知ったような口きいちゃってさ、」

 矢張り彼女は全く取り合わないのだった。

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