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カオルノキミ 2  作者: 黒炭
第二部
40/92

40 双子

五日間。その五日間を超えれば冬季休暇だ。


「あのなあ。五日間親が居ないって言っても、隣の家には、ばあちゃんたちもいるんだぞ? ……飯くらい自分で作れるし」

「「俺らに言われても」」「「なあ?」」と顔を見合わせてニヤニヤする。


 そして近所には大地の家がある。彼も、彼の母親もいつだって薫を歓迎する。


「「そういうこっちゃないよ」」

「は?」

「……薫が一人で寝るのは……淋しいだろうと……思って……、俺たちは、」


 言う傍から笑いが我慢できないらしい。息を漏らしながら喋る。


「ダーメーだー笑える!」「ぶはッ! 俺も無理!」

「何でさっきから、俺の顔見て笑うんだよ。なんか付いてるか?」


 薫は苛立ったため息をつき、立ち上がって暖房を点けようとした。しかし、それはすでに起動していた。どうりで柏がアイスなんぞを真冬に食べていた訳だ、と納得する。


「いいから帰れ。五日間遊んでる余裕あるならバイトしろ。世間はクリスマス商戦で忙しいんだ」 

「『働いたら負けだと思ってる』」

「もうバイトしてンだろ」

「そう、だから俺たちは無職じゃない」「無職じゃない」「クリスマスは家族と過ごすんだぜ?」

「……だから、クリスマスも(かぞく)は旅行中だろ?」

「「(かぞく)がいる」」


 話していて、薫は時々意味が解らなくなる。前後で主張がころころ変わっていることはざらだし、二人が畳み掛けるようにするからだ。


「俺、お前らの家族じゃないし」

「つれないこと言うなよ、キョウダイ」

 

 目を不満げに細めて二人を眺める。

 嫌悪感の半分は、「外的な」同属嫌悪でできている。もう半分は当然、「性格の」同属嫌悪だ。三人は、いい加減なところや、単純なところで似ていた。基本的なテンションの差こそあるが。

 自分の外見や性格が嫌なのではない。むしろ好きだった。だからこそ双子の存在は、そこはかとないナルシシズムで支えられている薫の自尊心を著しく傷つけるのだ。

 そこに気づき、また苛立ちが募る。


「あ、ジャージ借りてるから」

「これから服借りるから。荷物持ってきてねえんだ」

「藤子ちゃんが好きなように使えって言ったから。もちろん、薫のをな!」


 柏は、最新機種の携帯電話を取り出した。タッチパネル式。二人は節約中のくせに、こういった物への投資は惜しまない。

「そんなに言うなら、さやぴょんも呼び出そうぜ。どうせ大学なんて、サボっても平気だろ」

「それ、イイな! 俺もさやぴょんに会いたい!」

「ああ、そうしてくれよ。お前らと五日間一緒に過ごすなんて耐えられねえ」


 うんざりして薫は言う。荷物をかき集めて奥の自室へ逃げ込むつもりだ。


「薫は、いっつも俺らに苛められてたもんなあ」「薫は、すぐ怒るから可愛いんだよなあ」

 

 二人はしみじみと薫を眺めた。その視線を振り切るように彼は立ち上がって歩き出す。


「昔の話を蒸し返すな。それから。受験勉強の邪魔は、すんな」


 双子はげんなりした顔を見せる。


「ああ、勉強、勉強って、きめえ」「頭いい奴にまともな人間はいねえよな」「そんで、犯罪とかするんだよな」「『真野君ですか? ええ、そんなことするように見えない大人しい子でしたけど……』」と合成音の真似をする。

「俺頭良くねえし。そんで、まともじゃないなんて、お前らだけには言われたくないんだけど」


 薫は頭が良い訳でも勉強ができる訳でもなくて、ある程度ものごとを割り切りることが出来る人間なだけだ。格好良い悪い、ダサいダサくないという問題ではない。

 しかし、双子が自分のような種類の人間を見下すことを、薫は理解しているつもりでいる。薫が二十年足らずの人生で、「勉強は訓練」だと学んだように、双子も双子らで「勉強は無駄だ」と学んだ。

  

「がーりー勉! ハイ?」「がーりー勉! ハイ!」二人の合掌が始まった。

 頭の上でパンパンと手を打つ。かつてはこれの「チービ助!」バージョンに泣かされた苦い記憶を持つ。


「ハイハイ、ガリ勉で結構」


 薫が襖から顔だけを出して言うと、二人は顔を見合わせてニヤついた。


「ほら、こうして一々反応してくれるんだぜ」「可愛いよなあ」

「……じゃあもう何もいわねえ」


 乱暴な音を立てて襖を閉めた。

 普段は、両親が五月蝿いのでそのようなことはしない。裁判所に勤める両親は、いつだって冷静を求めた。その結果がこの寂れたインテリアなのかも知れない。

 はた、と足を止める。


「……この時期に、旅行……?」


 双子の両親と自分の親の職業を考える。この年末の多忙な時期に暢気に旅行ができるか? と。


「いや、でも、できるかもしれないよな? 考えすぎだよな?」


 しかし、葵の大声でその思考は吹き飛ばされる。居間から大声で叫ぶ。


「おい! この五日間はカンタンに自涜できると思うなよ! 俺がいることを忘れるな!」


 これが、生物学的には女なのである。信じがたいことだ。そして、自分に似ているのも、この葵の方である。


「俺もいるンだからな! 見つけたら録画・録音してやる!」と、続ける柏。


 慎みの無いところはそっくりだ。面白がっている声色がありありと伝わってくる。薫はもう何度目か解らないため息をついて自室に帰った。

 



 しかし、その時点でも落ち着くのはまだ早かった。あからさまに部屋を物色されたような跡が残る。見られてまずいものは特に無いが、他人の手が入ったことへの嫌悪感はある。彼は普段から綺麗に整えておく方ではないが、酷さが増している。特に、洋服を仕舞う桐箪笥の周辺が顕著だ。着替えを漁ったのだろう。

 開きっ放しの引き出しに突っ込まれているパンツとシャツを見てはっとする。

 それは、一旦着たものを無理やり詰め込んだようになっている。


「……馬鹿か俺は。一番最初に聞かなきゃいけないこと、忘れてた」


 薫が思い出したのは、皆川の言っていた佐々木の件だ。

 市立図書館で佐々木に勘違いされたのは、恐らく葵だ。そして、間違いなく佐々木はろくでもないことを言ったに違いない。

 何時にも増してニヤニヤしていた兄妹を思い返す。

 また、彼らにとってのからかいの種が増えたのだろう。気が重くなる。

 薫にとっては、からかいでは済まされない事態にまで展開しているのだ。



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