43 双子と佐々木 その2
双子は立ち上がって、少年を見下ろした。そして更に、一歩後退する。
「は?」「薫『ちゃん』?」「チビ助のこと?」
ごにょごにょと二人は顔を見合わせた。
「ちょちょちょ、薫ちゃん、どうしたのその頭? てか何で私服? 学校は? あ、俺が言うなってカンジだけど」
急に親密な気配になって、少年は明るく笑う。少年――佐々木俊も、閲覧者用の椅子から立ち上がった。
と、同時に二人は、頭の上で電球が光るように気づいた。「この少年は薫の友人らしい」と。にんまり、悪巧みの笑みが広がる。
佐々木は、銀髪――葵の髪に触れる。薫に似て(薫『が』似たのだが)柔らかい感触だ。葵は突然の接触にも驚かなかった。
「何? これカツラ?」
葵はにっこり笑った。笑った顔は、益々薫に似る。しかし、佐々木は葵の髪をしげしげと見ていた。
「そうだぜ?」
「へえ? なんでまたこんな格好で。悪かったな、うるせーとか言って。しかも、……なんでこんな金髪男といるの?」
最後は睨み付けるようにして柏を見た。葵は薫よりも小さい。ただし、柏とは数センチは違う。佐々木も、柏は見上げる形になる。
「どういう関係?」
葵は焦った。
何をもってこの男がそう聞くかが解らなかったからだ。何と言えば、(薫にとって)より甚大な不都合が生じるか。
ダメージや混乱を大きくすることが彼らの楽しみだ。そのために有効な行動は何か、と考えている。おまけに、目の前の男は遠慮なく葵のパーソナルスペースに侵入してくる。
(こいつ……薫に、いつもこんなに馴れ馴れしいのか?)
困ったように柏を振り返る。彼はにんまり笑って「任せろ」という目線を送った。
柏は一歩踏み出し、葵に触れた佐々木の手をなぎ払う。
「……俺のオトコに気安く触ってんじゃねえよ。『薫』は俺のもんだ」
「……っ!」
そのまま、ぐいっと葵を腕に抱え込んだ。柏の想定外の動きに対し、葵が驚きと嫌悪の入り混じった表情を見せた。それが生々しいので、事実らしく見せた。
「はあ!?」
辺りが振り返るほどの大声を上げて、佐々木は叫んだ。もはや、双子よりも佐々木の方が害悪でしかない。
「ふざけんなよ! 薫ちゃん、嫌がってんだろ!」
「い、嫌がってねーよ。お、俺もこの男が好きだ」と、引きつった笑顔の葵。
「嘘付けい! そんな話聞いてねえよ! クソ! 俺が必死こいて勉強してる間にとんでもねー害虫が付いてきやがった!」
腰に手を当てて、舐めあげるように柏を見た。
「てめえ……。さては薫ちゃんを夜の世界に引きずり込もうとするヒモ男だな?」
柏は、堪えきれず吹き出した。可笑しくてたまらないらしい。
想像以上に好ましく過敏な反応をする少年を、すっかり気に入ってしまった。その腹を葵がどつく。
(笑ってんじゃねーよ、参)(だってよ……だって……)
佐々木は更に興奮して噛み付いた。ずいと二人に近寄る
「笑ってんじゃねーよホスト男! てめえに薫ちゃんは渡さねーからな!」
と、葵の腕を胸に抱きこんだ。しかし。
「…………あれ?」
抱えた彼女の腕を見下ろして、きょとんとした顔をする。
もはや、彼らの寸劇は衆人環視のもと行われていた。
「すみません! ここは図書館なのでお静かに……、」
利用者の報告を受けて、警備員がようやく駆けつけた。
その制止には無反応で、佐々木は目を丸くして葵を見ている。佐々木はようやく異変に気がついたのだ。
「……あんた、誰? 薫ちゃんの、何?」
双子は、にんまり笑う。「さて、誰でしょう?」
「あのう、どうされました?」警備員が佐々木の肩を叩く。
「ああ? 取り込んでんだよ、後にしろ!」
佐々木は警備員にも不機嫌を振りまく。
他方、双子は一瞬の内に完全に被害者めいた顔をして縮こまった。(髪の色はともかく)彼らの血筋の顔が幸いして、それは構図的にふさわしかった。目つきが悪くて反省の色の無い不良めいた高校生と、美しい顔をした二人組。
警備員は、佐々木と二人の間を引き離しにかかった。
そのどさくさに紛れ、双子はその場を抜け出す。
「あ! 待てよてめえら! 誰だ!」
負け犬の遠吠えのように、警備員に抑えられながら彼は叫んだ。
くしゃくしゃになった競馬雑誌だけが、床にぽつんと残っている。
◇
「ぶあっはっは! 聞いたかよ、衆!」
「ぶあっははは! 聞いたよ、参!」
「こりゃあ完全に、」「間違いねえな!」
「「ホモだ!!」」
二人は図書館の前の芝生で、文字通り笑い転げた。服や髪に芝が付くのも気にせずに。まるで子猫のようだ。
ひとしきり笑った後、二人は向き合って口々に言った。
「しばらく会わねーうちに、チビ助、ホモになってたんだな!」
「あの男、薫の彼氏か?」
「まあ、そこそこにいい体してたな」
「うん、運動はしてるな」
葵は、親指を顎に当てて含み笑いをする。
「……俺、あいつ好きだな」
「俺も。チビ助よりは面白そう」
「あ! 彼氏ならチビ助の家知ってるんじゃねえの?」
葵は手を打って、目を輝かせた。
「賢いな、衆! 用務員室から出てきたところを捕まえようぜ!」
「だな! 案内してもらおうぜ!」
ふてぶてしい。
彼らにとても似合う言葉だ。