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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
42/92

42 双子と佐々木 その1

時刻はその日の午前中にさかのぼる。



 それは殆ど拉致の形に近かった。まさしく、車に詰め込まれたのだ。

 状況を把握しないまま、二人は両親に抱えられたような調子でこの街へやってきた。

 ただし、真野家で降ろされた訳ではなかった。

 双子の父親は「少しは勉強しろ」とのたまって、市立図書館の前で二人を放った。

 本という本(物語という物語)を読まない二人が図書館なんぞに現われた理由はそれだ。



 新刊雑誌コーナーの競馬雑誌を覗き込みながら、二人は途方に暮れる。ぶつぶつとした文句だけは途切れない。


「本なんて読んだら腐る。オタクが読むもんだ」

「本なんてクソだ。その時間でバイトしてーよ、俺は。金! 金貯めないと次に行けないしな!」

「親父に拘束された時間を労働時間に換算してみろ? 親父はトンデモネー額をパアにしやがった。そんでもって、バイトを向こう五日間キャンセルすっと、さらにヤベエ額の損失が……」

「そいで更に! この件でクビにされてみろ! 貯金どころか、当面の生活費がやばくなる!」


 わあああ! と叫んで二人は床にしゃがみ込んだ。ただし、ここは図書館だ。


「……一応、……『これ』もバイトだけどな」

「藤子ちゃんには悪いけど、五日間で一万円って割悪くねえ? 食事代だけで終わるべ」

「まあ、その辺はチビ助負担で。コッチが面倒見てやるんだから当然だろ」

「まあ、親父の独断ならともかく、藤子ちゃんの頼みとあっちゃ文句は言えない」

「それに、俺らの信条は、」

「「いつ・いかなるときも、楽しむ!」」


 そう言って、にこにこと笑う。

 さて、彼らが、(彼らにとって)憎き図書館を抜け出さずに留まっているのには理由があった。


「なあ、衆。ここからチビ助の家に行くにはどうしたらいいんだ?」

「さあ。俺もさっぱりだ。真野家の直径二百メートルぐらいしか知らない」

「藤子ちゃんに電話で聞こうぜ」と、さっと携帯電話を取り出す。

「バァカ! 車には親父も乗ってるだろ! 教えてくれるわけねえよ!」 


 二組の親らは、一つの車で温泉地に向かったらしい。まさに今は移動中だろう。

 失望で、がっくりとうな垂れる。

 しかし、その直後、「あ!」と葵が目を輝かせる。


「参、良く考えろ。ここは図書館だ。地図くらいあるんじゃね?」

「マジか! あったまイイな衆!」柏が葵の手をとる。

「……あ、でも俺、地図読めねえわ」

「……あ、てか。チビ助の家の場所が解らないと地図を見ても意味なくね?」


 再び深くうな垂れる。進退窮まっている。


「……ちくしょー、クソ親父の野郎、こんな辺鄙なド田舎に忙しい俺たちを連れてきやがって」

「しかもチビ助の世話だぁ? ……あいつ今いくつだよ。高二?」

「中二じゃなかったか?」

 

 ぶふーっと噴出しては笑う。雑誌を破ってしまいそうなほど乱暴にそれを叩いた。


「それはねねえだろ!」

「でも、俺ン中でのチビ助は、目をキラキラさせた小五の姿!」

「わかる!」


 そのはしゃぐ姿は、図書館に相応しいものではない。

 しゃがみ込んでお喋りをする上に、金髪・銀髪なのも加味されて、周囲の大人たちは不快な目線を二人に送る。

 しかし、金髪の方の青年の細いなりにもしなやかな体躯を見ると、咳払いをしてまた本に目線を落とす。柔らかな筋肉のしなりを連想させる体つきだ。

 論が通じないと見える相手には、我関せずを貫く方が賢い場合もある。

 そんな中、果敢にも食って掛かる一人の人間がいた。

 低い声が響く。


「……おい、うっせーんだよそこのホスト頭」


 ちなみに、柏と葵の髪形はホストと呼べるほど気合の入った代物ではない。

 声を発した少年は、彼らに目線も向けずに、熱心に受験雑誌を読みふけっていた。正義感からではなく、「ただ単に、五月蝿いものを五月蝿いと言っただけ」といった様子だ。

 少年は、他人を注意をする割には、だらしなく制服を着崩している人間だった。世間一般で言う、『不真面目』だ。頭も、陽に焼けたくしゃくしゃの茶髪で、中身のなさそうな学生鞄を足元に放っている。

 場合によっては彼自身が騒ぐタイプだろう、と周囲の人間は思う。倫理観を持っていると言うよりは、自分の世界は何者にも邪魔されたくないという種類の人間。(今は静かに雑誌を読むのが気分らしい)

 その偏見は、偶然、正しかった。彼はそんな人間だ。

 面倒なことが起こりそうな気配だ。


「「ん?」」


 金・銀髪双子は振り向く。大人たちは、緊張に固まる。

 

「あれ、衆。今なんか失礼な言葉が聞こえなかったか?」

「ああ聞こえたね、参。うるさい、とか何とか」

「『とか何とか』、じゃねーよ! うるせえっつってんだよアホか!」


 と、最も喧しい声で叫ぶ少年はキッと顔を上げる。その目は射るように鋭い。


 ――が。


 銀髪の人間を見ると、獣じみた顔がくにゃりと溶けた。 


「……あっれー? 薫ちゃん!?」


 少年――佐々木俊は嬉しそうに、人懐こそうな笑みを浮かべた。

 薫のことに関しては、「自分の世界は何者にも邪魔されたくないという種類の人間」は成り立たない。

 全てにおいて、薫が最優先になる。


 そんな、従順な犬のような笑みだ。


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