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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
47/92

47 メール受信

ところ変わって、東京・某所のクラブ。

 

 入り口の小さなスケジュール用ボードには、イベント名が書きなぐられている。団体名と「ノエル」の文字がようやく読み取れる、崩れたアルファべットだ。どうやら、大学生のイベントサークルの一足早いクリスマスパーティーらしい。団体はとても大きい。数種の大学の学生で構成されているサークルのようだ。


 ワンワンと鳴る音楽と、幻想的でサイケデリックな光に照らされて箱はびりびり揺れる。

 壁に寄り添うような形で、酒の入った瓶を口元に当てている女が居る。

 髪は短くて、とても明るい色だ。光が当たるたびに、そのキャラメル色とごく小さいピアスは輝いた。程よくくたびれた紺のドクターマーチンからは、黒タイツに包まれた細くて締まった足が伸びる。太ももの半ばから、きのこのかさの様に可愛らしく膨らむ黒のチュールスカート。個性的な造形のジャケットを肩に軽く掛けるだけにしている。その下は、白のタンクトップだ。

 その女のジャケットのポケットで、携帯電話が震える。女は、「ギャッ」と短く叫び、寄りかかっていた壁から腰を離れさせる。

 飲み掛けの酒をバーカウンターに置き、喧騒から背を向ける。


「どないしたん、サヤカ」

「おお、後藤くん」


 傍にきた男が腰に手を回す。酷く顔を近づけて、携帯電話の液晶画面を覗き込むようにする。それを、さり気なく体をよじって巧妙に避ける。


「んー。親戚の人からメール」

「無視せえ」

「……アハ」彼女はむしろ、「後藤くん」の言葉を無視して、メールの内容に引き寄せられたようだ。

 

 彼女は笑顔のままカウンターに肘をついた。


「私、明日から帰省する」

「ちょお、まだ学校あるでえ!」

「じゃあ、お土産買ってくるから代返頼んでいい」


 頼む、と顔の前で手を合わせる。後藤くんはサヤカの酒瓶を引っ手繰って飲んだ。


「そんなんいつもじゃろ。『頼む』が聞いて呆れるわ。いつまで?」

「クリスマスまで」

「クリスマスは彼氏ぃと過ごすんとちゃうん?」

「だから、その日には帰ってくるよ」

「それ、いけるん!? こん時期に『帰る』言うて……正月も帰るんじゃろ? 向こうで何しよん」

「みんなで従弟(かおる)をからかうの!」


 サヤカは陽気に笑った。男は意味も解らずつられて笑う。「だから、お土産でも持っていってあげようかな」と独り言。


「……後藤くん、イッセーのアドレス教えてよ」

「イッセー……横田一成?」

「そう」

「ほなって……お前ら付き()うとらんかった?」

「だから、別れたからアドレス消したの」

「イッセーは幹部じゃろ? 今日来とらんの?」


 後藤くんは首を伸ばしてフロアを眺める。


「知らんわ。本人来てても来てなくてもどっちでもいいよ。後藤くん、アドレス知ってるよね。送ってくれる」

「勝手に教えてもうていけるんかな……」


 サヤカの手の平が彼の口の前にずいと差し出された。男の言葉は尻つぼみになる。彼女はピシャリと言う。


「私のためじゃないから」


 サヤカの携帯電話の液晶画面は、まだメールを開いたままだ。

 それはこう読める。


《さやぴょん


 柏木と葵の上は今、薫の君のお家に遊びに来ていまーす

 ウチのバカ親父とクソババアは薫のご両親と暢気に旅行中です!

 薫一人の相手は詰まらないので、さやぴょんにも来て欲しいと思います!

 久しぶりに会いたいよー!

 そして……ビッグニュース!

 薫はホモになりました! 

 そのへんについて、詳しく語りませんか!?


 柏・葵より》


 サヤカは佐々木を知らない。心当たるといえば、一人。かつて自分が引き合わせたあの男、横田一成だった。

 薫に出会うまでの横田の水面下の働きを、彼女は知っている。

 秋半ば、薫が横田のアドレスを聞いてきたことを忘れてはいない。それがどういう意味か。今ようやく意味を持たせることができた。彼女は女の勘を信じることにする。

 少しだけ、償いのために、薫のために動こうと思った。  


 でもそれは、おせっかいにも満たない小さな助力だ。全てを決めるのは、薫だ。


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