45 双子と佐々木 その4
「……ったく、しみったれてんな。なんでファミレスなんだよ、高校生じゃねえんだぞ」
「そうだぞ? 俺たちを見ろ。いいもん食って育ったからこんなに美しく育った!」
と、胸を張る。ただし、彼らは自分の美醜には無頓着だ。ファッションも髪もころころ変わる。今が見事な金(銀)髪であっても、「黒猫が可愛かったから」程度の理由ですぐさま黒髪にするのが彼らだ。
だから、今の一言は冗談のつもりだ。しかし、佐々木には通じない。
「それは食いもんのせいじゃねえ。薫ちゃんのおかげだ」
佐々木も佐々木で、意味の解らないことを言う。
文句を言いながらも、二人はしっかりと注文を済ませていた。適当な大きさのテーブルは、三人分の料理の皿で狭苦しく見える。
昼間の街中は、制服で歩くと酷く目立つ。第一高校の制服は、それでなくとも目立った。補導員に捕まる場合は稀だったが(彼らは主に駅にいる)、背広を着た大人たちの視線は冷たい。おまけに今は、金銀の髪の人間を連れている(正しくは付き纏われている)ため、視線は一層寒々しい。
佐々木以外にも、店内は近隣の高校生が見かけられたが「常連」といった雰囲気だ。
「俺、五百円しか持ってないからな! 解ってて注文してるんだろ? お前ら金あるよな?」
「あるぜ! 『五日間で一万円』!」葵は、ピザを飲み込みながら言った。
佐々木は首を僅かに突き出して「は?」と問う。
「……藤子ちゃんにもらった」
「誰だよ『藤子ちゃん』」
「まあ、時間はある。ゆっくり聞け」
双子は、自分たちの境遇を語り始めた。
◇
「……と、いうわけで、親切な佐々木君が俺たちをここまで連れてきてくれたのだよ!」
と、胸を張る柏。
佐々木と薫は、一応三年間の付き合いであるため、彼が真野家を訪れたこともある。
「まあ、ああ言ったけど。俺は君たちの関係について何も言わないぜ?」
「ああ、これでも理解あるほうだし。世界見てる方だし」
と、半笑いで言う。「理解」が裸足で逃げ出す不誠実な表情だ。佐々木の誠意を踏みにじっている。
それも、わざとだ。彼らは恐らく、薫と佐々木の関係に対し、「是非」の感情は持っていない。「薫へのからかいのネタにできる」という点でもって、便宜的に軽んじているだけなのだ。
――彼らが「からかえる」と判断するからにはそこに、在り難い関係性であるという常識が横たわっている。
「一度そっちの世界に行くと戻れないって言うしな!」
「参も経験してみろよ」
「俺? 俺は無理だよ。入れるのは生理的に無理だし、……尻は痔だし」
「おい! 食事中なんですけど!」薫が声を荒らげた。
はあああああ、と深いため息が吐き出される。それは薫のものだ。
食卓には出来合いの惣菜が並ぶ。双子の母親が作りおきしていたものだ。薫の二、三倍のスピードで二人は箸を働かせている。語っていたのは彼らなのに、食べている量は確実に彼らの方が上だ。
「お前ら、ホンッ……ッとバカだよな」
薫は特別に力をこめて言い捨てた。
「しかも、俊は彼氏とかじゃねーよ。ただの友達だよ」
それにしても。佐々木は帰らなくても良かったのに、と思う。一緒に夕飯でも食べれば良かったのに、と。しかし、勉強もあるのでそうもいかないのだろう。彼が一心不乱に勉強する姿は相当不気味だった。なにしろ、彼は文系クラスの最下層を漂っていた。今は浮上しようと頑張っているはずだ。
ガチャン! と音を立てて二人は同時に箸を置いた。
「嘘付け! 佐々木少年は何も言わなかったけどな、アレは夜は凄いタイプだ。目が据わってた」
「財布ン中にいかがわしいもん入れてたんだぞ。お前らアレだろ、そういう関係なんだろ」
「だから、違うって言ってんだろ。……それに、男同士では必要ないだろ」何気ない発言だった。
「「……えっ?」」 双子は固まった。葵はポロリと箸を取り落とした。
「えっ?」薫もつられて箸の動きを止めた。
「……こやつ、『保健体育』をまともに聴いていないぞ」
柏は右手を顔の前で振りながら葵を見た。
「いやいやいやいや。俺たちも実際的なことは知らないけど……そうなのか?」
「いやいやいやいや。いや、それは知識がないから来る発言なのか、それとも経験から来る発言なのか。参、どう思う」
「え? 使うの?」と戸惑う薫。
「衆。こいつは多分、両方だ」と真面目ぶった顔の柏。
「え? 何?」
困惑した表情の薫は、二人を交互に見た。
柏は、兄のように包み込む態度で薫に手を伸ばした。顔も笑っていなかった。ぽすん、と温かみの篭った手で肩に触れた。目は覗き込むようだ。
「……そうか。お前を女にした男は、付けなかったんだな」
「えっ、なんで知って、……」
無防備な顔でそこまでうっかり零してしまってから、薫はぱちんと口を覆った。
顔が火照ってくるのがわかる。恥ずかしいのに、双子から目を逸らせなかった。逸らしたら、もう二度と顔を上げられないくらいの羞恥だ。開き直るくらいの覚悟が必要だった。
「でもダメだぞ? 愛があっても、病気まであったんじゃ元も子もない」
こんな風にたしなめられる位だったら、からかわれている方がマシだったと気づく。嗜好がどうのではなく、個人的で、隠されていなければならない性的な経験が知られたと思うと、恥ずかしかった。しかも、自分が相手を開いたのではなく、開かれた立場であったことが追い討ちをかける。
「ぶはは……! とりあえず今夜はその顔が見られて良かったぜ」
葵は豪快に笑いながらかぼちゃの煮付けに箸を突きたてる。その無作法は、彼らの家庭では絶対に許されない行為だっただろう。
このときばかりは、葵の笑い声に助けられた気分になる。薫はようやく柏から目線を外し、味噌汁の椀を口元に運ぶ。本調子でない顔を隠すのに丁度良い。
双子は一緒に頷く。
「まあ、やっとこのネタでからかえてよかったぜ。お前は青臭くて甘じょっぱい話がない奴だったからな! カッコつけ野郎でさあ!」
柏は箸の先を薫に向ける。これも、伯父がいれば鉄拳が飛んできたかもしれない。
「カッコつけ野郎は否定できないけど……。……なんだよ、甘『じょっぱい』って。『甘酸っぱい』だろ」
どうにか薫は突っ込むことができるまでに回復した。
「お前らの年頃は、恋とか性とか、そういうもんにワアワア言ってるのがお似合いなんだよ」
「そうだぜ? 俺がチビ助くらいの歳頃はなあ、惚れた腫れたで毎日楽しかったもんだ」
「そうだぜ? 女体が気になったり、自分を持て余したり、意味もなく淋しくなったりしたもんだ」
「……そういう普通の感性持った人間が、どうしてこんな変人に育つんだよ……」
性にまつわる鬱屈したフラストレーションは、サヤカによって取り除かれていただけだ。薫にとっては、サヤカが目標だった。いつだって、薫の前では颯爽としていて、ぐじぐじと恋で悩む姿は見せなかった。
しかし、彼女は「見せなかった」のではなく、恋そのものを経験していないだけだったのだ。その彼女を、薫の前から連れ去った「恋」。そして「恋」を肯定したサヤカ。
そして、自分は? 薫はハタ、と考え込む。
箸の先の米粒がぽとりと落ちた。それと一緒に薫も本日二度目、口を滑らせる。
「……俺だって、好きな奴、いるし……」
「好き」、と言葉にするのは初めてだった。
思いのほか、その声は乙女じみていた。自分の言葉に形があるのなら、漂っているそれを捕まえて、再び自分の中深くに隠してしまいたいほど恥ずかしい代物だった。代わりに、味噌汁を無理やり押し込んだ。
双子が、椀の向こうでニヤニヤ笑っているのが見えた。
「へーえ。それは結構。で、どんな人間」
こん、と椀を食卓に下ろす。
「……さいっこうに格好いい人間だよ」