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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
45/92

45 双子と佐々木 その4

「……ったく、しみったれてんな。なんでファミレスなんだよ、高校生じゃねえんだぞ」

「そうだぞ? 俺たちを見ろ。いいもん食って育ったからこんなに美しく育った!」

 

 と、胸を張る。ただし、彼らは自分の美醜には無頓着だ。ファッションも髪もころころ変わる。今が見事な金(銀)髪であっても、「黒猫が可愛かったから」程度の理由ですぐさま黒髪にするのが彼らだ。

 だから、今の一言は冗談のつもりだ。しかし、佐々木には通じない。


「それは食いもんのせいじゃねえ。薫ちゃんのおかげだ」


 佐々木も佐々木で、意味の解らないことを言う。

 文句を言いながらも、二人はしっかりと注文を済ませていた。適当な大きさのテーブルは、三人分の料理の皿で狭苦しく見える。


 昼間の街中は、制服で歩くと酷く目立つ。第一高校の制服は、それでなくとも目立った。補導員に捕まる場合は稀だったが(彼らは主に駅にいる)、背広を着た大人たちの視線は冷たい。おまけに今は、金銀の髪の人間を連れている(正しくは付き纏われている)ため、視線は一層寒々しい。

 佐々木以外にも、店内は近隣の高校生が見かけられたが「常連」といった雰囲気だ。

 

「俺、五百円しか持ってないからな! 解ってて注文してるんだろ? お前ら金あるよな?」

「あるぜ! 『五日間で一万円』!」葵は、ピザを飲み込みながら言った。


 佐々木は首を僅かに突き出して「は?」と問う。


「……藤子ちゃんにもらった」

「誰だよ『藤子ちゃん』」

「まあ、時間はある。ゆっくり聞け」


 双子は、自分たちの境遇を語り始めた。




「……と、いうわけで、親切な佐々木君が俺たちをここまで連れてきてくれたのだよ!」


 と、胸を張る柏。

 佐々木と薫は、一応三年間の付き合いであるため、彼が真野家を訪れたこともある。


「まあ、ああ言ったけど。俺は君たちの関係について何も言わないぜ?」

「ああ、これでも理解あるほうだし。世界見てる方だし」


 と、半笑いで言う。「理解」が裸足で逃げ出す不誠実な表情だ。佐々木の誠意を踏みにじっている。

 それも、わざとだ。彼らは恐らく、薫と佐々木の関係に対し、「是非」の感情は持っていない。「薫へのからかいのネタにできる」という点でもって、便宜的に軽んじているだけなのだ。

 ――彼らが「からかえる」と判断するからにはそこに、在り難い関係性であるという常識が横たわっている。


「一度そっちの世界に行くと戻れないって言うしな!」

「参も経験してみろよ」

「俺? 俺は無理だよ。入れるのは生理的に無理だし、……尻は痔だし」


「おい! 食事中なんですけど!」薫が声を荒らげた。


 はあああああ、と深いため息が吐き出される。それは薫のものだ。

 食卓には出来合いの惣菜が並ぶ。双子の母親が作りおきしていたものだ。薫の二、三倍のスピードで二人は箸を働かせている。語っていたのは彼らなのに、食べている量は確実に彼らの方が上だ。


「お前ら、ホンッ……ッとバカだよな」


 薫は特別に力をこめて言い捨てた。


「しかも、俊は彼氏とかじゃねーよ。ただの友達だよ」


 それにしても。佐々木は帰らなくても良かったのに、と思う。一緒に夕飯でも食べれば良かったのに、と。しかし、勉強もあるのでそうもいかないのだろう。彼が一心不乱に勉強する姿は相当不気味だった。なにしろ、彼は文系クラスの最下層を漂っていた。今は浮上しようと頑張っているはずだ。

 

 ガチャン! と音を立てて二人は同時に箸を置いた。


「嘘付け! 佐々木少年は何も言わなかったけどな、アレは夜は凄いタイプだ。目が据わってた」

「財布ン中にいかがわしいもん入れてたんだぞ。お前らアレだろ、そういう関係なんだろ」

「だから、違うって言ってんだろ。……それに、男同士では必要ないだろ」何気ない発言だった。


「「……えっ?」」 双子は固まった。葵はポロリと箸を取り落とした。

「えっ?」薫もつられて箸の動きを止めた。

「……こやつ、『保健体育』をまともに聴いていないぞ」


 柏は右手を顔の前で振りながら葵を見た。


「いやいやいやいや。俺たちも実際的なことは知らないけど……そうなのか?」

「いやいやいやいや。いや、それは知識がないから来る発言なのか、それとも経験から来る発言なのか。参、どう思う」

「え? 使うの?」と戸惑う薫。

「衆。こいつは多分、両方だ」と真面目ぶった顔の柏。

「え? 何?」


 困惑した表情の薫は、二人を交互に見た。

 柏は、兄のように包み込む態度で薫に手を伸ばした。顔も笑っていなかった。ぽすん、と温かみの篭った手で肩に触れた。目は覗き込むようだ。


「……そうか。お前を女にした男は、付けなかったんだな」

「えっ、なんで知って、……」


 無防備な顔でそこまでうっかり零してしまってから、薫はぱちんと口を覆った。

 顔が火照ってくるのがわかる。恥ずかしいのに、双子から目を逸らせなかった。逸らしたら、もう二度と顔を上げられないくらいの羞恥だ。開き直るくらいの覚悟が必要だった。


「でもダメだぞ? 愛があっても、病気まであったんじゃ元も子もない」 


 こんな風にたしなめられる位だったら、からかわれている方がマシだったと気づく。嗜好がどうのではなく、個人的で、隠されていなければならない性的な経験が知られたと思うと、恥ずかしかった。しかも、自分が相手を開いたのではなく、開かれた立場であったことが追い討ちをかける。


「ぶはは……! とりあえず今夜はその顔が見られて良かったぜ」


 葵は豪快に笑いながらかぼちゃの煮付けに箸を突きたてる。その無作法は、彼らの家庭では絶対に許されない行為だっただろう。

 このときばかりは、葵の笑い声に助けられた気分になる。薫はようやく柏から目線を外し、味噌汁の椀を口元に運ぶ。本調子でない顔を隠すのに丁度良い。

 双子は一緒に頷く。


「まあ、やっとこのネタでからかえてよかったぜ。お前は青臭くて甘じょっぱい話がない奴だったからな! カッコつけ野郎でさあ!」


 柏は箸の先を薫に向ける。これも、伯父がいれば鉄拳が飛んできたかもしれない。


「カッコつけ野郎は否定できないけど……。……なんだよ、甘『じょっぱい』って。『甘酸っぱい』だろ」


 どうにか薫は突っ込むことができるまでに回復した。


「お前らの年頃は、恋とか性とか、そういうもんにワアワア言ってるのがお似合いなんだよ」

「そうだぜ? 俺がチビ助くらいの歳頃はなあ、惚れた腫れたで毎日楽しかったもんだ」

「そうだぜ? 女体が気になったり、自分を持て余したり、意味もなく淋しくなったりしたもんだ」

「……そういう普通の感性持った人間が、どうしてこんな変人に育つんだよ……」


 性にまつわる鬱屈したフラストレーションは、サヤカによって取り除かれていただけだ。薫にとっては、サヤカが目標だった。いつだって、薫の前では颯爽としていて、ぐじぐじと恋で悩む姿は見せなかった。

 しかし、彼女は「見せなかった」のではなく、恋そのものを経験していないだけだったのだ。その彼女を、薫の前から連れ去った「恋」。そして「恋」を肯定したサヤカ。

 そして、自分は? 薫はハタ、と考え込む。


 箸の先の米粒がぽとりと落ちた。それと一緒に薫も本日二度目、口を滑らせる。


「……俺だって、好きな奴、いるし……」


「好き」、と言葉にするのは初めてだった。

 思いのほか、その声は乙女じみていた。自分の言葉に形があるのなら、漂っているそれを捕まえて、再び自分の中深くに隠してしまいたいほど恥ずかしい代物だった。代わりに、味噌汁を無理やり押し込んだ。

 双子が、椀の向こうでニヤニヤ笑っているのが見えた。


「へーえ。それは結構。で、どんな人間(おとこ)


 こん、と椀を食卓に下ろす。


「……さいっこうに格好いい人間(にんげん)だよ」

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