44 双子と佐々木 その3
二人は警備員室の外側で佐々木を待ち続けた。
葵は、銀髪を揉みながら壁に寄り添う。
「……楽しみだなー……。チビ助、女を食いすぎてついに男に走ったか……」
「一周したんだな」
それは正しくない。薫の女性経験はサヤカだけだ。
「なあ、薫の彼氏が出てきたら、おだててイヤラシイ話を聞きだそうぜ? そんで、それをネタに五日間はたっぷりチビ助をからかえる。どうだ?」
すると、葵のほうも口角を上げてにっこりと笑った。
「……おだてるのもいいけど。俺は脅す方が好きだな。根っからのサディストなんで」
と、ポケットから何かを取り出す。黒い皮製の財布。柏は、これ以上無いといった感動に打ち震えて返事をする。
「葵……お前、サイッコウ!」
思わず「アオイ」と呼んでしまう。
その財布は、彼女のものでも、柏のものでもない。――佐々木のものだ。接近した瞬間に抜き取ったのだ。
「ま、その前に二、三枚頂いてもバチはあたんねーだろ。捨ててやるよりはマシだと思え、クソガキ」
ぞんざいな手つきで財布を開き、札入れを覗く。しかし、そこには一枚の千円札も存在しなかった。
ただ空しく、避妊具が一つ入っていた。
「……恥ずかしいヤローだぜ」
葵は呟いた。
◇
それから数分もしないうちに、佐々木は職員用出入り口から現われた。
恨みがましそうに図書館を見上げて、鞄を腕に通す。今日はスポーツバックではなく、学生鞄だった。勉強道具が入っているのかどうか疑わしいほど軽そうなそれを、リュックのように背負った。
双子は、そこから数メートル離れたところにいた。
冬の間延びした太陽の光が金髪・銀髪を透明に見せる。図書館の暗さでは、遠くから見ると、銀髪は黒髪にも見える。皆川が葵を薫だと勘違いしたのはそのせいだ。
二人は今、佐々木の財布の中身を大解剖しているところだ。熱中していて、佐々木が彼らの元に忍び寄っているのに気づいていない。
「……ぶふッ! 見ろよ、学生証! マジ目つきわりいぜ?」「いい顔なのに勿体ねえな! 原付の免許もやべええ!」「……で、このゴムに関してどう思います?」「なあ、『どっち』だと思う?」
「え……そりゃあ、当然……」「だよなあ、チビ助が女、だよなあ?」「いや? わかんねえぞ?」
「おい」
「てか、腹減ったな」「飯食いに行こうぜ」「でも、この辺知らねえし」
「オイって言ってんだろうが!」
佐々木が二人を見下ろしていた。双子は、しくじった、という表情をして佇まいを正した。芝生に正座する。
「「なんすか」」
「『なんすか』、じゃねえよ! その財布、俺のだろ! 道理で……! まあ、おかげで助かったけど」
彼は警備員で身元を確認されたが、財布を葵に抜き取られていたため、制服以外に身分を証明するものが無かった。そのため、適当に名前を偽って抜け出してきたのだ。
葵は微笑んだ。「俺、薫にそっくりだろ」佐々木は片眉を上げる。「あんた、女だろ?」
葵は立ち上がって佐々木の首に腕を回す。薄ら笑いは張り付いたままだ。
「お前、薫の彼氏なんだろ? もうチューはしたか? してやろうか?」
葵は実際にする気はなく、年下をからかっているつもりだ。佐々木は緊張しているかのようにかたい表情だが、そうではない。――むしろ佐々木は、彼女の唇を自ら奪った。
逆襲にあった葵の手が、虚空をさまよった。傍では、柏が声えも出ないほどの爆笑をしている。地面にのたうっている。
――数秒後、佐々木は不敵な笑みを浮かべて葵を突き放した。
「ああー……。俺、最低だな。薫ちゃんと別人を見間違えるだなんて」
「なに……?」
葵は屈辱の表情で佐々木を見上げる。ぐいっと乱雑に唇を拭う。オマケに唾を地面に吐き捨てた。それほど不快だったらしい。柏の方は笑いすぎていて、感想が言葉にならない。
「ちくしょー、ガキの癖に生意気な……」
「あんたには、薫ちゃんの綺麗な喉仏も無いし、ごりっとした体でもない。あ、でも、俺、女の子は好きだから遠慮なくチューさせてもらったぜ」
「『女の子』と言うなクソガキ! 俺はもう二十六だ!」
「十六でも二十六でもいいから、兎に角、財布返せよ! 俺の全財産が入ってるんだよ!」
佐々木はごつごつとした手を差し出す。そこで、柏がようやく声を出して笑った。
「ごッ、五百円が全財産って……どんだけビンボーなんだよお前! バイトしろって」
「学校でバイト禁止されてるんだよ! 第一、受験生だぞ、俺!」
「へ? 受験とバイトに何か関係が?」
「だから……勉強時間が無くなるだろ!」
「うわあああ! ここにガリ勉がおるぞ!」頬を押さえて柏が叫ぶ。ムンクのようだ。
「阿呆そうな顔して何が勉強だこのクソガキ!」葵は下から粘着質な蔑みの目を送る。
二人は何時だって、漫画のようにオーバーリアクションだ。佐々木のこめかみが引きつった。
「なんか、テメーらすっげええええ……むかつく。すっげええええ、嫌いだわ」
「「そう?」」「俺らは好きだぜ? 佐々木俊クン」
と、学生証をふる。佐々木が手を伸ばすと、柏がひょいと高い位置へ持ち上げる。
「お前ら薫ちゃんの何なの? 兄妹?」
むすっとしたまま佐々木は歩き出す。二人は、佐々木の肩にのしりと乗りかかった。
「よう、彼氏、真相を知りたいなら俺たちの言うことを聞くんだな」「おう、財布返して欲しかったら、薫のアラレモナイ話をするんだな」
「てめえら……! 薫ちゃんに似てるからって調子乗りやがって……! 俺が殴れないのをいいことに……!」
佐々木はわなわなと震える。二人は、キャッキャと笑いながら踊るようにして歩く。佐々木の傍を離れない。
「兎に角、真野家に俺たちを案内しろ!」
「……は?」
「俺たちは今、迷子なんだよ」
「……は?」
「ついでに、この辺の昼飯処を教えろ。なるべく上等な所でな!」
「俺、今から学校だっつーの」
葵は腕時計で時間を確かめる。時刻は間も無く十二時になるところだ。
「もう昼だぜ? ここまできたら、もうサボれ。な? 人生に役立たない知識つめるくらいなら俺たちとの会話と言う有益な社会勉強をしろ!」
「さーとーれー!」佐々木は柏に向かって大声を出す。「悟れよ! てめーらと話したくねえから『学校行く』って言ってんだよ! これからまっすぐ家に帰るに決まってンだろ! 手前らのせいで厄介な目にあったからな!」
しかし、半分は自業自得だ。