42 双子と佐々木 その1
時刻はその日の午前中にさかのぼる。
◇
それは殆ど拉致の形に近かった。まさしく、車に詰め込まれたのだ。
状況を把握しないまま、二人は両親に抱えられたような調子でこの街へやってきた。
ただし、真野家で降ろされた訳ではなかった。
双子の父親は「少しは勉強しろ」とのたまって、市立図書館の前で二人を放った。
本という本(物語という物語)を読まない二人が図書館なんぞに現われた理由はそれだ。
新刊雑誌コーナーの競馬雑誌を覗き込みながら、二人は途方に暮れる。ぶつぶつとした文句だけは途切れない。
「本なんて読んだら腐る。オタクが読むもんだ」
「本なんてクソだ。その時間でバイトしてーよ、俺は。金! 金貯めないと次に行けないしな!」
「親父に拘束された時間を労働時間に換算してみろ? 親父はトンデモネー額をパアにしやがった。そんでもって、バイトを向こう五日間キャンセルすっと、さらにヤベエ額の損失が……」
「そいで更に! この件でクビにされてみろ! 貯金どころか、当面の生活費がやばくなる!」
わあああ! と叫んで二人は床にしゃがみ込んだ。ただし、ここは図書館だ。
「……一応、……『これ』もバイトだけどな」
「藤子ちゃんには悪いけど、五日間で一万円って割悪くねえ? 食事代だけで終わるべ」
「まあ、その辺はチビ助負担で。コッチが面倒見てやるんだから当然だろ」
「まあ、親父の独断ならともかく、藤子ちゃんの頼みとあっちゃ文句は言えない」
「それに、俺らの信条は、」
「「いつ・いかなるときも、楽しむ!」」
そう言って、にこにこと笑う。
さて、彼らが、(彼らにとって)憎き図書館を抜け出さずに留まっているのには理由があった。
「なあ、衆。ここからチビ助の家に行くにはどうしたらいいんだ?」
「さあ。俺もさっぱりだ。真野家の直径二百メートルぐらいしか知らない」
「藤子ちゃんに電話で聞こうぜ」と、さっと携帯電話を取り出す。
「バァカ! 車には親父も乗ってるだろ! 教えてくれるわけねえよ!」
二組の親らは、一つの車で温泉地に向かったらしい。まさに今は移動中だろう。
失望で、がっくりとうな垂れる。
しかし、その直後、「あ!」と葵が目を輝かせる。
「参、良く考えろ。ここは図書館だ。地図くらいあるんじゃね?」
「マジか! あったまイイな衆!」柏が葵の手をとる。
「……あ、でも俺、地図読めねえわ」
「……あ、てか。チビ助の家の場所が解らないと地図を見ても意味なくね?」
再び深くうな垂れる。進退窮まっている。
「……ちくしょー、クソ親父の野郎、こんな辺鄙なド田舎に忙しい俺たちを連れてきやがって」
「しかもチビ助の世話だぁ? ……あいつ今いくつだよ。高二?」
「中二じゃなかったか?」
ぶふーっと噴出しては笑う。雑誌を破ってしまいそうなほど乱暴にそれを叩いた。
「それはねねえだろ!」
「でも、俺ン中でのチビ助は、目をキラキラさせた小五の姿!」
「わかる!」
そのはしゃぐ姿は、図書館に相応しいものではない。
しゃがみ込んでお喋りをする上に、金髪・銀髪なのも加味されて、周囲の大人たちは不快な目線を二人に送る。
しかし、金髪の方の青年の細いなりにもしなやかな体躯を見ると、咳払いをしてまた本に目線を落とす。柔らかな筋肉のしなりを連想させる体つきだ。
論が通じないと見える相手には、我関せずを貫く方が賢い場合もある。
そんな中、果敢にも食って掛かる一人の人間がいた。
低い声が響く。
「……おい、うっせーんだよそこのホスト頭」
ちなみに、柏と葵の髪形はホストと呼べるほど気合の入った代物ではない。
声を発した少年は、彼らに目線も向けずに、熱心に受験雑誌を読みふけっていた。正義感からではなく、「ただ単に、五月蝿いものを五月蝿いと言っただけ」といった様子だ。
少年は、他人を注意をする割には、だらしなく制服を着崩している人間だった。世間一般で言う、『不真面目』だ。頭も、陽に焼けたくしゃくしゃの茶髪で、中身のなさそうな学生鞄を足元に放っている。
場合によっては彼自身が騒ぐタイプだろう、と周囲の人間は思う。倫理観を持っていると言うよりは、自分の世界は何者にも邪魔されたくないという種類の人間。(今は静かに雑誌を読むのが気分らしい)
その偏見は、偶然、正しかった。彼はそんな人間だ。
面倒なことが起こりそうな気配だ。
「「ん?」」
金・銀髪双子は振り向く。大人たちは、緊張に固まる。
「あれ、衆。今なんか失礼な言葉が聞こえなかったか?」
「ああ聞こえたね、参。うるさい、とか何とか」
「『とか何とか』、じゃねーよ! うるせえっつってんだよアホか!」
と、最も喧しい声で叫ぶ少年はキッと顔を上げる。その目は射るように鋭い。
――が。
銀髪の人間を見ると、獣じみた顔がくにゃりと溶けた。
「……あっれー? 薫ちゃん!?」
少年――佐々木俊は嬉しそうに、人懐こそうな笑みを浮かべた。
薫のことに関しては、「自分の世界は何者にも邪魔されたくないという種類の人間」は成り立たない。
全てにおいて、薫が最優先になる。
そんな、従順な犬のような笑みだ。