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本日二本立てです!
柏と葵の職業をあえて言うなら、旅行家だった。
大学時代、就職活動から敵前逃亡してインドに転がり込んだことがきっかけだそうだ。そんな行動も二人一緒なのが彼ららしい。
彼らは知識人という知識人を憎み、物語という物語を軽蔑した。それと同じだけの情熱で現実を愛し、世界を尊敬した。
彼らの態度をまるごと否定できないのも、彼らが「軽蔑すべき」勉強や読書を通過して、そののちに下した判断だからだ。「努力ナシ・批判材料ナシ」のコンプレクスに起因するものではない。
それは大抵の物事に応用された。「まず実践」が彼らのモットーだ。一人でカバーできないことは手分けして、各々の経験を共通のものとして蓄積した。それでも彼らに言わせれば「まだまだ足りない」そうだ。
彼らの父親は割かし硬質な分野の大学教授だ。中学生だった薫に「リスクマネジメントが……」などと語りだすような伯父だ、彼の子供がどのような教育を受けてきたかは想像に難くない。(それが結果的に「このように」成ってしまったことは、完全に人間の神秘である。)
父親はどちらかというと企業寄りで、それなりの知名度と信頼を持っていた。故に、彼らの就職は、そんなに難しくはないはずだった。しかし、その道を拒んだのは何故か。それは彼らにしかわからない。
そして今は、アルバイトと海外逃亡を繰り返す。どこかの街で、彼らは日夜働いていた。結婚もせずに、ただ二人、子供のように無邪気に異国を夢見て生きている。刹那的で情熱的。彼らには似合っていた。
そんな彼らを(ほんのわずかばかりだが)肯定・尊敬していても、薫は絶対にそれを表出さない。
……対して、彼らの両親はそれを面白く思っていないに違いない。今回の双子の真野家への派遣は、一体何が隠されているのか。二組の親たちは、「薫に」何を期待しているのか。薫はさっぱり解らないし、深くを考えるのを止めた。
親が双子を理解していないように、薫も双子を理解していない。
◇
「マジ? どんな奴? 写真無いの?」
「そいつが初めての男なのか!?」
下品な笑みで、薫の「恋路」に首を突っ込む。
人間というものは本当に、わからない。彼らが世界で何を見て、何を感じて、醸造しているか。薫にはその深みを双子から感じられずにいる。もしくは、感じさせないところが凄いのか。しかし、結論は「何も学んでないじゃねえか、こいつら」に落ち着いてしまう。増したのは人懐こさと図々しさぐらいだ。インドのしたたかな子供もびっくりに違いない。
彼らは彼らの哲学をあまり他人に見せない。多くは二人だけの中に仕舞っているのだ。
ただただ無邪気な関係性。
その存在を少し羨ましく感じる。理解者が要らない訳だ、と納得する。
「……もういいだろ! 充分からかっただろ!」
からかう、という行為には適度な引き際がある。双子はそれを心得ていない。
「「何も聞いてないっつうの!」」
二人はぶうぶうと頬を膨らます。
そんな二人を放置して、空になった食器を台所まで運び、水に浸からせる。
若い時代の焼き物、藍の染付けがステンレスの盥に美しく映える。
両親は骨董を眺めて愛でるのも好きだったが、安価なものは日常生活で利用するのも醍醐味だと思っているようだ。それに関しては、薫ももっともだと思う。実利品をただ飾るだけの意味が解らない。
一人、冷たい水に手先を沈み込ませているのが滑稽に思えてきた。
(……まるで使用人だな)
最初から、二人に家事の手伝いなど期待していない。王様のように振舞うに決まっている。そしてそれは、母親がいるときは自分のポジションだ。彼らによって気づかされたふてぶてしい自分に苦笑する。
「おいチビ助! 戻ってくるときにアイス持ってこい!」居間から柏が叫ぶ。
低いソファでふんぞり返っているに違いない。
兄弟のいない薫は、こういったときの駆け引きや抵抗がとことん下手糞だ。一方的に薫が喚いて、結局従って終わるのだ。近年はもっぱら諍いを避ける傾向にある。
冷凍庫から、棒アイスを二本取り出して居間へ戻る。
その際、彼らの寝床を拵えなければ、と思いつくのだった。
「お前ら、寝床は一緒でいいよな? 昔みたいに『別々がいい』とか文句言うなよ」
こんな彼等も、思春期は互いに険悪で反りが合わなかったのだから、驚く。
二人は、揃って一つの携帯電話を覗き込んでいた。薫に目を向けもせずに頷いた。アイスを一本ずつ目の前に置いてやる。
「なあ、さやぴょん本当に呼んでもいい? 部屋とか布団、大丈夫か?」
「なんだ、まだ連絡してなかったのか。大丈夫だから呼べよ」
真野家は古式な日本家屋であるため、部屋の数には困らない。場合によっては、曾祖母の家の部屋も使える。薫の方でも、サヤカに会いたいことは会いたい。
そして、薫自身が呼びつける真似はどうしてもできなかった。今回の双子の訪問が、初めて役に立った瞬間だ。
「よし、じゃあ、送信ッと」
意味は無いが、空に向けて発信するように携帯電話を掲げる。
不思議なものだ。この一瞬で、東京に居る彼女に言葉が届くのだ。